473 よく食べる子
武者姫は「なんだこれ」と言う顔で、おどろきと困惑に消耗した精神力の回復を図ってかホットサンドをウサギのようにちまちまかじって五、六個を胃袋に消した辺りではっとした。
「違う。食事をごちそうになりにきたのではない。いや、これはよいものだ。よいのだが、しかし……そうではなく」
本題が別にあったのだ。
なのにしっかり食事をいただいてしまったと、急に思い出した様子であわて出したその人に、「よく食べていい子」みたいな顔をしたメガネがおっとりとうなずきながら言う。
「スープ飲み終わったらデザートお出ししましょうねぇ」
「……いただこう」
たもっちゃんはよく食べる子をひいきする。
それも自分の作った料理に対して抗いがたい食欲を見せる正直な子だと、なんとはなしに余計にかわいくなってくるようだ。
結果、久しぶりに会いにきた孫に無限に食べる物を出してくる祖父母のように、武者姫とその近習たちにせっせとごはんやおやつを出し続け最後には「もう勘弁して欲しい」と向こうに頭を下げさせていた。
むやみやたらな慈愛の勝利だ。
完全なる食べすぎで重たげなお腹に「ウッ」となりがちな若者たちは、もうだいぶん帰りたそうにしながらもどうにか思い出した本題に触れる。
いつもムダにはつらつとした武者姫が急にもじもじし始めたかと思うと、美しく繊細な刺繍の入った上着の裾をぎゅうぎゅうとにぎりしめて問う。
「その……レオナルト……弟は、わたしのことをなにか……言ってはいなかっただろう、か?」
困ったような、少し恐がっているかのような。
どこか迷い迷いの様子でぼそぼそと、か細い声をしぼりだす姫に私は心配になった。
大丈夫か。上等そうな上着から、みちみちと千切れるような音がしているが。
しかし、大切なのは高そうな姫の服ではなくてその問い掛けの内容である。
「えっ、王子?」
まだ食べさせ足りないみたいな感じでお菓子を机に出していたメガネが、意外そうに首をかしげた。
レオナルト王子は、今我々の目の前にいる武者姫の実の弟である。
なんでその弟が自分の話をしていなかったかなどと、めんどくさいことを言い出したのかと思ったら結構まじめにめんどくさい話だったようだ。
「本来ならば、わたしが嫁いでレオナルトが国を治めるべきだったのだ。しかし、わたしはこうだろう? 自分のありかたを悔いてはいないが……あ、いや。デザートはもういい。充分だ。ありがとう。いや……本当にもういい」
話の途中でぐいぐいとおやつを押し付けてくるメガネに、意外に優しい対応ながらきっぱりと断る姫は瞳を揺らしてそれた話題にもう一度戻る。
「それで……そう、わたしが――普通でないために、弟を国の外へおいやってしまった。……弟は、だから、わたしを恨んではいないだろうか」
そう思い始めるとこれが事実のように思われて、けれども周りにたずねても王族である自分には都合の悪い真実をそのまま伝える者はない。
弟も、余程気安い者にしか心の内など明かさないはずだ。
しかし国同士の外交とも言うべき婿入りに特にと同行を望み、平素より師匠とまで呼ぶ相手なら本当のことを知っているのではないか。
姫はそう考えて、彼女なりに思い切った気持ちで訪ねてきたそうだ。
ずっと心にくすぶっていた懸念をとうとう口にしたことで、気持ちにフタができなくなってしまったのだろう。
凛々しくはつらつとした姫はウッと唇を噛みしめて、こらえかねたと言った様子で両目からぽろぽろと涙をこぼした。
なんとなく甲冑姿の五月人形が泣いてるみたいなおもむきがあるが、この人が涙を見せるのはきっと空から槍がふるよりめずらしいのだと思う。
その様にいかついメンズの近習たちが「おいたわしい!」と全力でおろおろとして、主従による団体芸みたいな感じが割と王子やじいやたちと似ているななどと我々を変に冷静にさせた。
とは言え、王子から師匠と呼ばれるうちのメガネおよび我々が、王子から聞いているのは姉が武力知力共に軍事方面に特化しすぎているみたいな話だけである。
しかもそれを聞いたのは王子と最初に会った頃の話で、ザイデシュラーフェンに婿入りの際には軍事に優れすぎたおねえちゃんのことは多分あんまり話題にものぼらなかったような気がする。
むしろ旅の間はすげー楽しそうにしてたし、向こうに着いたら着いたでかわいい婚約者とずっといちゃいちゃしてたって言うか。
もしかするとなにも思わない訳ではなかったかも知れないが、少なくとも我々の前ではそうだった。
人が泣くほど不安に思っていることを、どれだけ不安か知りもせず考えすぎと簡単に決め付けることはできない。
できない、のだが。
王子、婿入り先にも一生懸命なじもうとしてたし、婚約者の胃袋をつかむためふかふかのパンを焼く決意を固めたりしてたし、やっぱ婚約者とはいちゃいちゃしてたしで。
我々から見る限りではあるのだが、そんな気にしてなさそうだったとしか思えない。
その辺を、消せない不安に傷付けられている姫になんとか当たり障りなく伝えようと試みたものの伝える役がお話ド下手くその我々なのでまあまあストレートに伝わってしまい、逆にいやそんなはずはないと武者姫がなぜか全然信じなかったりと色々とこんがらがって現場は一時騒然とした。
多分だが、自分にも関わる理由でもってまだ若すぎる弟を異国へ追いやってしまったと悲壮な思いにさいなまれている少女には、我々によるのんびりとした所見が逆に信じられなかったのだと思う。人間、気分がどん底にある時はしんどい情報以外にはなぜか信じられないタイミングってあるよね。
説明ド下手くその我々と、自責の念で視野がせまくなり案外大丈夫かもと言った意見は受け入れようともできずにいる姫。
割と最悪の組み合わせによりもはや全然会話にならず、泥沼のように重たく動かない膠着状態をむりやり動かしたのは意外にもメガネだ。
「こう言う時はおやつだ!」
と、まだすきあらば食べ物を出してあげたい一心でさっと席を立ち、本能的に危機を察知したすでにお腹いっぱいの武者姫に急に用事を思い出させてそそくさと帰り支度を始めさせたからだ。
今日わざわざ訪ねてきた本題の、王子の話は全然とっちらかったままではあるのだが、なんらかの名将を思わせるあざやかな退却の判断だった。もう本当にお腹が限界にきていたらしい。
でもなー、姫もなー。
自分は普通じゃなくてこうだから、みたいに言ってたのがちょっと根深いものを感じさせなくもない。
確かに若武者みたいな雰囲気があるし私も先入観で見てしまっていたのだが、好きなことを突き詰めてしかも適性があるなら別にもうそれでいいんじゃねえのか。確かに若武者みたいな感じではあるのだが。
別荘の玄関先で見送る時にちょっとそう言うことを伝えたら、姫にはやたらときっぱりと「それはない。みんな苦い顔をする」と否定されたのでやはり根深いものがあるようだ。
逆に言うと根深く苦いものがあるのに武者の感じを全然やめない姫のストロングスタイル、嫌いじゃない。みたいな気持ちまで出てくる。
腹ごなしに馬で遠乗りしてから帰ると言って、現れた時と同様になんとなく颯爽と去り行く一行を見送り、暴風雨が去ったかのような空気にほっと密かに息を吐くのは農園の管理をする農家一族の青年である。
よく考えたら武者姫も先々代王妃のひ孫に当たる高貴なる血をお持ちでいらっしゃるのだが、王様の時にはペトロネラ様のお血筋がこの別荘でくつろぐだけで感極まっていた青年も軍人感の強すぎる姫には感激よりも困惑が勝ってしまったようだ。
その気持ちも解らなくはない。
姫、若武者だけでなく若獅子みたいな感じがするから……。今日一緒にやってきた近習のメンズも、よく訓練された軍用犬みたいないかつさがあるから……。
どこか特有の緊張感があるように思われ、我々のような小市民などはその雰囲気に思い切りのまれてしまうのだ。
あと普通にスルーしてしまったが、遠乗りしながら帰るってことは移動手段は騎馬なのだろう。貴人の移動は基本馬車の社会にあって、この暴れん坊スタイル。
さすが姫。きっと彼女の愛馬の毛色は白で、ふっさふさとした謎の飾りが付いているに違いない。
武者姫のストロング具合を噛みしめながらに我々は、リビングのソファにぐでぐでと全身で崩れるようにもたれた姿でしばらくぼーっと現実から目をそむけてすごした。




