471 ばちばち
幼い子供を差し置いて、誰より早く野良ニワトリの圧に折れたメガネ。このことに、今こそ復讐のチャンスがきたのだと悟った。
おとといの、ネーミングセンスを深追いされた傷口がまだ全然じゅっくじゅくの私はここぞとばかりに鋭く切り込む。
「たもっちゃん、餌付けした野生動物は最後まで責任持たないといけないんだぞ。貴様にあいつらを幸せにできるのか?」
「元々獲物として放されたニワトリだから野生かどうかは解んないけど、大森林で猫っぽい魔獣に猫っぽくって可愛いってだけの理由で秒で餌付けしてたリコにそれを言われるとは思わなかった」
ちょっと言うと倍で返してくるこの感じ。
お前に人の心はないのか。なんなんだそれは。秒殺じゃねえか。
そんなこともありましたねと、私は真顔でうなずき返す。
「でもあれはほら、大森林の魔獣は元々人間見ると普通に襲ってくるアグレッシブさを持っているので餌付けしたところで今さら危険性は変わらないみたいな識者のご意見を伺ったうえでのことですし……」
「そうだな。それで最後まで責任持てなくて、薬売りに押し付けてきちゃったんだよな」
「あれはネコ様が自分の意志で大森林に残ったからですう! 確かに我々あっちこっちふらふらしてて落ち着かないからネコ様をお迎えするには向いてないなとは思うところはあるけど付いてきてくれるんだったら万難を排してお世話させていただきましたね! やりましたよ私は! それをお前。なんなんだお前。私がネコをもてあそんだみたいに言うのやめてもらえます? は? なんなの?」
そもそも私がいまいち異世界のネコ様にウケが悪いのお前も知ってんだろと急激にガチギレし始めた私を、全力でケンカを買ったメガネがくそほどへらへらした顔で「知ってる」と煽り、おうなんだこらやんのかマジでこのパン食ったら覚えてやがれととりあえず朝食を優先させたいい年をした大人たちのばちばちとした様にじゅげむがおろおろと困り果てたみたいにレイニーを見上げ、レイニーは食べられる時に食べておきなさいと静かに首を振り、金ちゃんが焼き立ての食パン一斤を切らずに長いままかぶり付いて消し去ろうとしていた時のことである。
「ここか! 邪魔させてもらうぞ!」
と、勢いよく元気いっぱいに玄関のほうから声がした。
なんだなんだと確かめに行くと、若武者みたいなお姫様の姿がそこにある。
なぜなのか。
別荘の大きめに作られた玄関扉を開け放ち、武者姫はやたらと颯爽と現れた。
姫は王城で見た時よりも軽装で、一応はドレスの体裁を取っていた服がより騎士に近いものになっている。そして供の近習たちも、どことなく筋肉多めのいかついメンズだ。
ちょっとした一個小隊めいたごりごりの軍人みたいな空気を出した彼らのそばに縮こまる、ここまでの案内らしき農家の青年。
その雰囲気はまるで引っ立てられた人質のような、困惑を極めたような弱々しさがある。
多分当たっていると思う完全な勘だが、武者姫のごりごりとした勢いでここまで押し切られてしまったのだろう。
我々がこの農園にきてからこちら、青年がかわいそうじゃなかった瞬間がちょっともう思い出せなくて本当にかわいそうだなと思った。
現在のブルーメにおいてただ一人の王女たる、若武者姫は今日もはつらつとしていた。
そして活動的なポニーテールにまとめた、ふんわり輝く象牙色から毛先に行くほど赤墨色の深くなる長い髪の毛をするりするりと揺らしつつ、憤慨、と言うより軽やかに。すねる、と言うにはあまりに真っ直ぐ。
実の父である王様をディスった。
「お父様は淑女のする事ではないと、わたしにはもう野営もお許しくださらない。それなのに、ご自分はなんだ? 手づかみで食事なさったと言うではないか! なんと理不尽! 娘だからとわたしにばかり堅苦しいマナーを押し付けて! なんと言う非道!」
「いや……解んないです……」
その話も解らんし、なにしにきたのかも解らないままとにかく落ち着きましょうと全然落ち着いてない青年にうながされた我々は、リビングへと移動した。
そして先々代王妃のための豪華なソファに泰然と腰掛けた武者姫と、その背後に立ち並ぶむきむきとした近習たちに真正面から対峙して、青年があわわわと用意したお茶をなんだこれと言った気持ちでいただいている。
武者姫の装いは仕立ては騎士の服が基本だが生地がやたらと上質で全体的に輝くような光沢があったり、細い糸で繊細にゴージャスな刺繍が施されていたり、上着もぴったりタイトだが膝まで届く裾に向かってどこか優雅に広がっていたりと姫専用にカスタムされているようだ。膝から下をブーツに押し込むズボンのほうもやはりシルエットがぴったりとしていて、すらりと長めのその足が上等なソファの上で傍若無人に組まれているのはなんとなく覇王みたいなおもむきがある。
覇王はダメだわ。
いや、別に向こうが覇王と名乗った訳ではないし実際はただの姫でしかないのだが、なんとなく覇王感のある陽キャと我々は相性が悪い。やたらと筋肉に親しむ者は陽キャに決まってるみたいなイメージがある。あと多分、ただの姫と言うものはない。姫は姫と言うだけでカーストのかなり高い場所にいる。
とにかく、そんな先入観と偏見により我々は、おやつを前にしたレイニーや金ちゃんよりもおとなしく「はい。あ、はい」と、父へのディスが止まらない武者姫の気が済むまでひたすら相づちを打つだけのマシーンに徹した。
嘘だ。たまにうっかり「えっ、解んない」みたいなことを言い、完全同意しか認めない姫の話を長引かせてしまうなどした。
しかし、なんとなく特に内容のない姫の話に付き合っていたのもたかだが五分や十分のことである。
……いや……内容がないって言いかたもまずいな……。本心だとしても、それはよくない。本心だとしても。
超絶インドアとして日陰にはぐくまれし我々に、光に属する筋肉の気持ちは解らないと言うだけのことで。
まず、野営。
私がこの世界で学んだ大切なことの上位には、「野宿つらい」が見事ランクインしている。エルフさん、持ち運べる一軒家助かります。本当にありがとうございます。
我々も、異世界にきてから大自然にもてあそばれて割とあちこちうろうろしているほうではあるのだが、それはほら。草むしんないとごはん食べらんない訳だからほら。
それなのに、武者姫は一体どこを目指しているのか。姫やぞ。
野営訓練なんかして、どうすると言うのか。本格的な軍人にでもなるつもりか。姫とは?
……いや、しかし、別におかしくはないのかも知れない。
お姫様と言われるといかがなものかと思ってしまうがそれは私の勝手な先入観で、仮にこれが男子なら武力で率いる将来の王みたいな感じで頼もしさすらあるようにも思う。
頼もしすぎて自分から周辺国にケンカ売りに行きそうで、それはそれで不安だが……ありそう。なんかものすごく。
そう言えば武者姫、素行と思考がゴリゴリすぎて国外に嫁に出せねえみたいな話も聞いているような気がする。姫……。
あと、姫がお父様だけずるいと責める王様が、うっかり手づかみで食べたのは野趣あふれる骨付き肉とかでは全くなくてただの小ぢんまりとしたホットサンドだ。
大体のイメージではあるのだが、あいつはワイルド界では恐らく最弱。そしてピザの時にはそれも許されず、侍従によってしっかりカトラリーが用意されていた。
その辺がどう伝わったのか不明だが、姫が思っている感じではないんだろうなとうっすら予感しながらに我々は、そう言った説明や口答えを放棄して急な来客の接待に大体の感じで挑んでいたのだ。
王様のためにはフォローしたほうがいいのかも知れないが、やっぱそれはそれってゆーか。
そんななにも生み出しそうにない不毛な時間を終わらせたのは、うちの子供とトロールだった。
「きんちゃん! だめだよ!」
あわてたように、そしてなにやら必死な様子で、辺りをはばかり声を抑えようとするけどあまり成功していないじゅげむの声がリビングに届いた。そしてそれとほとんど同時に大きな体のトロールがのっそりと現れ、なにやら口をもぐもぐさせながらのっしのっしと来客中のリビングを普通に横切って行った。
その後ろにちょこちょこくっ付いて、「きんちゃん、だめだよ。だいじなおはなししてるんだよ。だめだよ」と一生懸命言いながら、じゅげむが金ちゃんの腰布を引っ張る。
おいやめろ。
別に大事な話はなにもしてないが、お互いに一回落ち着こう。やめろ。
大人の話をジャマしてはいけないと、リビングに乱入する金ちゃんを一生懸命に止めようとするじゅげむ。
そんなじゅげむがぐいぐい引っ張る腰布に、一国の姫の目の前でトロールのトロールがまろび出てしまう可能性を感じた我々は、これはあかんとあわてふためき割って入った。




