470 コッ
ところで。
なんとなくずるずるとした勢いで王様のいる空間も違和感が薄くなってしまった我々ではあったが、全然慣れない者もいた。
じゅげむだ。
じゅげむは二日連続でアーダルベルト公爵が遊びにきてくれたのが、なんだかうれしかったようだ。
自分が具を詰めたホットサンドとか自分が具を載せたピザなどをせっせと公爵に分けてあげ、推しへ供物を捧げるよろこびみたいなものを全身であますことなく体現していた。
そのぴかぴかとしたよろこびが陰るのは、なんとなくだが大人たちの会話を聞いて公爵と一緒に現れた象牙色の髪を持ったおっさんが王様だとじわじわ理解してからのことだ。
じゅげむは、のちに、と言うかその日の夜におふとんに入った状態で語った。
王様って、おとぎ話に出てくるだけだと思ってた。本当にいるとは思わなかった。それも、自分の目の前にいるとか意味が解らない。
それを言うと公爵もなかなかの身分ではあるのだが、王様ほどには解りやすくないので子供にはまだちょっとピンとこないものなのかも知れない。大丈夫。我々も大人だが全然ピンときていない。
そのためにじゅげむは王様を前にして途中から、金ちゃんの筋肉の後ろに隠れ気味になった。
でもおとぎ話に出てくるような存在に興味もあって、「すごい」と「わけがわからない」のはざまで揺れつつ金ちゃんの陰から王様やその連れたちを飽きもせず、そして恥ずかしそうに熱心に見ていた。
中でも、じゅげむの熱視線を一番浴びせられたのは王の護衛である騎士だ。
じゅげむはおとぎ話の英雄めいた騎士に対して元々強いあこがれを持ち、しかもここにいる騎士は王専属のエリートである。なんとなく、むしろ王様に対してよりも「すごい」がカンストしている感じさえあった。
ちなみに公爵に関しては、多分「だいすき」がカンストしてると思う。
こうして王様付きのいかつい騎士が子供から純粋な尊敬のまなざしを向けられ若干いい気分になり、侍従は侍従で王様のお世話してすごいと衝撃を受けたらしいじゅげむがなにか失敗があってはいけないと丸く伸ばしたピザ生地に最初にソース、次に野菜やお肉を載せて、最後にこれでもかとチーズを振り掛けるのだと完璧な監修を行ってなんとなく距離が縮まり仲よくなって、結果的にすごいとえらいがこんがらがった子供から一番距離を取られるがゆえになんとなく受ける対応が塩っぽくなってしまった王様を寂しがらせて本日の急な視察はおしまいとなった。
じゅげむはすでに一度王様に会ったことはあるのだが、あの時は寝ちゃってたから体感としては今回が初対面になる。仕方ない。
塩対応がつらいからって訳ではないとは一応思うが王様は、寂しげな空気を出して帰る直前我々に言った。
「……あれ、聞けばそなた等が呼び寄せたそうじゃないか……。何とかしておいてくれるかい?」
あれ、と王が濃紅の視線を向けるのはリビングの扉のない入り口と、その先に見えている裏庭に面した大きな窓である。
少々話が前後してしまうが、別荘の二階で隠し部屋を確認してから王様はほとんどキッチンで食べてばっかりだった。
栗の話が出てきたついでにメガネが栗のごはんやお菓子をぽいぽいと出して、鑑定スキルで密かに王の安全を確保している侍従がオーケーを出すと王様はデザートとして一通りの栗製品を試食。
マロングラッセやモンブラン、栗ようかんなどのレシピとホットサンドメーカーの仕様書をうまいことメガネから引き出して大満足で帰ろうとしている途中だったのだ。
私は私で王様に王城おかかえの一流パティシエが作ったマロングラッセができたら横流ししてもらう密約を交わし、今までにない熱量で王様を丁重にお見送りしようと別荘の玄関までぞろぞろ一緒に移動していた。
王様がふと、玄関ホールで足を止めそこから見通せるリビングに顔を向けたのはそんなタイミングでのことだった。
そなたらが、のところで我々を見た王様が、呼びよせた、と言った瞬間メガネと私は恐らく同時に怒られる気配を察知して、そして実際ほとんど同時くらいに叫んだ。
「呼び寄せてないですぅ!」
「なんか勝手によってきただけですう!」
王様がやたらと遠くを見るような視線を投げて、見詰めているのは丸めたおもちのようにぼってりと裏庭の芝生の上を占拠している大きなニワトリたちだった。
なんとなく反射的に否定はしたのだが、もしもあれがパンを焼くにおいとかに釣られて集まったのだとしたら我々が呼びよせたことになるのかも知れん。
しかも誰だ。
そのことを王様に言ったのは。
証拠もないのに大体の感じで犯人と決め付けるのはよくないと思います! よく考えれば考えるほど自分でも我々のせいかなと思わずにいられないものはあるけども。
どう考えてもなんとなく身に覚えがあることと、王様にはできるだけ優しくするかなるべく近付かんとこキャンペーン中だったのをうっすら思い出すなどしてしまい、なるべく近付かないのはもはや手遅れであると悟った我々は別荘の裏庭を占拠するニワトリたちの対処に当たることになる。
「いや、でもぉ」
と、気の進まない感じ全開で往生際の悪いメガネが王様に対してものを言う。
「あの鳥、王の狩場の生き物だから勝手にどうこうできないみたいな話聞いてるんですけど」
「うん。私も狩りの季節になるとあんまり毎回見るもんだから、少し愛着が出てしまって……。できれば食肉にはせずに追い払うだけに……」
王がなんとかしろっつってる訳だから王の狩場の生き物であろうともはや関係ないような気はするが、王様もあのニワトリたちには手を焼きつつも憎み切れずにいるらしい。
そのことに、私は深くうなずいた。
「解ります。私もあのボスに心の中で頭取って名前付けちゃってます。解ります。愛着」
柴犬サイズのニワトリたちはなんとなく存在そのものがじたばたしてて、なんかこう……。愛嬌と言うか、親しみがあるって言うかこう……。
うまく言葉にできないのだが、あるじゃない。なんかそう言うの。
めちゃくちゃ解るみたいな気持ちで私は同意を示したが、けれども周囲の反応は悪かった。と言うかなんか薄情だった。
愛着があると言った王様でさえ名前を付けるほどではなかったらしくそれは解らないと首を振り、たもっちゃんは私のネーミングセンスにいちゃもんを付ける。
「ねぇ、リコ。それってニワトリのボスだから? トリの頭領でトウドリなの? 銀行の偉い人みたいになっちゃってるけど。このダブルミーニングは俺にしか通用しないから、くすっとさせるにもネタとしては弱くない? ねぇ。大丈夫? ねぇ」
ちょっとした出来心だったのに、この情け容赦ない命名の深追い。ゆるさない。
こうして私の逆恨みをメガネが一身に負いながら、我々はニワトリをどうにか穏便に、食肉とはせず。そもそもできるだけ傷付けず。かと言って王の農園の作物や別荘の庭を荒らさないように、対策を取るお役目をおおせつかることになる。
話題のより道が多すぎてもはや私にもよく解らないのだが、とにかくそう言うことなのである。
ニワトリたちをどうするか。
基本方針としては農園に被害を出さないようになんとかしつつ、ニワトリと人の共生を図る。
と、王様と私の気持ちに配慮した形になっていたのだが、これがなかなか難航を極めた。
いや、別荘での滞在を伸ばしてニワトリ対策に取り組んでからまだ一日二日ほどなので、極めたは多分言いすぎである。
しかし見た感じ完全にニワトリっぽいのに庭にいてはいけないらしい柴犬サイズの謎鳥たちは、大きな池に隔てられている森からこちらの別荘の裏庭へ毎朝きっちり空気を読まずぞろぞろと元気に出勤してきていた。
なんとなくではあるのだがやはりパンを焼く時刻になるとじたばたとのた打ち回って水面を渡ってきている感じがあって、これはおいしいやつとばかりにコッココッコと庭先で待ち構えているニワトリの姿は農耕民族たる日本人の魂に訴え掛けるものがありすぎる。
王様の命を受けた当日とその翌日をニワトリに翻弄されて棒に振り、全然勝ち目の見えないままに夜が明け都合三日目の朝。
我々はキッチンで朝食としていた。
キッチンは玄関側に位置しているので裏庭でコーッコッコとプレッシャーを掛けてくるニワトリたちの姿は見えず、けれども入り口の扉を開け放っているとコッコッコッコッと謎鳥たちの気配が伝わってくる。
そんな中、窯から出したぱっかりのほかほかの、まだ切りにくいほどにふかふかしたパンをまずはプレーンで味わいながら、たもっちゃんは苦悩するみたいな顔付きで言った。
「ねぇ。追い払うんじゃなくてさ、あいつら何とか餌付けして家畜化しちゃわない?」
私は思った。
お前も愛着出てしもうとるやないかい、と。




