469 ペトロネラ
しかしな、先々代王妃の大切な別荘とかじゃなく、もっと普通のごほうびにしてもらえれば我々もこんな悲しみを背負わずに済んだんや。
そんな恨みがましい思いがどうしても心に残ってしまうが、これはこれでちゃんと理由はあるらしい。
アーダルベルト公爵に前もって自慢されていたらしく、キッチンの石窯を見詰めながらにピザも食べたいとおねだりし出した王様によると、
「だってな、そなた等は恩寵スキルを持っていて、そのスキルに関わる品を王室に納めた褒美になる訳だろう? 下手な物では王室の品格が疑われてしまう。これでも悩んで決めたのだぞ」
とのことだ。
いや、私も普通に忘れていたのだが、神、もしくは天界から下賜されたスキルは恩寵スキルと特別に呼ばれ、その保持者もなんとなく特別感があるらしい。
そのためメガネや私も割と特別枠にあるそうで、だから王様もそれなりに扱いには気を使い、たまには頭の痛いこともありながら自由を尊重してくれている。
みたいだ。
正直あんまり自覚はないが、身に覚えはなんとなくある。
強靭な健康をスキルと言っていいのかどうか私には判断が付かないが、天界によるなんらかの力を付与した保湿クリームはかなり希少なものであるらしい。
そのため並みの品では見劣りがして、王妃の愛した別荘を使わせるくらいのインパクトがないとごほうびを与えた感じにならないとのことだ。
貴人の社会にも色々と流儀があるんだなと思った。
そう言えば普通に流してしまっていたが、いわく付き物件としての認識がしっくりきすぎるこの別荘の、元々の持ち主である先々代王妃の名前はペトロネラ様と言うらしい。
農家の青年が涙ながらに連呼してたので、さすがの私もちょっとだけ覚えた。すぐに忘れるような気はする。
ペトロネラ様のキッチンで生地を伸ばして具を載せて、調理に加わってみたそうな王様をいかつい騎士がなりませんと抑え、そのすきに侍従が手早く作った王のためのピザをよくあっためた石窯で焼く。
侍従のピザはどことなく品よく仕上がって、王様の前にカトラリーを添えた形でうやうやしく供された。
場所はダイニングテーブルではなくキッチンの調理台なのでうやうやしさにも限界はあるが、そう言えば、王の侍従は王が手づかみでホットサンドを食べ始めた時にこの世の終わりみたいな顔をしていたような気がしなくもないなと思い出す。
もしかすると侍従には、仕える王に手づかみで食事をさせるのは断腸のなにかに当たるのかも知れない。だとしたらもう、あんな悲劇はくり返すまいと強く心に決めていても不思議ではなかった。多分だが。
そんな決意のようなガチギレの感じで侍従に食卓を整えられた王様は、すぐそばで雑にいっぺんに切り分けたピザのピースを手づかみで食べる我々、そして誰より自分に近いのに庶民のようにピザにかぶり付く公爵を切なげであると同時にうらやましげに見詰めたが、すぐに納得してあきらめたようだ。
二股のフォークと卓上ナイフで丸いピザを一口サイズにちまちまと切り取り、食事にはきっとジャマそうなふんわり輝く象牙色の口ヒゲを少しも汚さず優雅に食べる。
その様はまるでお手本のように美しく、王には王にふさわしい食事の作法と言うものが存在するのだと誇示するかのようだった。庶民としては食べた気がしなさそうなので、大変そうだなの気持ちが強い。
時刻はすでに、お昼をいくらかすぎている。
石窯をあたため生地を伸ばすところから始め、こんがりと仕上がったチーズたっぷりのピザを楽しむ王様は、そうしながらも巧みな話術と豊かな話題で場の空気を冷やさない。
中でも私の興味を引いたのは、やはり先々代王妃たるペトロネラ様の研究についてだ。
「お婆様のノートには、そなた等がエーシュヴィッヘルから持ち帰ったエーヴィヒナーデルベシュトラーフングとその活用の可能性についても言及があった。お婆様の時代にはもちろん、これまでも強い繁殖力と兵器としての活用法しか知られてなかった植物に着目しておられただけでも驚かされたが、生命力の強いエーヴィヒナーデルベシュトラーフングを食用にできれば恐怖の実に継ぐ貧しき者の救いになるとお婆様は期待されていた様だ。研究ノートにも毒を持たない植物なのだから何とか活用する方法があるはずと、様々な手段を試しておられたのが窺われた。どう思われるのだろう。お婆様が苦労を重ねても届かなかった望みを、そなた等が叶えたと知れば。よくやったと褒められるのか、それとも悔しがられるのだろうか?」
ふふ、と小さな声を立て、とうに亡い先々代王妃やその研究について語る王様はどこか優しく楽しげに見えた。
それはそれとしてなんかやたらと長い名前が出てきたな。なんだっけ。と思ったら、あれだ。
たもっちゃんがガン見のスキルで軽率に食用の可能性を見い出した、森を蹂躙する勢いでエーシュヴィッヘルの国土にはびこる異世界栗のことだった。
「いやー、ぐらっぐらに沸いた湯に通しただけなんですけどね」
「そなたは簡単に言うけれど、まずあれを湯に通す意味が解らないからね」
そりゃあもう、常識と模範の象徴である王族に思い付けるはずもない。
王様はそんな一周回ったディスりのような感心をにじませ、てへぺろしているうちのメガネに真顔を向けた。気持ちは解る。
「そう言えば」
と、王様は話しながらにふと思い付いたと言うように、いまだにキッチンの隅でそわそわしている農家の青年へ話題を振った。
「エーヴィヒナーデルベシュトラーフングは、わが国では栽培できないだろうか?」
……いや、私はこの質問を青年に振ったと思ったのだが、キッチンの隅をよく見ると先々代王妃の別荘に先々代王妃の孫にあたる王様がいると言うだけで「やだすごい」みたいな感じをそわそわし出した農家の数が増えていた。完全にただの見物である。
ここは王の所有する農園だから王様の視察もままあるとのことだが、やはり先々代王妃たるペトロネラ様の別荘はこれまで色々諸事情あって遠ざけられていたようだ。
取り立てててもらった一族の恩か。いまもなおペトロネラ様を敬愛してやまない農家さんたちは、まるで時を超えて先々代王妃に親しむような王様の姿になんだがか「ふええ」とまばゆげですらある。
いつからか青年だけでなく老若男女入りまじり五、六人ほどに増えていた農家の人々は、王様から質問を投げられてさわさわと小声で話し合う。そして我々の世話を押し付けたのと全く同じような流れで、全く同じ青年を代表として押し出した。
多分だが青年、貧乏くじを引きやすい。
もしかすると王の質問に答えることは貧乏くじとは言わないのかも知れないが、青年は王様の訪問でなぜかぴっちり横分けにされた頭の中で必死に答えを探していたようだ。
「エーヴィヒナーデルベシュトラーフングの繁殖はもはや厄災に近いと聞きますが……栽培も、できない事はないかと。むしろ、広がりすぎない様に管理するほうが骨かも知れません」
そして少し緊張の面持ちで、どうにかしぼり出すと言った様子でそんな返答を口にする。
これに、「あー」と納得深げな声を上げたのはメガネだ。
「すっげー繁殖するみたいですもんね。あれ。へーきへーきで持ち込んで、想定外の場所にまで広がっちゃってあとから駆除にめちゃくちゃ苦労する姿が見えるわ」
俺には解る。竹とかミントとかドクダミとか。
と、別に誰からも求められていない意見をメガネが勝手に言い放ち、はちゃめちゃに言葉をにごして答えた青年の顔面を「それな」とばかりにぎゅっとしかめさせていた。
王様は、その様に察した。
「うん、やめよう」
手に負えない厄災を持ち込むのはよくない。
そんなきっぱりとした引き際だった。
そもそも、名前の長い異世界栗は放っておいても勝手に増えてはびこるが、イガに守られた実っぽい種の部分ではなくて地中に伸びる根っこで増えて行くらしい。
話のついでにその事実を知り、私は普通におどろいた。
「えっ、じゃああのチクチクで厳重に守られた実の意味は……?」
「いや、あれから増えなくもないけど、百年朽ちない訳じゃない? 発芽までどんだけ時間掛かるかって話でさ。悪いよね。効率」
それなのに、イガグリがなんであんなに厳重なのかは解らない。
たもっちゃんはスキルでガン見した異世界栗の特性について、途中で説明を解読するのに飽きたのかマジ解んないと結論付けた。
まあそれで、次々に取りとめのない話をしながらにのんびりと視察を終えた王様は最後に、できればでいいんだけどとやんわりとある課題を我々に残して帰った。




