46 とは
魔族とはなんなのか。
それは半人半獣の種族の一つだ。
それ以上でも、それ以下でもなく。
人と獣の特徴を併せ持ち、そのどちらでもないもの。人族に似て魔力や魔法の扱いに優れ、獣族に似て身体能力に優れているもの。
そしてその特性ゆえに、人族からも獣族からも忌々しく嫌厭されるもの。
魔族とは、ほかの種族からうとまれる孤独な者たちの名称にすぎない。
魔族全部が悪魔とマブダチ的なことかと思ったら、なんかそうでもないらしい。
まあ、それはいいとして。
いやよくはないけど。
とりあえず、私たちの前には眠りの茨でぐるぐるに巻かれた魔族の男が転がっている。
校長公爵とその仲間たちが頭をかかえてしまったことで、我々は尋問から解放された。だからここにいるのは、たもっちゃんとレイニーと私だ。
「大体、悪魔に付け入られると言う事が自体がたるんでいる証拠なのです。神様への信仰を失った揚げ句、悪魔に弄ばれるなどと敬虔な信徒とは呼べません!」
なんと言うことでしょう! と、プリプリ怒るのはうちの天使だ。
よく解らないが、悪魔と契約してしまうと元の人格はほとんど封印されてしまって体をいいように使われるらしい。だからこの襲撃が魔族の男の意思なのか、それとも悪魔の思惑なのかは本人に聞いてみないと解らない。
素直に答えるかどうかは別にして。
「魔族ってさー、リコ。この大陸にはいないらしいよ」
「マジで? じゃあこの人、別の大陸からわざわざきたの?」
大変だね、ヒマなの? とか言いながら、我々は荒れ果てた庭で立ち話をしていた。
神や悪魔や信仰と言われてもピンとこず、のんびりとしたものである。
まだ夜明けには間があって、夜中の庭は暗かった。襲撃を受ける間も暗かった気がしたが、暗いながらも周囲の様子は見えていた。恐らく、破損した障壁ドームが青白く光って照明の役割を果たしていたのだと思う。
それも今は治まって、八ノ月と九ノ月にはさまれた渡ノ月は深い夜の中にある。庭の様子をぽつりぽつりと照らし出すのは、公爵家の人たちが手元に灯した魔石のランプや魔法の光だけだった。
しかし、そこへ。
「……おや、お前が信仰を語るとは。てっきり俗世に羽目を外して、煩悩に屈してしまったかと思ったよ。甘いおやつやら、ダンジョンやら……ねぇ?」
そんなことを言いながら、ぴかぴか輝く光の玉が現れた。たもっちゃんがこちらにきた時と、ベーア族の村で夜中に詫び石をもらった時にも現れたあれだ。
私のおどろきはこの玉が通訳なしでしゃべるとこ初めて見たと言うくらいのものだが、レイニーは違った。それどころではなかった。
レイニーは息の根が止まってしまった。嘘だ。ひい、とうめいて蒼白になり、私の後ろにさっと隠れた。
それを見て、光の玉はニタリと笑う。いや、玉が笑う訳はない。でも笑った。その前に、まぶしく輝く光の玉は溶けるように形を変えた。
ぐにゃぐにゃとゆがみながらに大きくなって、やがてまぶしい光が治まるとそこには一人の人間がいた。人間と言うか、天使だが。
現れたのは、嘘みたいに綺麗な女だ。真っ白な薄布を何枚も重ね、その上から金糸のヒモやベルトでぐるぐる体に巻き付けている。
私は、我々は、その姿を知っていた。王都から遠く離れた荒野にできた、純白砂糖が産出されるダンジョンの中で。
なるほど、息が止まるのもムリはない。これ多分、レイニーが言ってた反りの合わない上司だわ。
「私、あの玉が神様なのかと思ってた」
「うん、俺も」
小声で私が呟くと、たもっちゃんがうなずいた。そうか、私だけではなかったか。
じゃあ、と、思い付く。友達のいない草刈りババアを憐れんで、幼馴染の変態を異世界にまで呼んでくれたのってあの上司さんじゃないのだろうか。
たもっちゃんが私同様、光り輝く上司玉を神様だと思ってたなら可能性はある。確かめる機会はなかったが。
地上に舞いおりた上司さんは、とても忙しそうだった。天の使いらしからぬ邪悪な笑みでレイニーを執拗に追い掛け回し、上司をダンジョンモンスターにするとは何事か、とものすごく真っ当なお説教をしていた。これは完全に、レイニーが悪い。
しかし上司さんは別に、お説教するためにやってきた訳ではないらしい。
「悪魔は人の手に余ります。ですから、天界で回収致しましょう」
「言い方が不燃ごみ」
たもっちゃんのコメントはスルーして、上司さんは青竹色の目を伏せた。そして茨に巻かれた魔族の男に片手をかざし、そのほっそりとした手の平に光のようなものを集める。
光はどんどん強くなり、限界まで圧縮されると爆ぜるように閃光が走った。一瞬にして周囲が真っ白に染め上げられて、とてもまぶしい。
先に言って! そう言うやつ、先に!
光でやられた両目を押さえ、騒ぐ我々を上司さんはガン無視である。集中していると言うのかも知れない。彼女は小さな黒いかたまりを、白い手にそっと捕まえた。
この辺はよく見えていなかったので、多分そうだと言う想像だ。段々と戻ってきた視界の中で、上司さんは片手に黒いかたまりを載せていた。逆の手の指先で黒いかたまりを囲むように円を描くと、金色の球体が生み出され黒いかたまりを閉じ込めてしまう。
「では、これは頂いて行きますね」
金色の球体を両手で持って、上司さんはそう言った。だからきっと黒い小さなかたまりが悪魔で、包み込む金色の玉はそれを封印するためのものなのだろう。
上司さんは金色の悪魔玉を大事にかかえ、ぴかーっと輝きすみやかに帰る体勢に入った。
その素早さに、たもっちゃんがあわてた。
ちょっと待ってと薄布のスカートをどうにかつかみ、そして必死にすがり付く。と言うか、ねだった。
「帰る前に! 詫び石! 下さい! 詫び石! はよ!」
はっとした。その声を聞いて、私はやっと。
金の玉。略してはいけない。などと言っている場合ではなかったのである。人はなぜ、大人になるとどうしようもない下ネタにうっかり笑ってしまうのか。罪深い。
考えてみれば、我々は今夜の襲撃で公爵家をこれでもかと破壊しているのだ。このまま帰られてしまったら、全く割に合わないのである。
遅れながらもそれに気付いて、急いで私も上司さんのスカートにすがり付く。もらえるものなら、詫び石、はよ。できればお金になりそうな詫び石、はよ。
詫び石! 詫び石! とやかましい我々に、嘘みたいに綺麗な天使はその顔をしかめた。とてもめんどくさそうに。
「スキルなら、前に与えてあったはず」
「あれはあれですー! 前のは悪魔の使い魔が眠ってるとこに俺らが行ったら使い魔目覚めて大惨事ってパターンだったもん! 今回のはわざわざ襲撃にきたんだもん! 全然! 全然違いますぅー!」
天使にも詫び石の概念って通じるんだな。と感心する私の横で、必死なメガネはほとんど全部を説明していた。上司さんの綺麗な顔は、なんかもう本当に嫌そうだった。
「それに、ここまで被害拡大したのってレイニーの責任もあると思うんですけど!」
ダメ押しのように、たもっちゃんが言った。
確かに公爵家のお屋敷は、レイニーの魔法でぼこぼこだった。しかし茨に巻かれた黒い怪物の巨体によって、レイニーが破壊した部分はもっと大きく壊されている。
それはなんか、今さらじゃねえかなと言う気がした。でも、違った。そこじゃない。
「リコの部屋にさ、でかい穴開いてたじゃん。あれ、レイニーがやったんじゃない?」
「……えぇ、そうです。そこの魔族が侵入していて、リコさんが危ないと」
たもっちゃんが問い、レイニーが答える。
だから男がなにかをする前に、攻撃して部屋から押し出した。そのまま庭で戦闘になったが、それは仕方のないことだった。
しかし、たもっちゃんはそうじゃないと首を振る。
「でもさ、リコってこのスキルあるじゃん。眠りの茨。そのままリコの前で好きにさせたら、こいつ一人が茨に巻かれて終わりじゃん」
「……でっ、でも魔獣が!」
「いや、悪魔の力で操られてただけだから、こいつが寝たら勝手に解散したと思うよ」
メガネは言った。天使たちが悪魔の手先と呼ぶ怪物は残っただろうが、それはそれで巻けばいい。少なくとも、魔獣を相手に公爵家の人たちが傷付く必要はなかったと。
わあ、ホントだ。巻いて終わりじゃん。
私が納得するのとほとんど同時に、レイニーは金の巻き毛を地面に付けて崩れ落ちた。
「……おや」
と、声を上げたのは嘘みたいに綺麗な上司さんだ。意外なように、でもどこか、納得でもするように。青竹色の瞳を細める。
「判定者の末裔か」
そして視線を投げた先には、ぼう然と立ち尽くす美しき公爵の姿があった。