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457 保湿職人の道

 やれやれ、困った子猫ちゃんたちだ。俺のために争わないでおくれよ?

 みたいな。

 地獄のように勘違いしたクズのプレイボーイ感をうっかりにじませてしまった私を、おいやめろ相手が悪いと必死で止めてくれたのはテオだ。

「王妃様と姫様が取り合っているのはお前じゃない。保湿クリームだ」

 理知的な灰色の目で真っ直ぐに、そんな容赦のない現実を突き付けて私を「せやな」と我に返らせた。悲しい。

 でも、でも、もうちょっとな。もうちょっとだけな。夢をな。夢を見ていたいんじゃ。

 本当はどこにも存在しない虚構であると知りながら、もう少しだけ貴婦人たちに取り合われていたいと悲しい夢に無様にすがる承認欲求の亡者。

 テオはそんな往生際の悪すぎる私を、片腕にぐんにゃり眠ったじゅげむを抱きながら、もう一方の空いた手で首根っこをつかんで捕獲した。

 世が世なら「ハウス!」とでも叫びそうな勢いで、テオが私を抑えてわあわあしている間に大人の話が進んだようだ。

 気が付くとアーダルベルト公爵が王様と相談し、保湿クリームは公爵を通して王様へ直接納品することになっていた。

 王妃様にしても、武者姫にしても、一方を選ぶと言うことはもう一方を選ばないと言うことになる。それはなんかよくないからと、貴族的な判断あってのことらしい。

 つまんねえな。大人ってやつはよ。

 王の執務室でやるには少々やさぐれた私のブーイングは誰も拾ってくれず、きまぐれな子猫ちゃんたちは風向きが変わったことを察知してすぐに手元を離れてしまった。子猫ちゃんって言うか王妃様と武者姫でしかないのだが、なんなんだろうこの切なさは。

 王城における保湿クリームの元締めとなった夫であり父である王様に詰めよって、おねだりと言うには気迫あふれる王妃様と武者姫の姿に私は傷む胸を押さえた。なにあれちょっと恐いじゃん。

 保湿クリームの納入元は私だと解っているからだろう。二人とも急に威厳を取り戻した感じで「くれぐれもよろしく」と熱心に言ってくれてはいるのだが、違うの。

 そんな出入りの業者とクライアント的なドライな関係じゃなくて、もっとこう熱烈にキャーキャー言われたいの貴婦人から私は。

 なんかこう、なんかさあ。

 なぜ人は、保湿のために魂を売ってしまうのか。罪深い。

 自分がちやほやされたいだけなのに、可能な限り話を広げて嘆く私にテオは言う。

「やはり、お前もタモツと同類なんだなぁ」

 なぜなのか、公爵さんがめっちゃ笑ってた。


 こうして、状況を正しく見極める王妃と姫の裏切りによりなんで王様の執務室まで連れ込まれたのか解らなくなってきた我々は、王様に「済まないね」などと謝罪されつつ王城を辞去した。

 なんか、忙しい一日だった。

 もはやなんでこうなったのか、最初のほうとか全然もうなにも思い出せない。

 そんなふうにへろへろと疲れ切った我々は、お城を守る門のそば、登城した貴族の帰りを待っているいくつもの馬車が停まった広場まではテオと一緒に帰り道を歩いた。

 ただし、そこからはまた別になるらしい。

「テオ、いつでも戻ってきてくれていいのよ」

「そうよテオ。むしろ今すぐ戻ってきてくれてもいいのよ」

 たもっちゃんと私はそんなことを言いつのり、テオの腕に抱っこされ、途中から目は覚めていたのだが自分を抱っこしてるのがテオだと言うことに気が付いて寝たふりしながら全力でしがみ付くじゅげむを「ふふっ……」みたいな声をこぼしつつどうにか引きはがす。

 もはや定位置である金ちゃんの肩にしぶしぶ戻るじゅげむが悲しそうで不服げで、テオもさすがに弱ったのだろう。

 泣きべそめいてぶすくれた、子供の頭を大きな手の平でなでながらに謝る。

「すまん。まだ戻れない。受けた仕事を途中で抜けてきているし、一度実家にも戻らなくてはならなくなったんだ」

 仕事はともかく実家にはむしろ積極的に戻らない方向のテオがどうしたのかと思ったら、テオはものすごく複雑そうに、実家で勝手に決められてずっとほったらかしだった婚約者との関係を解消することになったと言った。

 そのために、さすがに家へ顔を見せなくてはならないのだと。

 まさかそんな話が出てくるとは思わず、なかばムリヤリ聞き出した側の我々もドン引き。

「そら……そうなるわ……婚約してんのにテオ全然帰ってこないんだもんな……」

「そら解消になるわ……さすがに行かねえとダメだわ実家……」

 大変じゃん……。不義理のツケを払う時がきてるじゃん……。

 あまりにもちゃんとしてないことでおなじみの、我々にまでじっくりダメだわと言われたことでテオもダメージを食らったようだ。

 うわごとのように「解ってる……解ってる……」などと言いながら、待ち構えていた隠れ甘党になすすべもなく回収されていた。

 この我々の一連の会話に「んっふふ」と、笑ってはいけないと思うとますます込み上げてくるらしき笑いを全然かみ殺し切れてないアーダルベルト公爵。

 その豪華な馬車へと割とぎゅうぎゅうになりながら一緒に乗せてもらい、金ちゃんだけは御者席によじのぼり全身で風を感じたりしつつ公爵家へとお邪魔した。


 どやどやと突然押し掛けた我々を、公爵家の使用人たちは嫌な顔も見せずむしろ慣れた感じで出迎えてくれた。

 公爵は取り急ぎ大量の保湿クリームを制作しなけれならなくなった私のために公爵家のメイドさんらにサポートを命じ、メイドたちもこれを快諾。なんならちょっと前のめりの姿勢で、さあやろうすぐやろうと私を厨房へと引っ張って行く。

 保湿クリームの素材については大森林で集めてはいたもののクリームの在庫はまだいくらかあるし、なんとなくめんどくさい気持ちが勝って採集したまま手付かずである。

 だから材料には困らなかったし有能メイドがよってたかってテキパキと、素材の下準備や容器の手配、私のやる気を引き出すところまでそれはもう手厚く面倒を見てくれたので作業は非常にはかどった。

 これはメイドさんたちにお礼をしなくちゃいけないなあと思ったが、本人たちは少し多めに作る予定の保湿クリームでいいと言う。

 しかしそうすると迫るお中元の季節にはまた別の品物を考えなくてはいけないなあと思っていると、それはそれで保湿ジェルとかでいいらしい。と言うかそれがいいと言う。

 なんとなくではあるのだが、肌に合うなら保湿的なものはなんぼあっても困らへんのやの息吹きを感じた。

 この日はすでに時間が遅かったのと小分けにする容器が届くのが翌日で、作業は準備だけにしておいて保湿クリームの製作作業はまた明日と言うことになった。

 エルフの家を出す余力もなく公爵家の客室を借り、衛生観念に厳しいレイニーに全身を洗浄してもらい、人を泥にするベッドで就寝。

 ベッドで横になった次の瞬間、襲いくるメイドたちに優しく叩き起こされた。

 優しさと断固たる厳しさを併せ持った生き物ですよメイドってやつは。

 体感としては、あれ? 寝た? くらいの感じだが、私が瞬時に深く夢も見ずに寝ていただけで窓の外はしっかり朝である。ただしかなり早めの。保湿職人の朝は早い。

 早朝からはつらつとしたメイドらは叩き起こした私を手早く身支度させて、引っ立てるようにきりきりと昨日準備していた厨房へ誘導。さあ! やろう! と万全の体勢で保湿クリームの生産に取り組んだ。

 付いて行けてないのは寝起きの私のテンションと、あとから行きますときっぱり言って客室で二度寝しているレイニーだけだ。

 なんか作業を手伝うメイドが多いなと思ったら、休みの予定だった人まで急遽参加していると聞いた。

 お陰で私のやることと言ったら言われるままに出した材料をメイドさんらがいい感じに配合したものを前に王子にもらった魔女鍋にぶち込み、小舟のオールみたいな木べらでえっちらおっちら延々とかきまぜる作業くらいのものだ。と言うかこれが一番時間が掛かってしょうがないのだが、逆に言うとこれだけは私が担当しなければならない。

 どうも私の保湿スキンケアシリーズは強靭な健康が付与されている関係で効能がバカになっているらしい。ならば強靭な健康はできる限り付与しておきたいし、強靭な健康は触れる時間が長いぶんだけ付与される。

 私がもうちょっと器用なら魔法みたいに一気に付与できるのかも知れないが、正直、意味が解らない。だってキミ、こっちはあれだぞ。ただかきまぜてるだけで、なんで健康が付与されてんのかも解ってないんだぞ。それを意図的に付与て。ムリでは?

 そんな取りとめのないことを寝ぼけ半分にぐるぐると考え、うつらうつらしながらもでっかい木ベラだけは手放さず、軽食を口元へと持ってくるメイドたちのはげましを受けて船をこぐように私はひたすらもぐもぐと魔女鍋をまぜる。保湿職人の道は険しい。

 そんな作業のさなかのことだ。我々が、怪しげなコミュ障集団の電撃訪問を受けたのは。

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