456 王妃様と姫
ブルーメの姫は見た感じ、お日様みたいな雰囲気の王妃様によく似た姿を持っていた。
強めの姉に泣かされて育った某王子のグチを最初に聞かされていたからか、ブルーメの姫に対しては脳筋の二文字で片付けてしまっていたようなとこがある。
だからその外見が優しげな王妃様に似ていると言うのがなんだか意外な気がしたが、しかしよくよく思い出してみれば、我々は王子から中身がやべえと聞いているだけでそのほかはなにも知らなかったのだ。
あと、お姉ちゃんは知略も得意みたいなことも、ものすっごくしぶしぶと王子が言っていたような気もする。
もはやなにも解らないながらにイメージが武将でしかないのだが、そのせいだろうか。
王子の姉、ブルーメの姫であるその人は、優しい姿に不似合いな若武者のような雰囲気を持つ。
かもす空気はピリピリと、気迫とでも言うべきなにかが常時発散されているように思われて、なんと言うか近くにいると急に筋トレの素晴らしさを叫び出し厳しい鍛錬に付き合わされそうなハキハキとした得体の知れない恐怖を感じる。先入観から勝手にいだいた偏見である。恐ろしい。
その、雰囲気が若武者みたいな姫様は、温和で優しげな王妃様に真っ向から対立し言い争っていた。
逆に言うと王妃様も負けてないのだが、なぜだろう。なんとなく武者姫が噛み付いている印象が強い。
高貴なる母と娘による言い争いは、こちらの、アーダルベルト公爵の加減を知らない茶目っ気によるヴァルター卿のご子息が目の前にずっといたのにそうとは知らずマジごめんやでくだりが終わっても全然決着の付く気配すらなく、完全に飽きた我々がもう帰っていいかなとしばらくぼーっとするまで続いた。
場所は移って、王の執務室である。
恐らくは客を招くでも、プライベートな私室でもなく、ただ粛々と仕事をするための空間なのだろう。
さすがに王のいる場所だから室内は油断なく美しく整えられて、けれども華美で落ち着かないと言うこともない。
高い天井は艶やかなあめ色の木でできて、よく見ると細かな細工が施されている。その天井までいっぱいに作り付けられた棚には、この世界では貴重な本が整然と並んでいるのが見えた。
木材の微妙な濃淡で幾何学を描く寄木の床は落ち着いた色合いながらに絢爛で、手入れの行き届く重たげな家具の配された部屋には濃厚にインクの香りがただよう。
国を治める王の仕事を支えるために整えられたその部屋で、もしかすると軍議などのためにだろうか。用意されていた広いテーブルといくつかのイスに勝手に着いて、部屋の主に人数ぶんのお茶をと当然のように要求する王妃様と武者姫。
それに続くのは本当にこれお邪魔していいのかと半信半疑ながらちょっぴりわくわくとしたメガネと私に、公爵や、本当にどこまでも付いてくるだけのレイニーとすやすやお昼寝しているじゅげむ。少々不満げな金ちゃんに、眠ったじゅげむを抱っこしているためか金ちゃんに若干絡まれているテオだ。
ヴァルター卿のご子息である現ラーヴァ伯爵や、現在我々とは別行動であるテオを今回の報告会へと引きずってきたらしいテオのお兄さんなどは、王の執務室に立ち入る前に、自分では身分がー。どうしても外せない仕事がー。などと言い訳し、うまいこと逃げた。
身分なら庶民である我々が誰より王の御前に上がるには問題があると思われるのだが、その辺は多分ただの言い訳なのでそんな厳密さは誰も求めていないのだろう。
あと多分、伯爵もお兄さんもさすがに王の目の前で我々と絡むのは嫌だったのではないかと言うような気がする。そう思うとなんかもう、気持ちは解る。
テオも現在は我々と別行動中であるのだし、お兄さんや隠れ甘党の騎士たちと一緒にしれっと逃げても誰も責めないはずだった。
でもいる。
ついでに戻ってきてくれてもこちらは全然ホントに構わないのだが、きっと、そう言う話ではないのだ。多分だが、久々に目の前にした我々が放っておくには不安すぎるなにかをかもし出していたのだと思う。
テオはわくわくしているメガネや私を不安そうに見ながらに、うちのが本当にすいませんみたいな申し訳なさそうにペコペコと端っこの席に着いていた。ごめんな。
そして。
「えぇ……?」
部屋の主である王様は、細工の凝った王のための大きな机で重要そうな皮の書類にサインしている手を止めて、急に詰め掛けた妻子と貴族と庶民による集団にどうしようもなく戸惑っていた。
なんかかわいそうだった。
まあ別に、話ができればどこでもいいと言えばいいのだ。
では、どうしてわざわざ王の執務室に押し掛けているのか。
その理由を説明しようとすると、超絶どうでもいい割に長めの話をしなければならない。
めんどうなのでまとめると、王妃様と武者姫が我こそが話をと張り合って譲らず互いに自分のサロンへと我々を連れて行こうとしたもののやっぱり互いに張り合っているので収集が付かずちょっと飽きてきた公爵が、では公平を期して王の所へ参りましょうと提案。しぶしぶながらに採用された。つまり王様にまで被害が及んでいるのは公爵の余計な提案のせいだが、元々が王の妻子が原因なのである意味で妥当な被害とも言えた。個人の見解です。
で、私は最初、王妃様と武者姫は公爵にでも用があるのかと思っていた。
だから自分はもう帰っていいかなくらいの感じでいたのだが、違った。
王の執務室でもうなんか優雅にくつろいで、王妃様が言ったのだ。
「レオナルトがお婿に行ってしまったでしょう?」
しかし王妃様がそう言った途端に、「あ」と割り込む声がある。王様である。
執務室に詰めている侍従に人数ぶんのお茶をオーダーしてくれた王様は、戸惑いながらもなぜかテーブルのほうへと移り妻子の暴挙に付き合う姿勢を見せていた。
そして耳を傾けていた妻の話をさえぎって、今まさに思い出したみたいな顔で言う。
「あの時は息子の我儘を聞いて貰って済まなかったね。一度礼を言いたかったが、あの後は色々と立て込んでいてすっかり遅くなってしまった。それに、エーシュヴィッヘルとの事も」
思い出したみたいなと言うか、レオナルトと言うのは王と王妃の下の子の某王子のことである。その名前が話に出たことで、本当に思い出したのだろう。
いつ開戦するか解らないレベルで緊張状態にある国となにがどうして和解して交易まで始められたのかちょっと全く解らないけれど、感謝している。と、あくまで私的にではあるが我々に向け謝意を述べた王様はそれから、眠っているじゅげむに目を留めた。
そして、「あの子とて、この様に小さい時分があったんだ。それが、もう結婚だものなぁ。まだ子供だと思っていたのに、子の成長は本当に早い」などとしみじみし始めて、王妃様から話が進まないから黙ってらしてと叱られた。
解る。人が話してる横から口をはさんでこの自由。全然話が進まない。
あと、王子まだ子供だし結婚が普通に早いだけだよなとは思ったが、王様がやたらと感慨にひたっているので長いものに巻かれる気持ちで黙っておいた。
まあそれで。
王妃様の話がなんだったかと言うと、かつて某王子が我々、正確には私から仕入れて王城に持ち込んだ保湿クリームの件だ。
「レオナルトはいない訳でしょう? わたくし、困ってしまって。それで思ったの。これからは、直接わたくしに譲って頂けばいいのではないかしらって」
王妃様は絢爛に着飾った、そして小動物みたいに優しい姿できらきらと、おねだりみたいな表情を作ってきゅるるんとしていた。
その様に、私は思う。
王族、本題に入るまでが心底なげえと。
つまり王妃様はたったこれだけを言うために、王城の廊下で我々の報告会が終わるのを待ち構えていたらしい。
キミらな、あれやぞ。王族やからギリギリ聞いてもらえるだけで、普通やったらもう解散してるレベルやぞマジで。
王族といえどももっと聞き手に優しい簡潔な話術をだな、と内心だけで突っ込んでいると、もう一人の王族が待ったを掛ける。
「いいえ、お母様。王宮での保湿クリームはわたしが一手に管理させていただく」
きりりと凛々しく言い放つのは、若武者めいた姫様だ。なんでも、保湿クリームを材料に王妃様や侍女たちにちやほやされたくて仕方ないらしい。どっかで聞いたような話って言うか、発想が王子と一致してて笑う。
わたくしが、いいえわたしに、と。両隣に座ってたメガネとレイニーを押しのけて、ぐいぐいと私を取り合う王妃様と姫。
明らかな下心ではあるのだが、どうしてだろう。きらきらしい貴婦人にきゃいきゃいモテてるの、なんか割と嫌じゃなかった。




