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455 若武者

 王城の廊下は天井も高いが横にも広い。

 普通なら人がすれ違うのに不便と言うことはないはずが、我々の進行方向にいるゴージャスな王妃様の集団はそのスペースを残らず埋めるほどにいた。

 だから王妃様のほかにもう一人いる、と言っても、王族にかしずく侍女や侍従、騎士たちを除けばの話だ。全体的には大人数で、少し離れた場所から見てもかなりぞろぞろとかさばっていた。

 私としては通路が通れずちょっと困るくらいだが、本来ならば人として、知り合いと出くわした時には挨拶をしなければと考えなくてはいけなかったような気もする。

 相手は王妃様なので挨拶よりもご機嫌伺いとでも言うべきかも知れないし、知り合いと呼ぶには相手が高貴すぎるとも思う。

 しかし某王子がやたらとメガネになついているせいか、その母である王妃様にもなぜかむやみな親しみがあった。

 実際には一回しか直接会っていないのに、一方的に親しいつもりのド平民。冷静に考えるとストーカーかなんかで投獄されそうな響きがやばい。

 しかし王妃様は幸いなことに、我々を罪に問うたりはしなかった。

 むしろ、顔を覚えていてくれた感触さえある。

 なんかここ、通るのかなーとある程度近い所で広い廊下の片側により、さあどうぞと言った気持ちで待ってると王妃様がこちらに気付いて「あら」と涼やかな声をこぼした。

「ごきげんよう、アーダルベルト公爵、ラーヴァ伯爵。そちらのお話はもうよろしいの?」

 この場において、呼び出した側がその二人だからだろうか。

 ウサギのような目元を優しくほほ笑ませ、王妃様は貴族たちに問い掛ける。

 それに答えるのはうやうやしく頭を垂れて礼を取るアーダルベルト公爵と、外交担当と紹介されて報告会に最後まで残っていた貴族男性だった。

 色々うとい我々もさすがに、その一人。公爵のことは知っている。いつもお世話になりっ放しだ。ありがとう。

 しかし、もう一方のラーヴァ伯爵。

 どうしたことか、我々はこの名もなぜか知っていた。

 なぜかって言うか、ヴァルター卿が息子さんに家督を譲り今みたいに引退する前に、そう呼ばれていたみたいな話を聞いている。

 つまり王妃様が二人を呼ぶのを聞いて、「ん?」と数十秒考え込んだメガネと私が気が付いたことは、この、ただ外交担当とだけ紹介されて我々が全然知らない人として雑に挨拶しただけの貴族男性が、まあまあズブズブにお世話になっているヴァルター卿のご子息っぽいと言う事実だ。

「いや言って! それは言って!」

「ちょっとこれはひどいと思うな私も!」

 たもっちゃんと私は、なんで教えてくんないのと本人ではなく公爵を責め立て半分泣きながらしがみ付く。

 すると、公爵は頭をコテンとかたむけなめらかに輝く蜜色の髪をとろりと揺らし、恐らく自分でも大変うるわしいと知っている顔面に、困ったみたいな表情を浮かべた。

「うん。最初はね、あとで言ってびっくりさせようと思ってたんだよ。でも君達がしてきた事を報告するのを聞いてたら、こんなもの、そんなにインパクトのある悪戯でもなかったかなって。段々自信がなくなっちゃって」

「面倒にならないで。ネタを一回始めたら最後までちゃんと駆け抜けて」

 そう言う根気のないところ俺よくないと思います。と、たもっちゃんがやたらと真顔で言ってたが、今回ばかりはこの意見に賛同せざるを得ない。

 オチのないコントはただの嘘。これテストに出るからよく覚えといて。

 なぜなのかあんまり反省してないことがめちゃくちゃ伝わってくる公爵に我々がオチの重要性を訴える一方、取って置きのサプライズにされていた本人、ヴァルター卿のご子息である現在のラーヴァ伯爵も「まぁ公爵がお望みなら」と付き合ったものの、いつまで経ってもネタバラシしないのでどうするのかと思っていたらしい。

 そのこともあり、公爵と公爵に絡む我々の会話で、もうええやろと判断したようだ。

 伯爵は貴族らしくゆったりと、琥珀の瞳を伏せながらそれはそれは丁寧な先制を仕掛けた。

「ご挨拶が遅れまして。父がいつもお世話になっていると」

 そう言って、灰桜色をした紳士の頭が下げられるのは公爵を囲みまだわあわあ言ってる我々に向けてだ。

 伯爵のほんのわずかに赤み掛かった薄灰色の髪の毛は、長すぎず、短すぎず、すっきりと整えられていた。もしかするとヴァルター卿の髪色も、今みたく全部真っ白になる前はこんな感じだったのだろうか。

 その人は貴族らしく上品な身なりをしていたが、ぱっと見て印象に残るものはない。

 これは伯爵の父であるヴァルター卿と同様で、なんかこう。この人は公爵が紹介していた通り、ただの外交担当であると本当にそのまま信じていいのだろうかと、ふと思う。

 ヴァルター卿って、あれじゃないですか。

 現役時代は軍の諜報部みたいなとこで、ぶいぶい言わせてたらしいじゃないですか。

 貴族って親の仕事を継ぎがちみたいな先入観も手伝って、こりゃー一気にきなくさいぜと思ったが、よく考えたら諜報活動と言うものはそもそもが主に国外が主戦場のような気もする。だとしたら、外交担当と言うのも別に嘘って訳ではないのかも知れない。

 まあ、しかし。そう言った細かいことが気になってくるのもあとからの話だ。

 この時は向こうに先手を取られ、それどころではなかった。

 我々もさすがに、ヴァルター卿に関しては……いや、ヴァルター卿に関しても。

 お世話になっている率は、どう考えてもこちらが多いと自覚があった。

 それなのに挨拶ですら出遅れたことにあせりを覚え、こちらこそマジでこちらこそとひたすらぺこぺこ頭を下げるので忙しかったのだ。つらい。

 しかも、あっと気が付くと無防備に眠る体でぐんにゃりと段々重さを増して行く妖怪みたいになっているじゅげむを両手で抱っこしているテオも、一緒になってぺこぺこ挨拶してたのでホントごめんなみたいな気持ちで、もう、ほら。胸が詰まるような思いって言うか。

 武士の情けか少なくともこの場ではなにも言葉にはしないながらも、いつもこんな感じなのかとどこまでも苦々しい表情が語る、お兄さんと隠れ甘党の視線が痛い。


 片側に連なる大きな窓から淡く赤く色付く光が差し込んで、長く豪華な王城の廊下はたそがれ時の空気に染まりつつあった。

 で、アーダルベルト公爵によるちょっとした茶目っ気と言うにはなかなかひどいイタズラが判明したことで、それどころではなかったと言うか。

 うっかり取り乱して頭からすっ飛んでいたのだが、我々がわあわあしているすぐそばにはまだ、普通に王妃様たちがいた。

 公爵などに対してではあるが向こうから声を掛けてきたのだし、なにか用があったのかも知れない。公爵とかに。

 それをジャマしてしまった上にえらい人を放置して、内輪の話を優先してしまうのはコミュ障の極みって感じでとてもよくない。

 ヴァルター卿の息子さんとその情報を隠し持っていた公爵への文句が先に立ちすぎて、失敗してしまった。反省している。

 それでここはもう素直に一回怒られておこうとしおしおしながら謝罪するべく王妃様を見ると、うやうやしげな侍女や侍従に囲まれながらそっちはそっちで上品そうにもめていた。

 金髪まじりの赤墨色の、豊かな髪や品よく着飾るゴージャスなドレスに傾き掛けた陽光にふんわり輝く王妃様。

 けれども春のお日様みたいに温和な姿のその人は、なんだかそれとは不似合いに、ピリリと厳しい声で言う。

「ですから、あなたはお下がりなさい。母はあの方達にお話があるの」

「いいえ、お母様。わたしとて引くつもりはございません。ここはおゆずりいただく」

 そしてそんな王妃様に対し、一歩も引かずに答えているのは王城で見るには素っ気ないほどの、シンプルなドレスの貴婦人である。

 年齢は恐らく十代の中頃。まだ若く、少女と呼ぶべき幼さがあった。

 顔付きは子ウサギのように優しいが、きゅっと引き結んだ薄桃色の唇と愛らしい両目の爛々としたとした光に勝気そうな印章が強い。

 ふんわり輝く象牙色の長髪はポニーテールにまとめられ、ゆるやかに赤墨色が深くなる毛先は自らの膝裏に届くほど長い。

 シンプルなドレスをよく見れば細かな刺繍で飾られて、これはこれで高級そうだ。

 腰にはベルトで細い剣を吊るし、花のように広がるスカートの大胆なスリットからはチラチラと、ズボンと長いブーツを合わせた少々武骨な足元が見え隠れしてはいるけれど。

 多分だが、着飾ることを好まない主人のために腐心する周囲の苦労がしのばれる。

 美しいドレス姿でありながら、なぜだか「若武者」みたいな言葉が浮かぶこの人物が、ブルーメの王と王妃の娘、そして某王子の姉であり、噂に聞く武功多めの姫であると言うことはさすがに本人たちの会話で解った。

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