454 半信半疑に
ツィリルのお姉さんを捕らえて死ぬまで利用していた首謀者の、その中身であった悪魔に次はツィリルが利用されていたのだとしたら。
ツィリルは姉の能力も命も食い散らかした存在に、自らも利用されていたことになる。
くっそ胸糞わりいじゃん。
「いやくっそ胸糞わりいじゃん。ねえ」
「えっ、俺に言われても困……えぇ……」
たもっちゃんのせいではないと頭で解っていながらに、その情報をもたらしたと言うだけの理由でなんなのそれと私から理不尽にキレられるのはメガネだ。
できごととしては数年前なのに新鮮な気持ちでイライラとなんとかしてとムリを言うのに忙しく、私は気が付いてなかったが、こうしてわあわあしている間にも我々に慣れていない外交担当の貴族の人や、テオのお兄さんとその部下たちなどが悪魔の単語にドン引きで「それはないだろ」とさすがにざわついていたらしい。
お兄さんや隠れ甘党たちに対して、テオの件で砂漠までお迎えにきた時にツィリルのことと公爵家襲撃事件についてはうっすらと話してあった気がする。
しかしその真相と言うか、ツィリルの中身が悪魔だったところまでは言ってなかった。と思う。
だからこそ彼らも、半信半疑におどろいたのだろう。
やはりこの世界でも、悪魔は実在が疑われる存在のようだ。だとしたら、彼らがざわつくのも解る。悪魔て。わかる。ファンタジーすぎる。わかるわ。戸惑う。
まあしかし、それは信じてもらえなくても構わない。
多分だけど言い出したメガネが、やべえ奴だと遠巻きにされるだけなので。
けれどもその怪しいファンタジー要素を、王城に仕える男らはとりあえず横に置くことにしたらしい。
恐れるように密やかに、とにかく現状、かの国に魔族がいなかったのはこちらに取っては幸運だったと、ひそめた声が交わされる。
それはすでにブルーメとして、契約魔法で安全保障の約束を交わした双子の姪たちのことも含めてだ。
エルフよりも頑強な魔族さえ資源として利用しようとしてたなら母だけでなくその娘たち――ツィリルに取っては姪たちも、利用されてもおかしくはなかった。しかしこれはなぜか早々に手放され、砂漠の街へと流れ着いている。
これもよく解らない話だ。
母と子供らが近くにあって共謀することを恐れたか、娘たちが生まれたばかりで利用できるようになるまでに時間が掛かりすぎるとでも思っただろうか。
彼らに取って魔力の豊富な人的資源は育て上げるものでなく、すでにあるものを奪ってくるものだから。
王城で働く内に色々と見てきたせいなのか、貴族や騎士の身分にある男らはそんなえげつない予測をどんどんと出した。やめて。
私としてもうっすらと、どうして首謀者に取りついていた悪魔はツィリルのお姉さんを捕らえた時点でそっちに乗り移らなかったのか疑問に思わなくもないのだが、ツィリルは悪魔に乗っ取られた当時、姉の死と姪たちの消息不明を知ったばかりで絶望していた。
まがりなりにも天使として一応、悪魔と宿命の敵ポジションのレイニーいわく、悪魔に付け入られるのは心がたるんでいる証拠みたいな説もある。
ツィリルは絶望のすき間を突かれてしまったのかも知れないし、逆に言うならお姉さんは最後まで心に希望を持っていて悪魔をよせ付けなかったのかも知れない。つらい。
「お姉さん……やだあ、生き返って……。お姉さん……」
お姉さんマジ太陽じゃんと私がさめざめしていると、解るけどさあと同意と共にメガネが雑にたしなめてきた。
「さすがに死者の蘇生は俺らには無理があるみたい。神の領域ってゆーか。ほら、僕らの知ってる錬金術師の天才兄弟も言ってるでしょ。死者の魂は錬成するとちょーやばいって」
「絶対そんな感じでは言ってなかったけど解る。その兄弟あれでしょ? なくしたものを追い掛けるあまり未来に背を向けて、でもたくさんの出会いと別れで犠牲を強いられながら苦く成長して行くんでしょ。知ってる」
なんで今言うの。やめてよ泣いちゃう。などと、本題をすっかり忘れて私は地球人でも人を選ぶ局所的な話題をくり広げていたのだが、よく考えたら我々自体が人生二回目の真っ最中である。神ならなんとかできんじゃね? と思うが、私が地球ではなく異世界への転生扱いになっているのを見ると、神ですらなんらかの制約はあるのかも知れない。
こうして、メガネと私が急にめそめそ思いをはせる間に、多目的すぎてもはや主題が行方不明の報告会は貴人たちによりひっそり幕を閉じられようとしていた。大体の話は済ませたし、我々がぐっしゃぐしゃになってきてこれ以上続けても無益と言う判断のようだ。
なお、エルフの集団略取を行っていた首謀者については現状、厳しい監視下での幽閉とされているらしい。
大陸の国々が明確にタブーとしているエルフらに害を加えた罪状を思えばかなりぬるい処遇だが、本人は悪魔が抜けて当時の記憶が失われて以来、すっかり情緒不安定になり会話もおぼつかない状態だそうだ。
正直持て余している、と。
外交担当として頭が痛いと言うふうに、公爵に近い席から王城の貴族男性がこぼす。
しかし、それは、向こうに取ってもどうなのだろう。
もしも元々が気弱な人間で、それを悪魔に利用され悪事を働いたのだとしたら。その罪を問われるのは気の毒かも知れない。
私は悪魔が抜けて元に戻ったツィリルのことを思い出しそんな複雑な気分になったが、しかしよくよく話を聞くと、その同情は綺麗に消えた。
なんでも、悪魔の力で権力者として祭り上げられた男の、以前の姿を「気概なく取るに足らない」と語るのは貴族の間だけなのだそうだ。逆に立場の弱い平民などには横暴の限りを尽くすタイプの貴族だったとかで、なんと言うか、マジかよお前。
それを知ると、まあ……いいか。みたいな。
別件と言うおもむきはあるが、トータルすると世直しかも知れんみたいな気持ちがちょっとだけものすごく出てくるって言うか。
では、その首謀者の体を利用して、やりたい放題していた悪魔自体はどうなのか。
できればそちらもなにか報いを受けていて欲しいところだが、くだんの悪魔はすでに天界に金の玉として回収されている。
すでに手が届かないと思うとなんだかくやしい気がすると、今さらながらに残念がってるとあとからレイニーが教えてくれた。
金の玉として回収された悪魔に対し、レイニーの上司さんが責任を持って粘着質に色々と天界式で刑罰を科しているらしい。
「わたくしの上司が、はっきりと罪のある者を、簡単に許すはずがないでしょう?」
レイニーは実感からくる変な自信でなんかすごいドヤ顔だったが、うっかりやらかし堕天して全然許してもらえてない天使が自ら言ってるかと思うと味わいがすごい。
この結構えぐめで大事だったかも知れない報告会はなんだかんだと長く、いい子で待ってたじゅげむと金ちゃん、それから早々にあきたレイニーはその間、大きなテーブルの端っこで侍女や侍従におやつで接待されていた。
でもやはり待たせすぎたようで、最後のほうにはじゅげむがうつらうつらしてイスからずり落ちそうになったところをちょうど横の床にどっかり座った金ちゃんにべったりもたれて絶妙に持ちこたえながら寝落ちする、なかなかたくましいお昼寝姿を披露していた。
電池切れのじゅげむと王城の洗練されたお菓子に懐柔された金ちゃん、ただおやつを食べにきただけのレイニーを回収。
過酷な運命を背負った錬金術師の天才兄弟とツィリルら魔族の三人家族をダブらせて……今を生きて……今を生きるのよ……とめそめそしている私に、やっぱりエルフを直接助けてちやほやされたかったとうじうじするメガネが、公爵や外交担当の男性、そして現場にいたりいなかったりしてこの場で初めて聞いた我々のやらかしに頭をかかえたり現場にいたのに大して抑止力にならずなにをやってるんだみたいな感じでお兄さんや隠れ甘党から視線を注がれ途中から息をしてるか心配になるほど微動だにしなくなったテオ、全然釈然としてないその兄や兄の部下たちと一緒にぞろぞろ部屋を出た。
大事な用件は終わっているので、あとはもう帰るだけ。のはずが、豪華に飾られ天井の高い長い廊下を歩いていると、その先に金髪まじりの赤墨色の髪、ウサギみたいな温和な目元のゴージャス極まりない王妃様がいた。
廊下は左右に壁と窓があり、壁側は絢爛な建築装飾と絵画などの美術品で飾られ、逆側は上部がアーチのそれ自体が鑑賞に耐え得るような美麗な枠と異世界のガラスが贅沢に使われた窓。そしてそこに映り込む、王城の庭とほのかに色付く陽光が美しく幻想めいた風景を作る。て言うかもう夕方じゃねえか。
やだー、夕飯どうする? 公爵さん今日泊めてもらっていいですか? などと言いながら、絢爛な大窓がずらりと連なる長い廊下をそのまま王妃様のいるほうへ向かって進んで行くと、もう一人、まだ若い貴婦人のような人影があるのに気が付いた。




