452 忽然と
ふとしたように、なにげないように、投げ掛けられた公爵の声はやわらかい。
しかし、我々には解る。
これはなんか探られてるか、とっくに全部バレているやつだと。
詳しいんだ私は……。詳しくなってしまったんだ。我々のやらかしがなぜかバレていた時のアーダルベルト公爵をちょくちょく見てきているせいで。
大体は完全にこちらが悪いパターンなのでこうなるともうひたすらに謝るしかないのだが、今回は少し勝手が違った。
いや、こちらが悪くないと言う意味では全くなくて、我々は「いや違うんすよ」といつもの感じで流れるように言い訳へと入るその前に「えっ、勇者? 会ったっけ……?」と、おとといの夕ご飯もあいまいな自らの記憶を振り返らなくてはならなかったからだ。
なお、おとといの夕ご飯があいまいなのは私だけであり、料理担当であるメガネはさすがによく覚えていたし「俺が作った料理の事は向こう五年くらい覚えてなさいよ」と特殊な怒りかたをした。
まあそれはいいのだが、なかなか思い出さない我々にアーダルベルト公爵がちらちらヒントを出し続けた結果、ラーメン食べに皇国へ行く時、砂漠の向こうのどこかの国でジェントル勇者の一行にうっかり会ったことを我々はやっと思い出すことができた。
「あ、会いました」
そう言えば、とメガネが端的な結論を伝えると、公爵が「うん」と複雑そうな顔をする。
「知ってるんだけどね。そんなに思い出さないものなの?」
「いや……何か、この国の勇者に慣れてるとあれが勇者って感じしなかったって言うか……ちゃんとしてたから……」
「えぇ……?」
ヒントの形式でほとんど答えを教えてくれた公爵は、当然の疑問にぼそぼそ答えたメガネに対して若干うめくみたいに声を出す。
それからものすごく小さく「ちゃんとしてるんだ……いいなぁ」などと呟いて、室内の貴族や騎士やぬるぬると新しいお茶を運び込んでいた侍従や侍女を「それなあ……」みたいな感じでしんみりとさせた。
ブルーメのハーレム勇者は……自由すぎるから……。我々には言われたくないかも知れないが。
しんみりしたまま話の止まった室内で、どことはなしにそわそわと問い掛けるのはメガネだ。
「それで、ジェントルがどうかしました? よその国の勇者に会うとまずかったですか?」
唐突にジェントルが話題に出されたことで、なにかまずかったかと急に心配になったのだろう。私もだ。
問い掛けるメガネを見ていたら保身の心が頭をもたげ、いや違うんすよと言い訳が自分の口からするすると出てくる。
「でもね公爵さん、聞いて。我々もわざわざ会いに行った訳ではなかったって言うか。向こうが遭難してきたって言うか」
あれはもうしょうがなかったかなーとふわふわの言い逃れを試みる私に、しかし公爵は意外にも肯定の意味で割としっかりめにうなずいた。
「あぁ、聞いてるよ」
「えっ、逆になぜ……」
そもそも、ブルーメの国外でよその勇者であるジェントルたちに遭遇したこともだが、なぜ公爵はこんなにも我々の行動に詳しいのだろうか。
「まさか密偵」
「まさか裏切り」
胸に芽生えたこのほのかな疑問に、たもっちゃんは公爵が我々に監視を付けているのはと疑い、私は仲間内の誰かがお小遣いでももらって全部話しているのではとおののいた。
いや、ありそうでしょ。お金に目が眩んだ裏切り、私とか特に。今回は私ではないだけで。
公爵も「いやぁ、監視もね。付けられるなら付けたいところだけど、君達に付いて行ける密偵はなかなか……」と、過去には真剣に検討したこともあるっぽい密かな本心をこぼしたが、結局、我々の疑いはどちらも当たりではなかった。
では密偵の存在も身内の裏切りもなく、ブルーメにいながらにして公爵が我々とジェントルとの遭遇を把握していたのか。
答えは非常に簡単で、先方から問い合わせがあったからだそうだ。この場合の先方は、ジェントル勇者を擁する国である。
実際にはどんな問い合わせであったのか、大体の感じで公爵が語る。
「男二人女二人子供一人に魔道具の首輪を着けたトロールを連れたパーティを探しているそうだ。なんでも、人里離れた森にあった風変わりな家に宿を求めたら馬鹿みたいな効能の薬や見た事のない服を与えられ、風呂と食事の面倒まで見られて後日改めて礼を言いに訪ねようとしても辿り着けず、ではあれは魔物の類いだったかと大騒ぎになったとか」
人族を助けたのなら魔物の可能性は低いが、だとするとあったはずの人家が忽然と消えている説明が付かない。
ならば名のある魔法使いが隠遁していたか、他国の勇者が身分を秘して旅の途中だった可能性もある。
予測を掘り下げれば掘り下げるほど騒ぎはどんどん大きくなって、結局は国から国へ捜索の問い合わせがくるほどの話になったとのことだ。
「いや……それだと何で俺らの所属がブルーメだって解ったかって謎が出てくるんですが……」
なにそれ勇者マジ恐いじゃん。
みたいな感じでメガネがぼそりとどんびきをこぼし、しかしこれには公爵が軽く首を横に振って否定を示す。
「解ってはいなかった様だよ。だから最初に国内を探し、それでも見付からなかったから近隣国へと捜索の手を広げた、と言う事みたいだね」
名のある魔法使いがいるならどうにか城に上げたいし、他国の勇者がそうとは知れず国内にいたならそれはそれで問題らしい。
先方は先方で国としての諸事情あって国の中からやがて外へとじわじわ捜索の手を広げ、最近、ブルーメまでその声が届いたようだ。
間にはまた別のいくつかの国と、広い砂漠をあることを思えばめちゃくちゃ探されていたのをなんとなく感じる。嘘だ。ものすごく感じる。
ふふっとやわらかな声を立てほほ笑みながらの公爵と、この部屋に最後に残ったえらい人から真顔の感じでなされる説明を聞きながら、私は思った。
多分だが、リアルマヨイガが恐ろしすぎたのだ。
あの時の我々はびっくりするかなあとわくわくするような気持ちでいたが、よく考えたら相手は勇者だ。
不可思議な自らの体験をなにこれ恐いと振り返るだけにはとどまらず、その正体の究明に乗り出してしまうのもムリはない。ような感じがなくもない。
この世界には魔法が普通に存在するのだし、忽然と消える一軒家にも説明が付きそうでマイナス要因になります。怪異感が薄れる。
そら一応びっくりしながらも、勇者も我々のことを探すかも知れん。なるほどな。
異世界ちょっとそう言うところ空気読んでくんないよね。
たもっちゃんと私は「はーやだやだ」と首を振り、空気の読めなさでは比類ない自分たちおよび魔法の恩恵を受けまくっている現状を棚に上げ、これだから魔法の使える奴はみたいなことを口走り、大体はなんらかの魔法の使える奴しかいない王城で空気の読めなさをばらまいた。
さすが我々。
ブーメランとフラグを回収する早さは他の追随を許さない勢い。
結局のところ、このジェントル勇者からの問い合わせについては公爵と同席している外交担当らしきえらい人が共謀し、うまいこと返答してくれているそうだ。
ではなぜわざわざ我々にこれを聞かせたかと言うと、ただのお説教の前振りである。
キミたちよそでのびのびやるのもいい加減にしなさいよ。みたいなことを、もうちょっと優しく品のいい言葉でアーダルベルト公爵から懇々と浴びせられてしまった。
我々から自由気ままさを奪うとあとには傍若無人さくらいしか残らないのだが、それがお世話になっている公爵の望みだと言うのならできるだけ希望に添いたいと思う。
それを真摯に伝えると、公爵はなぜだか「やめて」と語彙力をなくした真顔を見せた。
どちらかと言うと気ままさよりも傍若無人を捨てて欲しいと割と真面目に美貌を陰らせ説得してくる公爵と、意外にあっさりそれを見捨てた外交担当のえらい人から同時進行でついでとばかりに色々な報告を聞かされる。
公爵、王族の次くらいにえらいのに、会話に実りがないと悟るやすぐに見捨てる貴族の人がじわりとひどくて味わいが深い。
それで聞かされた内容としては、最近で言うと異世界の栗を使ったレシピを持ったメガネを狙う異国とのことや、かなり前の話になると大森林でエルフをさらって連れ去っていらんことしてた国のことだったりと様々だ。
百年朽ちない栗に侵食されながらそれが食べ物とは知らず、国全体が飢えつつあったエーシュヴィッヘルさんちの話はホントに最近のことなので我々もさすがに覚えていたが、エルフをさらってた国のことはマジであれ。
ありましたね。そんなこともそう言えば。




