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44 破壊の限り

残酷と思われる描写があります。ご注意ください。

 我々は泣き叫んだ。

 主に、たもっちゃんと私が。

「レイニー! 待って! お願い! 角度! 角度考えて! お屋敷に当たるから!」

「なんで今日に限ってそんな張り切って戦うの? 弁償じゃない? これ、私らが弁償すんじゃない?」

 たもっちゃんが張った障壁の中で、私たちは見ていることしかできなかった。

 ヒャッハーとばかりに魔法を次々ぶっ放し、破壊の限りを尽くす天使を。


 時刻は真夜中。辺りは暗く、ついさっきまで私は深い眠りの中にいた。

 それを破ったのは、爆発音だ。

 さすがの私も何事かと飛び起きて、すぐに気付いた。いつもなら透明な窓があるはずの、客室の壁に大きな穴が開いていることに。

 爆発音の発生源は、どうやら眠る私のすぐ近くだったようだ。

 ええー……とか言って、ぼう然と。

 ベッドの上に体を起こし寝ぼけた頭で戸惑っていると、たもっちゃんがあわてた様子で飛び込んできた。本当にあわてていたのだと思う。片足でぴょんぴょん飛びはねズボンをはきつつ、ドアに体当たりとかしてたので。

 たもっちゃんに腕を引かれて庭に出て、そして目の当たりにしたのは胃が縮むような光景だ。

 飛び交う魔法! 暴れる魔獣! 破壊された公爵家! 頭によぎる賠償責任と被害額!

 マジかよレイニー、勘弁してよ。もうそんなお金ないぞ我々は。

 暗い空にはレイニーが浮いて、彼女はなにかを相手に戦っていた。

 月の見えない夜だった。それで今夜が三日ある、渡ノ月の中ノ日だと気が付いた。

 ふふっ、と軽やかな声を立て、金髪碧眼の美しい天使はきらきらとほほ笑む。

「何と罪深いのでしょう。悪魔と契約するなんて。その性根、わたくしが叩き直して差し上げます」

 レイニーは、正義は我にありとばかりにそんなことを不敵に言った。そして容赦なくそこら中を破壊した。いや、レイニーだけではない。彼女と争う襲撃者も、魔法を使って応戦している。だから被害がさらにドン。

 容赦なく放たれた攻撃魔法が狙いをそれて、または相手に弾かれて、伝統と富と権力をそのまま形にしたような公爵家のお屋敷にぼっこぼっこと被弾する。

 あああああ、と悲痛なうめき声を上げるのは、我々と公爵家の人たちだ。被害が拡大して行くたびに、障壁の中は悲鳴のようなどよめきに揺れた。

 彼らは私たちと一緒になって、たもっちゃんの障壁魔法の中にいる。お屋敷が壊れつつあるこの状況下では、一緒にいてくれるほうが安全っぽい。

 ただし、騎士は別だった。公爵家に仕える騎士たちは、武器を取り障壁の外で魔獣を相手に奮闘している。

 騎士の中には魔法を得意とする者もいて、本来なら公爵を守る障壁は彼らが担当するはずだった。でも今は、全ての戦力が魔獣制圧に向けられていた。

 そうせざるを得なかったからだ。

 襲撃者とうちの天使が空中でぶつかり合うその下で、庭に何種類もの魔獣が散らばりそこら中で暴れているのだ。

 この街は王都だ。王都は国の中枢で、だから厚く守られている。そのど真ん中にある公爵家の敷地に、魔獣が現れるなんてあり得ない。ことらしい。

 では、この魔獣たちはどこからきたのか。

「いや、上、上」

 その答えは、たもっちゃんが教えてくれた。

 王都はその周囲をぐるりと囲み、強固な防壁で守られている。だけでなく、頭の上にはすっぽりフタをするようにドーム状の魔法障壁が施されているそうだ。

「普段は見えないようになってるし、雨も通すみたいなんだけどさ。攻撃受けたりしたら、ほら。あんな感じで光って見えんの」

 そう言って、たもっちゃんは王都の空を指さした。

 そこには稲妻があった。いや、違う。空を二つに割るかのような、大きな亀裂が青白く刺すような光を放つのが見えた。

 しかし、割れているのは空ではなかった。王都を守る、障壁のドームだ。

「王都の守りが崩れるなんて……」

 公爵が、顔を空に向けながら呟く。その目で見ても、とても信じられないと言うふうに。

 でも、事実だからしょうがない。

 ビシビシと亀裂が大きくなるたびに、稲妻めいた光が走る。そしてドームにできた切れ目から、ぼろぼろと魔獣が地面に降ってきた。

 控えめに言っても、世界の終末感すごい。

「たもっちゃん」

「うん」

「あれさあ」

「うん」

 たもっちゃんの横に並んで、私は上のほうを見上げながらに口を開いた。

 私たちの視線の先には、宙に浮かんだレイニーがいる。彼女と戦う襲撃者も浮かんでいるが、相手には黒っぽい羽が生えていた。

 その襲撃者について、襲撃者と共にきた魔獣たちについて。

 さっきから気になっていることを問う。

「もしかして、私らのせいじゃないのかね」

 あれが誰だか知らないし、なにしにきたのかも解らない。でもなんとなく、我々のせいって予感がするの。

 だってダンジョンの外では祈るしか能のないうちの天使が、あんなに張り切って相手をしている。

「リコ」

「うん」

「稼ごうね。お金」

 たもっちゃんは私の問いに、やたらとキリッとした顔で答えた。

 そうか。やっぱ、私らのせいか。

 細かいことは解らない。でも幼馴染から得たその返事に、大事なことは大体察した。

 たもっちゃんと私は、この会話を障壁の中でした。

 しかし同じ障壁の中には、公爵家の人たちがいるのだ。まあ、普通にね。聞こえますよね。そりゃ。我々も結構動揺してたので、そこまで気が回らなかった。

 ――それは一体どう言うことか。

 ――お前たちはなんなのか。

 多分、そんな言葉が出てくるはず。だったのだと思う。

 眉にぎゅっと力を込めて、それでいて見開いた瞳を揺らしながらに。家令のおじいちゃんと中年執事は、よく似た顔で口を開いた。

 でも、それが言葉になる前に。

 障壁の外から怒号が聞こえる。

 少し遅れて、そして瞬間的に。息を飲むような、声にならない恐怖の悲鳴で障壁の中がいっぱいになった。

 騎士たちは障壁の外で壁となり、こちらに背を向け懸命に魔獣を狩っていた。怒号がしたのはその辺り。壁の一角が突き崩されて、血にまみれた数人の騎士が地面に倒れ伏している。

 倒れた騎士の近くでは、体高が人の倍にもなる大きな魔獣がどすどすと太い足を踏み鳴らす。不機嫌に振る頭には太い円錐のツノがあり、意外に鋭いようだった。

 魔獣が不機嫌に頭を振るのは、ツノに引っ掛かっているからだ。革の鎧を装備した騎士が、ツノで胴体を串刺しにされ宙ぶらりんの状態で。

 革鎧の背中から突き出したツノは血にぬれて、魔獣が乱暴に頭を振るたび騎士の手足がぶらぶらと揺れる。

 なんか、あれ。ダメじゃない?

 そんなことを思いながらに、自分の体がふらふら動いているのは解った。

「リコ」

「……いやいや、死ぬじゃん。ダメだよ、あれは。あれはダメだ」

 たもっちゃんが私を呼ぶが、私はそちらを見なかった。視線は串刺しの騎士に引き付けられて、離すことができなかった。

 いやいや、解るよ。危ないよね。障壁の外には、魔獣がいっぱい暴れてるもんね。日頃から鍛えた騎士でさえ、あの状態だ。私が行って、どうにかできるとは思えない。

 でもさあ、死ぬじゃん。ほっといたら、多分結構簡単に。

 それはなんか、ダメじゃない?

「うん、ダメだ。ダメだダメだ」

 私はブツブツ呟きながら、ふらふらと障壁の外へ出た。

 正直、なんも考えてなかった。なんかやんなきゃと突き動かされて、自殺行為に出ただけの気もする。

「リコ!」

 私が障壁を出てしまうのと、たもっちゃんが名前を呼ぶのと。ほとんど同時のことだった。頭のずっと上のほうから青白い光がひときわ強く瞬いて、障壁ドームの亀裂からなにかがずるりと落ちてきた。

 それは黒かった。ぶよぶよとした巨体だった。私はそれを知っていた。ある雨の夜、ベーア族の小さな村で一度出会った怪物だった。

 は、と息を詰めた瞬間に。ぶよぶよとした触手がこちらに伸びてきて、思い出す。

 単に偶然だったのだ。以前、この怪物を倒すことができたのは。

 反射的に、目を閉じた。だから見えはしなかったけど、感心したような声だった。

「あっ、眠りの茨ってこう言う事かー!」

 見なくても、私には解る。たもっちゃんは絶対、むかつくほどのん気な顔をしていると。

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