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43 改めて釘

「ってことがあったんですけど」

「うん。それ多分、私に聞かせたら駄目な話だね」

 淡紅の瞳を複雑そうに少し細めて、困ったみたいな顔をするのは美貌のオスカー・フォン・アーダルベルト。アーダルベルト公爵家の現当主その人だ。

 そう言われると、そんな気もする。

 先日買った一かかえもありそうなすり鉢で、生の赤い薬草をねっちねっちと潰しながらに話しているとダメ出しなどをされてしまった。

「それで、君達は何て答えたの?」

「正直よく解んないし知ったこっちゃなかったんで、とりあえず公爵さんに優しくしてお金いっぱい稼ぎますね! って、たもっちゃんが言ったらすごい顔はしてましたね」

 事務長が。

 私が素直に教えると、質問した公爵は端正な顔を自分の両手の中に伏せた。喉の奥からふぐふぐ変な音が出てるから、多分これ、笑ってますね。

「ローバストは、私を気遣い過ぎる。昔の話だと、割り切ってしまって構わないのに」

 ひとしきり笑ったあとの、公爵の言葉だ。

 確かに公爵本人は、もう割り切っているのかも知れない。私たちは破談になった婚約の話を、本人から聞いた。

 思えば、あれは初めて会った日のことだ。ふっかふかの馬車の中、鉄板ネタみたいなテンションで。どう考えても、気にした人間のすることではない。

 いまだに気に病むローバストが浮かばれねえなって思うけど、しかし公爵もまた、気にされてるのを気にしてるって気はしてる。

 だって、我々を引き受けたのだ。

 自分で言うのも切ないが、我々は身元も行動も怪しさ満載の冒険者である。

 断腸の思いで公爵に助けを求めたのはローバストだったが、まさかそんな者たちを屋敷に滞在させるとまでは予想していなかったようだ。

 王都での用を終え去る前に、事務長がジャンニと顔を見せたのはそのことにあわてたせいでもあった。改めて釘を刺しにきたのだ。

 思い起こせば我々は、ローバストのお城でも領主夫妻に無礼を連発していた気がする。そんな奴らが公爵相手にやらかしていないか、心配で心配で仕方ないとばかりになんかすごい怒られた。

 前きた時はなんも言ってなかったじゃんとメガネと一緒に言い返したら、前きた時はまだ往来で金二百枚をばらまいてなかったし、まだヴァルター卿とも関わっていなかった。と、ものすごく苦い顔で論破された。

 大金をぽいぽい出すのもよろしくないし、特にヴァルター・ザイフェルトはダメだと。

 元は軍の諜報部、それも指揮官クラスの地位にいて、王都でも指折りの高級娼婦を愛人に持ち、愛人を娼館のマダムにしたのはヴァルター卿で、愛人に娼館を持たせた理由も女たちを通じて裏の情報を収集するためだとか。

 隠れ甘党からの手紙で、または事務長から知らされたこれらの話は、王都では有名な噂だそうだ。

 いや、ただの噂じゃねえか。とも思ったが、実際ヴァルター卿は得体が知れない。

 そもそも諜報部の人事情報は明かされないのに、ヴァルター卿に関してはほぼ事実とされている。これは異常なことらしい。そして否定しないのも。

 つかみどころがなく、なにを考えているのか解らない。それは関わるとどんな不利益があるか、予想できないと言うことでもある。

 公爵から遠ざける理由としては、それで充分。とのことだ。

 ぐうの音もないよね。

 しかも、これはローバストの言いぶんだ。

 ローバストですら、これなのだ。

 公爵に対し、さらに過保護な公爵家の使用人ならどうだろう。輪を掛けて不満をつのらせているのではないか?

 そう思いいたった時に、我々は気付いた。

 これはやばいと。

 これで公爵に迷惑掛けたら、絶対怒られる。家令のおじいちゃんとかに。

 よく解んないけど、ヴァルター卿にはあまり関わらないようにしよう。

 おじいちゃんからの叱責を恐れ、我々は固く決意しうなずき合ったものである。

 釘を刺すついでに事務長はプリンのレシピを持って行ったし、ジャンニはレイニーが去ってから赤銅色の髪と目の例の隊長がどれだけ意気消沈しているかレイニー本人に力いっぱい吹き込んで行った。

 そうしてローバストの口うるさい客はすでに帰って、私がいるのは公爵家の庭に面したいつものテラスだ。

 興味津々に屋敷の主が見守る中で、問われるままに話をしながら草の特性増強を図ったりしている。

「これは何に効くの?」

 すりこぎで赤い草を潰していると、いつの間にかすぐ横で公爵が屈んで膝に頬杖を突いていた。

「切り傷とからしいです。公爵さん、近いです。この草、汁付いたら取れないですよ」

 潰した草を見ようとしてか、ぐいぐい体を近付けてくる。本人は「へー、そうなんだ」くらいのもので気にしてないが、公爵の服は絶対に高い。私が気にする。

 すでに今着ているシャツが再起不能のおもむきの私は、身をていして赤い草を公爵から守った。逆だ。赤い草から公爵を守った。

「えぇ? 何それ。新手のカバディ?」

 見たい見たい草触りたいとごねる公爵から逃げてると、熱い鍋を両手で持ってうちのメガネがやってきた。

 たもっちゃんは最近、勝手に増設した庭の調理場で汗だくになりながら飽きることなく料理ばかりしている。外出を禁じられてヒマなのと、ルディ=ケビンに会いにも行けない悲しみを食材にぶつけているからだ。

 レパートリーは嘆きのシチュー、哀愁のグラタン、慟哭のポトフなどである。

 さあしまえとばかりに差し出された鍋を、私はアイテムボックスの中へ収めた。

 すぐ近くには公爵がいる。

 当然その様子を見られたが、なんかもういいらしい。判定者のスキルがあるから、隠すだけムダ。とのことだ。バレたものは仕方ない。すごい気楽です。

 私に鍋を預けると、たもっちゃんは休憩がてらテラスの縁に腰掛けた。足をぶらぶらさせながら、公爵相手に「やー、今日も暑いですねー」などと言っている。のどかさがすごい。

 ヴァルター卿には触らんとこ。と固く決意した我々だったが、特に対策を取るでもない。ただやめとこって決めただけだ。

 だから今も我々は、各自それなりに普通にすごした。

 草を特性増強してみたり、エルフに会えない悲しみを食材にぶつけたり。

 庭のあずまやを障壁で囲み中を冷やすエアコンの魔法を極めたり、素振りに飽きて公爵家の騎士たちとこぶしと剣で語り合ったりなどである。

 ただし、かなりのんびりとした我々の中でテオだけは違った。騎士たちと語り合うだけでなく、彼には避けられない仕事があった。

 実家への帰省である。

 なぜならば、それが依頼だったから。

 依頼を出したのはいまだ荒野でダンジョン調査に精を出すテオの兄、アレクサンドル・フォン・キリックだ。

 王都から指名手配を受けた時、我々は遠く離れたシュラム荒野の真ん中にいた。荒野から王都まで、一ヶ月近い道のりである。

 ここで問題になったのが、その間にすぎてしまう冒険者ギルドの依頼ノルマだ。

 手配を受けての護送中であっても考慮されないものかねと、荒野のギルド出張所で聞いてみたが「逮捕されてそんなん気にする奴いねーよ」と言われただけで解らなかった。

 しかしぬれ衣を着せられた上に、ノルマぶっちぎってペナルティを受けるのもおもしろくない。そこで念のため、お兄さんに依頼を出してもらったのである。

 依頼を受けている間は、冒険者ギルドのノルマ日数もカウントが止まる。言わば保険だ。

 それがテオを指名した実家への手紙の郵送だったのは、たまには親に顔を見せろと言うお兄さんの配慮だったかも知れない。ただの嫌がらせと言う気もする。

 実家への手紙を兄から受け取った瞬間の、テオの顔。あらゆる感情が抜け落ちていた。

 こうして、免罪符の有効範囲が同じパーティじゃないと効力がないなどの事情により、かつて爆誕したミトコーモンウィズヤギューが復活することになったのである。

 それからなんだかんだあり、私たちが王都にきてから結構経った。

 場合にもよるが、届け物のクエストはあまりに時間が掛かりすぎると冒険者の評価にマイナスが付くらしい。テオはやっと腰を上げ、しぶしぶと、ものすごくしぶしぶと、手紙を届けに実家へと向かった。

 それがものすごく憂鬱そうで、外出禁止の身ではあったが思わず一緒に行こうかと申し出た。断られたけど。即答で。どんだけ嫌なんだと逆に気になり、キリック家が見たくてわくわくしてたのが敗因だと思う。

 よかったのか、悪かったのか。よく解らない。

 テオは夜になっても戻らなかった。でもまあ、テオだし。実家でゆっくりしているのだろうと、そんなふうに思っただけだ。

 だからこの夜、彼は公爵家にいなかった。

 それは真夜中のことだった。ある蒸し暑い夏の夜、私たちは襲撃を受けた。

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