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39 プリン

 純白砂糖を使ったプリンは好評だった。

「滑らかでいて濃厚でミルクと卵の優しい風味を残しながらも食べ応えがあり雑味のない甘さに香ばしいカラメルが調和して何とも言えない味わい深さを――」

 興奮のままべらべらと、とめどなく饒舌に食レポするのは腰まである真っ直ぐな髪に翡翠の目をしたエルフの男。錬金術師のルディ=ケビンだ。

 公爵家を訪れた客の中に、なんかいた。

 シュラム荒野のダンジョン調査でルディ=ケビンと面識のあったテオや隠れ甘党たちは、こんな男だったかとその達者な食レポに引いている。

 豪華で重厚に整えられた公爵家の応接間では、すっかり試食会が始まっていた。エルフ好きのうちのメガネが、ルディを見付けて舞い上がったからだ。

 プリンを配る変態メガネは、本当にキモかった。はにかみながら挙動不審におやつを運び、エルフの前ではもじもじぐねぐね体をよじる。変態だから仕方ない。

 しかし聞いてなかった意外な客は、ルディのほかにもう一人いた。

 ローバストの領主の城で何度か会った、文官のハインリヒ・シュヴァイツァーだ。ジャンニが連れてくると言う文官は、この人のことだった。

「既に一度、ピンターが出し抜かれているからな。ローバスト領主の代理として、交渉には同席させて頂く」

 騎士も黙らす事務長はプリンを手に持ちながら、厳しい顔でキリッと言った。笑ってはいけないような気がする。

 まさか老獪なエルフとピンターが評したルディ=ケビンと渡り合うため、ローバストからわざわざきた訳ではないだろう。と思ったら、ホントにわざわざきたらしい。

 メガネとエルフと事務長がにらみあうソファでは、ジャンニが空気と化していた。騎士服ではなくどこか貴族の子息っぽい服装で、交渉ごとには口をはさまず無心にプリンを食べている。

 メガネにもエルフにも交渉にも一切興味がなさそうだったが、アーダルベルト公爵家の姻戚として事務長の訪問に付き合わなくてはならないようだ。ほんとかわいそう。

 ジャンニが同行しなければ、事務長の身分的には公爵家を訪問するのに差し障りがあるらしい。招かれたら話は別だが、格下から訪問や面会を申し入れるにはそれなりの家や人を通さねばならないのが慣例だそうだ。

 貴族のめんどくさいとこ、こう言う時にちょいちょい出るよね。

 事務長のピリッとした物言いに、ルディは心外ですと悲しそうに首を振る。

「出し抜いただなんて、そんな。少しでも早く王にご報告申し上げたかっただけですよ」

 表情だけは残念そうだが、若干のてへぺろ感がぬぐい切れてない。事務長もそれは感じたらしく、足元からはタンタカタンと神経質な音が響いた。

 なんかよく解んないけど、こりゃーもめるぜー。

 めんどくさそうな空気を感じ、レイニーと私は素早くその場から離脱した。

 しかし結局、まともな話にはならなかったようだ。

 公爵家の応接間では錬金術師と事務長が火花を散らしてにらみ合ったが、当事者であるうちのメガネがエルフへの愛をこじらせて終始もじもじしていたせいである。

 最終的には、ローバスト領主代理の事務長に交渉を委任する書類にサインなどをさせられていた。あまりに使いものにならなくて。

「あ、でも、この伐採に関する規制は外さないで下さい。木を切り過ぎるのも駄目だし、冬に薪の値段が高騰するのも嫌だし」

「解った。技術使用料の割合については?」

「任せてもいいですか? よく解らないんで」

「そうか。では、その様に」

 たもっちゃんから面倒な話を丸投げされた事務長だったが、この交渉の結果によってはローバストに入る税収も変わる。密かに燃えているようでもあった。

 彼らの戦いはまだ終わらない。エルフと事務長のこれからの活躍にご期待ください。

 心の中で打ち切りエンドのナレーションを付けながら、私は騎士にまざってプリンを食べた。おいしい。生クリーム欲しい。

 めんどくさそうな空気から逃げ、私がまぎれ込んでいるのは円陣を組むように集まった騎士服の集団の中だった。そこにいるのは、ヴェルナーと五人の部下たちである。

 なめらかなプリンの優しい甘さにうっとりしながら、彼らはそれぞれ手にした小さなうつわを愛しげに見詰めた。

「旨いなぁ」

「タモツを連れて帰りたいなぁ」

 なんかもう、甘党が全然隠れていない。

 荒野から王都までくる間には、町に着かずに野営する日も結構あった。そんな時には料理を手伝い、たもっちゃんが甘いものを作って出すこともあったのだ。

 隠れて生きる甘党たちには、それが楽しみだったかも知れない。

 妙にしんみり言うのを聞いて、彼らとはこれでお別れなのだと今さら気付いた。

「帰るの? 荒野に?」

 これから? すぐに?

 問うと、ヴェルナーを含めた六人ぶんの視線がこちらに集まった。中の一人が、うなずいて答える。

 彼らが我々の護送を請け負ったのは、イレギュラーの任務だ。それが終わればまたすぐに、アレクサンドルが待つ荒野へと戻らなくてはならないらしい。

「騎士団への報告も済んだし、ダンジョン調査はまだ続いているからな」

 昨日今日と休養し、予定としては遅くとも二日後には王都を出る。そんなあわただしい中で、私たちの様子を見にきてくれたのか。

「ごめんね、休み潰させて。きてくれてありがとう。それと、王都まで付いてきてくれたのも。ありがとう」

「何もなかったけどな」

「途中で夜盗くらいは出るかと思ったが」

「夜盗に偽装した私兵が、だろ」

 それなー。などと言いながら騎士たちはどっと笑うが、なにもおもしろくないんですけど。それただの、恐い話ですけど。

 筋肉から出てくるジョークはよく解らない。

「体には気を付けるんだよ。甘いものばっかり食べないで、野菜とかも食べるんだよ。ビタミン取って、ビタミン。脚気になっちゃう」

「お前はオレの母親か」

「いや、うちのばあちゃんがこんな感じだ」

 彼らは二日三日休んだだけで、また旅だ。さぞや体がキツかろうと、強靭な健康が付与されたゲゾント草をもさもさと取り出す。

 そしたらね、この言い草。草だけに。

 ……だめか。だめだな。

「だって、一ヶ月掛けてきた道を一ヶ月掛けて戻るんでしょ? 大変じゃん。割れるよ」

 尻が。

「行軍には慣れてるさ。鍛えてるしな」

「それに帰りは馬車がいない分、もう少し早く着くだろう」

 なんだか、そう言うものらしい。

 騎士たちが乗る馬は、馬車を引く謎馬とは種類が違う。小柄で毛深くふてぶてしげな謎馬に対し、騎士の馬はかなり大きい。横に並ぶと人の頭よりずっと高くに背中があって、もう訳が解らない。世紀末覇者感がすごい。

 確かにあれは速いだろうなあ。

 巨大な体はベルベットのようになめらかで、見栄えもするが騎士が愛するのはその勇猛な性格だ。厳しい戦場でも臆さずに、ヒャッハーと駆けて主を助ける。マジ世紀末。

 別に戦いに支障がないなら馬じゃなくても構わないらしいが、騎士はみんな覇者馬を好んだ。馬も大事にされると解るらしくて、騎士と一緒にいる時はフフンと高飛車にどや顔とかする。

 嫌がる隠れ甘党たちのポケットに干した草を詰め込んでいると、「それで?」と声を掛けられた。

「それで、どうなんだ?」

「どうって?」

 空のうつわをテーブルに置き、思い出したようにトドメを刺したのはヴェルナーだ。

「貴族主義の派閥には王自らが釘を刺し、抑えておいでだと聞くが。お前達の発明は、そんなに価値があるものか?」

 その話はホント初耳だったので、私は多分、ものすごい顔をしていたと思う。隠れ甘党たちが動揺し、料理長が運んできた新しいプリンをがちゃがちゃと私の所へ集め始めた。そんなにはいらない。多少は食べる。

 しかし、どうなんだろうなあ。王様が釘刺してなかったら、どうなるんだろうなこれ。

 まあ、どうもならないんだろうな。悪い意味で。

 プリンを運んできたついでに荒野からきた騎士たちに純白砂糖の話を聞き込み料理長が目をぎらぎらさせたり、それでいよいよやる気になって公爵家の騎士団をダンジョンにやろうと言い出したり。胸倉をつかまれた中年執事がめんどくさそうに料理長を部屋から放り出したり、なんか気安げだと思ったら執事と料理長は従兄弟だったり。

 ダンジョンにやられそうな勢いの公爵家の騎士団は家令の次男が団長だったり、と言うかそもそもメイドや従僕にも家令の一族がぼろぼろいると言うことが判明したりもした。

 この場に公爵本人はいなかったのだが、あとで聞いたら「この家は私ではなく、家令の一族でできているんだ」みたいなことを、淡紅の目を閉じて深くうなずきながら言ってた。

 おじいちゃん、マジ。

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