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37 取り押さえ

 急いで呼ばれたお医者によると、おじいちゃんは疲れが出たのだろうとのことだ。

 疲労回復には、滋養と休養。

 たもっちゃんは病人食にうどんでもこねようと台所に侵入したのを料理長に取り押さえられ、レイニーは天からの祝音覚悟で祈ろうとして取り押さえられた。私に。いや、できれば回復を祈ってもらいたかったが、祝福はちょっと困る気がする。

 あと、公爵。

 彼は備蓄の万能薬をメイドさんに探させて、見付かった三本全てを開封しようとした現場を執事によって取り押さえられた。嘘だ。もっとやんわり止められていた。

 万能薬はケガや病気や毒などによる状態異常は回復するが、疲労にはあまり効果がない。らしい。あと、めっちゃ値段が高い。

「たもっちゃん、たもっちゃん。おじいちゃんの体によさそうな草見てくれない?」

 ギルドで売れる草の中には、薬草もあるはずだ。もしかすると、疲労回復に役に立つものもあるかも知れない。

 アイテムボックスに保管した草たちをぽいぽい出して相談などをしていると、なんだかテオが微妙そうな顔をした。

「どうして効能をタモツに尋ねる? 草なら、お前のほうが詳しいだろう」

「いや、リコは詳しくないよ」

「いつから私が草に詳しいと誤解していた?」

 たもっちゃんが首を振り、私はムダにキリッとキメ顔を作った。

 別になにも詳しくはないんだ。冒険者ギルドで売れる草を教えてもらい、解りやすいのをテキトーにむしって売ってんだよ私は。

「あんなに草草言っておいて……?」

「そうなんだよ。リコって、そう言うとこあんだよ。あんな草こそ至高みたいなテンション出しといて、全然種類とか覚えてないの」

「出してない。そんなテンションは出してないから」

 たもっちゃんが私の人間性を否定しながら選んだ草は、ゲゾント草と言うそうだ。

 煎じて飲むと、なんか元気になるらしい。これは以前干した草にもあって、すぐに執事に渡すことができた。

 反省はしている。

 あとから解ったことではあるが、この忙しい時に私が一番やらかしていた。

 家令のおじいちゃんが倒れた、翌朝のことだ。

 人を泥にするベッドから出られず掛け布にくるまってうごめいていると、客室のドアがすさまじい勢いで叩かれた。

 コココココッと高速でノックされたと思えば、すぐに扉がばーんと開く。

「お客様、失礼致します! 強靭な健康とは何ですか!」

 いや、返事は。ノックの意味とは。

 寝ぼけた頭で思ったが、返事を待たずに扉をばーんと開いた相手は有能執事だ。私が間違っているのかも知れない。

 自分の中で結論付けて、うとうと枕に頭をうずめたところで掛け布をバッとはがされた。

「お客様!」

 混乱状態の執事を前に、さすがに二度寝はムリだった。

 おじいちゃんの話である。

 倒れてから一夜明け、今朝になると老いた家令はむきむきと起き出した。なんかもう大丈夫だと言い張って、仕事に復帰しようとするのを息子である中年執事と孫の従僕が取り押さえたそうだ。はがいじめとかにして。

 おじいちゃん、マジ。

 そのせいじゃないといいなと願っているが、どうやら渡した薬草に強靭な健康が付与されていたらしい。

 なんでこんなに元気なんだと執事がちょっとキレている時、末の息子さんが「あー、これが」みたいな感じで「強じんな健康ってすごいですね」とぽろっと言って判明した。

 家令のお孫さんでもあるその少年は、鑑定スキルの持ち主だった。

 さすがによく解らない奴からもらった草をそのまま使う気にはならなかったらしく、前もって薬草を鑑定させていたのだ。

 だからこの末っ子は、薬草に特性が付与されているのを知っていたはずだ。

 ならばどうして、もっと早く教えないのか。

 執事が息子を叱責すると、少年は答えた。

「父上がおたずねになったのは、毒やきけんがあるかどうかです。付よされた特せいは健康で、毒でもきけんでもありません」

 まあね。まあそうね。そうなんだけどさあ。

 この少年の言いぶんに、大人たちは解るけどもと眉間をぎゅっと指先で押さえた。

 ただしうちのメガネは例外で、「小僧、いい目をしているな。俺の若い頃にそっくりだ。きっといい課金勢になる」とか言いながら、親指を力強く立てるなどしていた。

 聞かれなきゃ言わない感じがね。大事なことでも、だって聞かなかったじゃんつって問い詰めるまで言わない感じが確かにね。似てるけれども。

 それは別に、長所ではない。

「たもっちゃんもさあ、付与されてんの解ってるなら教えてよ」

 鑑定スキルで見えるってことは、恐らく看破スキルでも見えるのだ。私の体質で薬草がより健康的になっているなら、教えてくれてもよいのではないか。

「えー、知らなーい。俺のスキル、見ようと思ってみなかったら見えないもん」

「そうなの?」

「そうなの。全部見ようと思ったら、ホントに全部出てくるからさー。無理。無料サービスの利用規約くらい無理」

 あっ……それは、なんか。しょうがないね。しょうがなくないけど。

 とりあえず同意のボタン押しちゃう。たもっちゃんはそう言う男だ。私もだけど。

 細かい文字のかたまりとか、ほんとムリ。ごめん。でもムリ。

 改めてほどほどにガン見してもらうと、干した草には確かに強靭な健康が付与されていた。健康って付与されるものなのかよと思わなくもないが、付いてるものは仕方ない。

 このことにより薬草の効果にプラスが付いて、効きがよくなっているそうだ。逆に言うと、それだけである。なんか奇跡的に超回復する特効薬とかではないらしい。

 今回渡した薬草で言うと、冒険者ギルドのポーションよりは効果があるがちゃんとした上級ポーションほどには効かないそうだ。

 懸案だった家令のおじいちゃんがむきむき起き出してきた件は、本人のポテンシャルが元々高かったのだろうとのことだ。


 雨季の明けた空は晴れ、屋外にいるとまあまあ暑い。上着を着たままのせいもある。

 私は、公爵家の庭にいた。

 洗濯ロープに草を吊るして、せっせと乾燥させているところだ。超回復はしないとしても、効き目がいいのはよいことだ。量産し、困った時に使ったり売ったりしたいじゃん。

 しかし草を吊るしてしまうと、することがなかった。草でも煎じて備蓄するかと、たもっちゃんに小さなかまどを作ってもらう。

 草が乾くまで時間を有効活用するつもりが、これはちょっと失敗だった。借りた土鍋でゲゾント草を煎じていると、暑さで若干気が遠くなる。せめて日陰で作業するべきだった。

 すぐそばの木陰では、たもっちゃんがテーブルを出して培養途中の酵母菌を愛でていた。レイニーは花に囲まれたあずまやで休み、階段で庭とつながるテラスから公爵がロマンス小説を朗読する声がこちらまで聞こえた。

 なぜなのか。

 ヒマ潰しに剣の素振りをしているテオが、なんとも言えず微妙な顔だ。気持ちは解る。

 土鍋の中の薬草をかきまぜ、ちょっと休憩でもしようかと額をぬぐって立ち上がる。すると、公爵が階段の上から私を呼んだ。

「こちらで冷たいものでも飲むと良い」

 声のほうへ目をやると、テラスの席にメイドさんが飲み物を用意してくれていた。こうさりげなく親切にされると、うっかり好きになりそうで困る。メイドさんを。

 水滴の付いた透明なグラスに口を付けると、ものすごく冷えてて体にしみ込むような感覚がした。魔法で冷やしてあるのだろう。

 あー、とおっさんみたいな声を出す代わりに、公爵が閉じて置いた本を見て問う。

「なんで朗読してるんですか?」

「邪魔だった?」

「すごくおもしろかったです」

 公爵が選んだ小説は王都のご婦人が夢中になっている作品だそうで、作中のイケメンはこれでもかと歯の浮くような甘ったるいセリフを吐いた。それをリアルイケメンである公爵が、情緒たっぷりに音読するのだ。似合いすぎてて逆にじわじわ笑えるのがずるい。

 個人的には体を悪魔の手先に乗っ取られたヒーローのライバルが、最後に溶岩の池に沈んで行くシーンが最高だった。

「気に入ったなら良かった。手伝えないから、せめて気でも紛れたら良いかと思って」

 イケメン朗読は、公爵の善意だったのだ。確かに気はまぎれた。おもしろさで。しかしやっぱり暑かったので、飲み物のお代わりをもらっていると公爵は気の毒そうな顔をした。

「暑いなら上着くらい脱げば良いのに」

「いや、これは脱げないって言うか……ああ、そっか」

 自分の姿を見下ろしながら言い掛けて、気が付いた。そうか、ないなら買えばいいじゃない。

「公爵さん、女性用の下着ってどこに売ってますかね?」

「それを何で私に聞いたの……」

 なんとなく。詳しいかと思って。

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