36 恩寵
公爵はえらい。
家令のおじいちゃんによると、この国では王族の次くらいにえらい。とのことだ。
だからその邸宅もさすがに広く豪華な作りで、働く人々もよく教育されていた。決して主人や客のジャマをせず、気配を完璧に消しながら必要な時にぬるっと出てくる。
王城でも思ったが、気を抜いてるとあれホントびっくりするからむしろどんどんジャマして欲しい。
我々がいるのは、公爵家の居間である。
豪華で上品なお城みたいな邸宅は、どこもかしこもぴっかぴか。居間の天井はこれでもかと高く、吊り下げられたシャンデリアは繊細な光を投げ掛けて輝く。
我々はね、ど庶民なので。なんかまぶしくて落ち着かないが、公爵家ではこの部屋がくつろぎ空間であるらしい。
このきらきらしい空間に、妙になじむのはレイニーだ。ふかふかの豪華なソファに姿勢よく腰掛け、顔だけはつんと澄まして静かにしている。
静かではあるのだが、どことなくほくほくしているのが見ていて解った。メイドさんからお茶とお菓子を与えられ、うれしくなっているらしい。
居間の中にはテオと我々三人に、それを見守る公爵と家令だけがいた。
その時の話題は、我々が指名手配を受けていた嫌疑についてのことだった。
「男爵の訴えはね、取り下げられたから。そっちはもう大丈夫なんだけど、恩寵スキルの事があるからさぁ」
「恩寵、スキル……?」
たもっちゃんがべろりと言って、それにぎしりとテオが強張る。
「うん。新しい恩寵スキルの持ち主が出てくるの、凄い久しぶりなんだって。だから、王様も扱いに困ってるみたい」
「たもっちゃん、たもっちゃん。恩寵スキルってさあ、結局なんなの?」
王様もなんか言ってた気がする。しかしその辺は全く聞いていなかったので、解らないままになっていた。
話のついでに私が問うと、たもっちゃんは少し考え、しかし結局シンプルに答えた。
「んー。何か、神様からもらったスキルの事を言うみたい」
あー、神様。神様か。
だとしたら我々、もらってますね。恩寵スキル。看破とか、健康とか。
男爵が訴えを取り下げて、我々の嫌疑は消えた。はずだった。しかしゲスト扱いではあるが、身柄は公爵家に留め置かれている。
どうやらこれは恩寵スキルの持ち主として、待遇が決まるまでフラフラすんなってことらしい。まあ、すでにフラフラとエルフに会いに行ったりしているけども。
メガネの前でソファに腰掛け、テオはずっしり重い空気を背負う。きらめく髪をぐしゃりと乱し、まるで痛みでもこらえるように頭をかかえてしまっていた。
「恩寵スキルだと? 我が国では王家と第一位の公爵家にしか存在しない力だぞ! それを! それを……!」
めちゃくちゃなのにも、ほどがある。
彼は地を這うような低音で、しぼり出すように呟いた。
今この国で存在を確認されているのは、王様が持つ預言者のスキルとアーダルベルト公爵の判定者と言うスキルだけらしい。
預言者はなにやら未来が見えて、判定者は嘘が解る能力だそうだ。
これは初代の王とその弟であった初代公爵が神から賜り、今も子孫たちに受け継がれているスキルだと言う。
そっかそっか。そう言う感じか。
私はやっと、少しだけ、理解した。
王と公爵しか持ってないとか、とりあえずスキルの希少性だけでもやばい。使える能力かどうかは別にして。
これ、どうなるんだろうなあ。私らが、神様からスキル何個かもらってるってばれたら。
どうって言うか、面倒なことにしかならない気はする。墓場まで持って行く秘密がまた増えてしまった。
我々の苦悩とは裏腹に、公爵はなんだか満足そうな様子に見えた。笑顔がまぶしい。どうやら頭をかかえるテオの様子がツボらしい。
「あぁ、良いね。彼は本当に常識的で、見ていると私も少し安心するよ」
公爵は一人掛けの安楽イスに腰掛けて、優雅に足を組んでいた。そばには苦々しげな老家令を控えさせ、ザ・貴族と言う文字が背後にうっすら見えそうな気がする。
「これが普通の反応なんだよ。それなのに、君達ときたら。顔色一つ変えないんだからね。つまらないったらないじゃないか」
「えー、どうしよう。リコ、俺ら面白みないんだって」
「えー、やだー。個性死んじゃう。おもしろみなくってすいませーん」
たもっちゃんと二人でテキトーに謝ると、そう言うとこだとテオに叱られ公爵は喉の奥から変な音を出して笑った。
そうしてひとしきり笑ったあとで、話を戻したのは公爵だ。
「訴えは取り下げられたと言っても、注意は払っておきなさい。今回は相手の詰めが甘かった。恐らくではあるが、ズユスグロブは関わっていなかったんじゃないかと思うね」
「マジすか」
それはなんか、意外だった。全ての悪事に加担する、悪の権化みたいな人かと。
たもっちゃんと二人で顔を見合わせていると、蜜色の髪をさらりと揺らして公爵が頭を傾ける。
「あれが加担していたら、もっと話は拗れているよ。……それに、がっかりしなくても大丈夫。君達はこれから、幾らでもぶつかる事になるはずだから」
「いや、別にぶつかりたくはないんですけど」
「そう?」
まあ、ムリだと思うけど。
公爵はさらりと不吉なことを口にして、淡紅の瞳をいたずらに細めた。
「ズユスグロブ侯爵の領地は、砂糖の一大産地でね。あれの財力と影響力は殆どがそれに由来していると言って差し支えない」
いわく、高価な嗜好品である砂糖は富と権力の象徴でどうのこうの。
貴族の社交には欠かせないアイテムでどうたらこうたら。
「君達は、あの真っ白な砂糖をダンジョンに定着させたそうじゃないか。ズユスグロブ領よりも上質な白砂糖が供給されたら影響が出るし、愉快である筈がない」
アーダルベルト公爵はくすくすと、おもしろくって仕方がないと言うふうに笑う。
「知財権で訴えたのはマロリー男爵の勇み足でも、砂糖に関して仕掛けたのは君達だ。そんなの、どうしたってぶつかるよ」
純白の砂糖が、なんかもめるとは聞いていた。
しかしそれは、商人ギルドとかの話だ。相手が侯爵とは聞いてない。
この世界の微妙に白くない白砂糖が高価な理由は、貴重品と言うだけでなく製法が秘匿されていることにもあった。
加えて砂糖を扱える商人は商人ギルドの中でも一部で、そのため値段は釣り上げ放題。
それでも貴族や富豪は社交のために購入せざるを得ないので、高くて売れないなんてことはあり得ない。
なかなかあくどい商売のようだが、元締めは侯爵だったのか。なんとなくだが、悪代官と越後屋のお座敷遊びが目に浮かぶ。
そんな利権まみれの一人勝ち市場に、ダンジョン産の純白砂糖で殴り込みを掛けたのがほかならぬ我々だったのだ。なにそれやだー。
別に、殴り込みを掛けるつもりはなかった。動機は異世界レベルの白い砂糖が欲しかっただけの、私利私欲である。
しかし、相手にそんなことは関係ない。
もめるじゃん。もうこれ、宿敵レベルで確実にもめるパターンのやつじゃん。
「そーゆー大事なことはさー……早く言っといてっつったじゃん、テオ」
「待て、おれか? おれのせいか?」
いや、違う。なんとなく言ってみただけだ。八つ当たりである。そうして素直に動揺するテオを、我々がつつき回している時だ。
うっ、と小さなうめき声が聞こえた。
「エドゥアルト!」
叫んだのは公爵だった。
彼はさっと青ざめて、安楽イスから飛び下りる。そして急いで膝を突いた床の上には、そばに控えていたはずの人影。
倒れていたのは、老いた家令だ。
「おじーちゃーん!」
我々は、取り乱した。
「何なの? 何の病気なの? 俺、ギルドのポーションしか持ってないんですけど!」
「祈りますか? わたくし、祈りましょうか? 祝福で騒ぎになるかも知れませんが」
「私! 私、手持ちは! 草しか!」
「待ちなさい、それならどこかに万能薬がある筈だ。誰か、すぐに持って来なさい。あるだけ全部持って来なさい」
「おい! 誰か人を呼んできてくれ!」
こいつらはダメだとばかりにテオが叫んで、すぐに執事が駆け付けた。
「皆様、落ち着いて下さいませ」
執事はうろたえる我々をやんわり押しのけ、おじいちゃんの容体を見る。意外にしっかり返事があるのを確かめて、医者を呼ぶようメイドにてきぱき指示を飛ばした。
有能である。
頼りになると思ったら、この執事は倒れた家令の息子さんだそうだ。安心感がすごい。




