34 内緒の話
つまり、茶番なのである。
ことの起こりはルディ=ケビンが新技術の申請書を王都へ持ち帰ったことだった。
茶番を仕掛けたのはマロリー親子。特に、父親であるマロリー男爵はとにかく平民が大嫌いらしい。
新技術の知的所有権について、申請を代行したのがエルフであること。そして新技術の発見者として名を連ねる我々が、平民かつ移民であるのに腹を立て横やりを入れたのは明らかだった。
めちゃくちゃである。
めちゃくちゃだが、一旦はその理屈が通り掛けた。
彼らに取って、貴族に取って。真実とかは二の次で、どこに利がありなにが強いか。それが全てのようだった。
正義は権力と共にある。パワーゲームと言うやつだ。
理不尽すぎて、なんかもうあれ。
「貴族めんどくさすぎません?」
ついぽろっとこぼしたら、これには公爵だけでなく王と王妃も顔を伏せて小さく震えた。
気品あふれる王族的には、ばかうけである。
すまんすまんと王様からは、震えながらになんか軽いノリで謝罪を受けた。
やだやだ。そんなのじゃやだ。マロリー男爵のお尻も何個かに割ってくんなきゃやだ。
とか言って、もうちょっとゴネたい気もしたがその機会はなかった。たもっちゃんがうるさいからだ。
「え、じゃあもういいですか? 帰れます? ルディ=ケビンにご飯作りたいんですけど。できれば妹さんにも会いたいんですけど」
そしてあわよくば仲良くなりたい。エルフの妹さんと仲良くなりたい。
うちのメガネの顔面からは、やかましく心の声がだだもれだった。
「まあ待て。話はこれからだ」
「そうですよ、もう少し相手をして下さらなくては。あなた方にお会いするのを、わたくしも楽しみにしていたのです。フロレンティーネが大急ぎで手紙を寄越すなんて珍しくて」
王妃様はすねたみたいに言いながら、それでもやっぱりほがらかだった。その横では王様が、テーブルにちょこんと両手を載せてなんだかそわそわしながらに問う。
「それで、どうだ? 本当にフロレンティーネの言う通り、お前達は神の恩寵を賜っているのか?」
「あら、陛下。違います。フロレンティーネの手紙には、鑑定スキルが効かなかったとしか書いておりませんでしたわ」
「同じ事だ。あれが鑑定できない相手は、恩寵スキルの持ち主しかいない」
王と王妃は我々を見詰めて、わくわくと返事を待っていた。
神の恩寵がなんなのか、私には解らない。なのでそちらは帰りたそうな空気を出したうちのメガネに任せておいて、私は私でアーダルベルト公爵に向き合う。
「気になってたんですけど」
「何かな?」
「どうして出てきてくれたんですか?」
マロリー男爵のたくらみは雑だが、しかしそれでも厄介だった。男爵が、ズユスグロブ侯爵の一派であると言う点において。
侯爵は平民移民が大嫌いの会の筆頭で、貴族たちへの影響力も強い。刺激するのは王といえどもできれば避けたい相手だと言う。
そのために、このずさんな計画も一応勝算のないことではなかった。マロリー男爵自体ではなく、侯爵の権力頼りだが。
実際アーダルベルト公爵がその地位とスキルで助けようとしなければ、私たちもゴリゴリと権力のゴリ押しで潰されていた。かも知れない。多分そう。
公爵が出てこなければ、強引に理不尽に罪を着せられていた気がする。そして実際、男爵が想定していなかったように。普通なら、判定者である公爵が介入する案件でもなかったのではないか。
だから、よく解らない。私たちを助けてくれる義理はないのに、どうして出てきてくれたのか。
この疑問にアーダルベルト公爵は、ああ、と淡紅の瞳を少し細めた。
「頼まれたからだよ」
そうして、ちらりと。
視線を庭木のほうへやる。
我々が席に着くテーブルは、芝生の上の屋外にあった。王城の中にありながら、ここは人目の少ない静かな場所だ。
垣根で区切っている訳でもないのに、周囲にしげる庭木や花が幾重にも重なって外からの視線をすっかりさえぎる。そうなるように設計されているのだ。
それでいて、人の気配が全くないと言うのでもない。計算して配された庭木や花にまぎれながらに、おどろくほどたくさんの女官や騎士が静かに控える。
たまに風景と一体化した女官や騎士が、思いのほか近くからぬるっと出現することがある。あれこわい。あれびっくりする。
多分、長く務める者なのだろう。こっちの心臓が止まるかと思うが、あれはなんか、いっそすごい。
公爵が、その透き通るような淡紅の視線を投げたのはその内の一人だ。
見ればそこにいると解るから、まだまだぬるつきの足りない若輩者と思われた。
て言うか、あれ。
「ジャンニじゃね?」
気が付いて、たもっちゃんが横から言った。
「あっ、ホントだ。どしたの? 元気?」
なんか久しぶりだね、と。
レイニーを含めた三人で小さくそちらへ手を振ると、そばかす顔を嫌そうにしかめて追い払う仕草で手を振り返してきた。きっとやめろと言うことだろう。もっと振る。
そんな攻防を見ながらに、くすくすとアーダルベルト公爵が笑う。
「ローバスト伯爵夫人からの使いだよ。君達は随分気に入られている様だ」
「あぁ、新技術が俺達のって事になったらローバストの税収増えますもんね」
たもっちゃんが手を振りながら、なかなか切ないことを言った。
圧縮木材や酵母菌。それらの知的所有権が認められれば、権利者に技術使用料が払われる。権利者がローバストの領民であれば、その利益の税収はローバストに納められることになる。
悪役美人の奥方様が使いを出して、助力を願ったのは恐らくそれが理由だった。全ては税収のためである。
お金、つよい。
王城の庭で行われた密談は、時間にすると三十分ほどのことだった。
席を立ったのは、王と王妃だ。彼らはテーブルを離れると、ふと立ち止まって手を前に伸ばした。すると指先が触れた辺りから、空中にぴしりと亀裂が入る。そこにはなにか、薄い膜があるようだ。
亀裂は連鎖的に範囲を広げ、最終的には私たちごとテーブル周辺をぐるりと囲む。亀裂の入った薄い膜はそのままばきばきヒビ割れて、見る間にもろく崩れて消えた。
たもっちゃんによると、これは防音障壁と言うものだそうだ。この薄い膜を展開させると、中の会話は周囲に知られることがない。
それをなんか、へー、つって。
王族ってやっぱ、大変ですねと。
内緒の話一つするにも、魔法を使わなきゃいけないなんて。なんか色々ごちゃごちゃしていそうだと同情半分、完全にひとごととして聞いていた。
その内緒にしなくちゃまずい話を、持ち込んだのが自分たちだと気が付いたのはあとになってからだった。
王や王妃との密談が終わると、我々は立派な紋章の付いた馬車の中に押し込められた。たもっちゃんとレイニーと私は、そこでひどい衝撃を受けることになる。
馬車の座面が固くないのだ。ふっかふか。
一ヶ月の旅路でダメージの蓄積された嘆きの尻さえ、圧倒的優しさで包み込む。なんだこれはと思ったら、公爵家の馬車だった。
王都の路面が石畳で舗装され、平坦な道と言うことも影響している。しかしこのアーダルベルト公爵家の馬車は、私の異世界人生で最も快適な乗り物だった。
貴族、すごい。高級馬車、すごい。
すごいすごいと興奮しすぎて、逆にグロッキーになるレベル。そこへとどめを刺したのは、なんだか楽しげなアーダルベルト公爵だ。
持ち主だから当然と言えば当然だったが、馬車には彼も同乗していた。そして同乗者である我々を飽きさせないよう、色々な話をしてくれた。――ただ。
今回ジャンニが使者としてよこされたのは彼の一番上の姉がアーダルベルト公爵の叔父と結婚してるからだとか、そのせいで末っ子長男のジャンニは実家に居場所がないとか。そもそもローバストの奥方様と公爵は昔婚約してたけど色々あって破談になって、今でも公爵が独身なのはそれを引きずっているからだと貴族間ではもっぱら噂になっているとか。
ホスト役の話題の選びかたが独特で、馬車が目的地に到着する頃にはなんかもうお腹がいっぱいになっていた。貴族的なゴシップで。
そうして疲れ切った我々が、さあどうぞと招かれたのはアーダルベルト公爵家である。
我々は疲れていた。王族と会うのは予想外だったし、そもそも荒野から王都まで尻を割るタイプの馬車に揺られてやってきた。
だからもう今日はなにも考えられず、勧められるまま食事をいただき泥のように眠った。
お城の入り口にテオを置いてきてしまったと、思い出したのは翌日のことだ。




