33 雑
せいぜい、道中に気を付けることだ。
アレクサンドルはそう言った。そして我々を王都へ送るため、ヴェルナー率いるチーム隠れ甘党とテオが付いてきてくれた。
いや付いてきてくれたっつうか、護送チームの戦力が過剰。
しかしこれは、アレクサンドルの配慮だった。不慮の事故で私たちが消えてしまえば、多少なりともあちらに都合がよくなってしまう。それを警戒しているようだ。
え、そんななの? そんな恐い話になってるの? じゃーもーなんも言えねーわー!
よろしくお願いしますとばかりに涙目で、我々はおとなしく守られながら王都へと急ぐことになった。
シュラム荒野から王都まで、一ヶ月近い道のりである。前にローバストから王都まで二十日は掛かると聞いたから、日数的にはそれより遠い。
この世界では、一ヶ月は二十七日。それが九つで一年となる。それはこちらの月は九つあって、それらの月が一つずつ二十七日掛けて空を横断するためだ。
それに加えて古い月から新しい月に替わる「渡ノ月」が三日。この期間はどちらの月にも数えられず、見通しのいい土地ならば古い月と新しい月が空の両端に見られるらしい。
そんな話を教えてくれたのは、テオだった。
「何で知らないんだ」
「なんでって言われても。知らないものは仕方なくない?」
荷馬車に揺られながら答えると、彼は子供でも知っている話だとあきれた。
だって、異世界なんだもの。空をぼんやり見上げても、月の色が変わってるわくらいにしか思わない。
雨季は七ノ月の中頃に去って、空はからりと晴れていた。荷台の幌がぱたぱたはためく下から覗くと、二つの月にはさまれて巨大な都市が遠くに見える。
我々がやっと王都に着いたのは、七ノ月と八ノ月にはさまれた渡ノ月のことだった。
愛とは暴走列車であると、昔の人も言っていた。いや、言ってなかったかも知れない。
たもっちゃんは、エルフ第一。
そのことを改めて思い知る。
「ルディ=ケビンを助けて下さぁい!」
はあはあしすぎてちょっとフラフラになりながら、たもっちゃんは叫んだ。叫んだ相手は王と王妃だ。ちょっと勘弁して欲しい。
王はふんわり輝く象牙色の髪に、思慮深そうな濃紅の瞳。口元に髪と同じ色の口ヒゲを貯えた、私たちより少し年上の男性だった。
隣でほがらかにほほ笑む王妃は、これまた美しい人だった。ウサギみたいな温和な目元に、金髪まじりの赤墨色の髪。なんだかお日様みたいな印象を受ける。
王と王妃はうちのメガネの愛の叫びに目を丸くした。それから互いの顔を見合わせて、仕方ない子を見るようにくすくすと笑った。
「本当にエルフ贔屓なのね。フロレンティーネが手紙で言っていた通りだわ」
「フロ……?」
「ローバスト伯爵夫人です。フロレンティーネとわたくしは、従姉妹同士なのですよ」
優しく笑う王妃様の言葉に、我々はちょっと思考が停止した。
ローバストの奥方様は、涼しげな目元に銀髪まじりの黒髪で、悪役めいたゴージャス美人だ。お日様みたいな王妃様とは全く違う。違うと言うか、ものすごく真逆だ。
あまりにイメージが掛け離れてて、似てるかどうかもよく解らない。まるで太陽と月。昼と夜。生と死であるかのようで。
「お城の入り口に飾ったら、絶対強くて誰も通れないやつだ」
「わかる」
私が呟き、たもっちゃんがうなずいた。
そうしたら、ウケた。
王ではない。王妃でもない。
端正な顔を自分の両手の中に伏せ、ふぐふぐと声を押し殺して笑う男性がいる。
彼を、オスカー・フォン・アーダルベルト公爵と言った。
どこか酷薄な淡紅の瞳に、ほのかに笑みをたたえていてもなんだか冷たい端正な顔立ち。内からにじみ出る冷たさが、まるで人生に失望でもしているかのようで。なんかあれ。
触れるもの全て傷付けずにはいられないのに、なぜかヒロインにはデレる氷の王子様みたい。詳しいんだ私は。まんがとかで。
しかし、それも今となってはよく解らない。
氷の王子様はしたたるような蜜色の髪を細かく震わせ、ばかうけしている最中なので。喉の奥からなんか変な音が出てるけど、大丈夫だろうか。
我々がいるのは、王城の庭だ。
王の居城は堅牢な石造りでありながら、ため息が出るほど優美でもあった。
やっぱり、あれかな。牢屋的な所へ入れられて、拷問によろこびを見出した変態に尋問とかされるのかな。
城の前で馬車から下りて、まず思ったのはそんなことだ。あと、尻が痛かった。
一ヶ月の旅路である。さすがに夜間は休息を取ったが、毎日毎日馬車に揺られて私の尻は割と早い段階で限界を叫んだ。
じわじわ痛む自分の尻を押さえていると、我々の身柄は城の騎士へと引き渡された。ヴェルナーたちは護送が任務だったので、ここから先は担当が変わると言うことだ。
テオともここで別々にされた。研究を盗んだとする男爵からの訴えに、彼の名前はなかったからだ。この部外者扱いに、テオはちょっと寂しそうな顔をした。なぜなのか。
三人になった我々を、きびきび案内したのは数人の女官と騎士たちだった。
シンデレラが駆け下りてきそうな石の大きな階段を上がり、美女と野獣がダンスでも始めそうな豪華に飾られたホールを抜け、それ自体が長い大きな部屋のような廊下を通って再び建物の外に出る。
そうして案内されるまま付いて行き、気が付いた時にはなんか普通に。城の中に作られた、王族のための庭にいた。
ちょっと意味が解らなかった。
我々は、容疑者として王都に連行されたのではなかったのか。それがなぜ、見事に整えられた木々や花たちに囲まれて王様夫妻とお茶をすることになるのだろうか。
私たちは三人で、繊細そうなティーカップ片手に険しい顔で首をひねった。
たもっちゃんは落ち着いていた。きらきらしくえらい人の前に出されて、さぞや取り乱すかと思えばそうでもなかった。ルディ=ケビンが無事だと知ったからかも知れない。
うちのメガネがエルフを助けてくださいと叫んで、それから割とすぐのことだ。
マロリー男爵とその息子が、我々とルディ=ケビンに対する訴えを取り下げた。
「素早い事だ」
「アーダルベルト公爵が出てらして、勝ち目はないと悟ったのでしょうね」
王様があきれたみたいに口ヒゲをなでて、王妃様がお茶を片手にうなずいた。
「あの、ちょっと意味が解らないんですが」
公爵が出てきたら、なんで訴えが取り下げられるのか。
急展開に付いて行けず、なんか頭がぼーっとしてきた。ぼーっとしたままたずねる私に、王妃様がにこにこと答える。
「公爵は判定者のスキルをお持ちですから。嘘を暴かれて、困るのはあちらですもの」
判定者スキルとは、嘘を見抜く能力らしい。
マロリー男爵の訴えは虚偽だから、確かに嘘がバレて困るのはあちらだ。訴えを取り下げたのは、公の場で嘘が暴かれるのを避けるためか。でも、なんか。
「なんかもっと、権力のゴリ押しでむちゃくちゃな扱いでも受けるかと……」
こんなあっさり引っくり返るものなのかと、ちょっと信じられない自分がいる。
「権力だったらこちらが上だよ。実際、男爵も私が出てくるとは思わずに雑な企みをした様だ」
にっこり笑うイケメン公爵の言いように、我々は思わず真顔になった。
その雑なたくらみのせいでルディ=ケビンや私たちの一ヶ月は失われ、尻は今までになく割れている。
なんかこう、なんかさあ。
納得行かねーなー! って、思ったところでふと気が付いた。
「もしかして、私たちが無実だって最初から解ってました?」
「そりゃ――」
アーダルベルト公爵は言い掛けて、淡紅の瞳をちらりと王のほうへと向けた。
視線の先で王の頭がわずかにうなずき、それを確認したあとで公爵は「まあね」と困ったみたいに肩をすくめる。
「うわー、ひどい」
なんだそれは。
罪がないと解っていながら、我々を指名手配して王都まで呼び付けたと言うのか。この一ヶ月はなんだったのか。この尻はなんのために割れたと言うのか。
あまりの理不尽に、私は口を開けてぼう然となった。
それがまた、ツボにはまったようだった。
テーブルをはさんだ向こう側では、アーダルベルト公爵が再び両手で顔をおおってひぐひぐと喉の奥から変な音を出して笑った。
「まあ、濡れ衣だとは解っていたが、顔を見るにはよい機会かと思ってな」
ばかうけ公爵に不審げな目を向けながら、しかし落ち着いた様子で王様が言う。
「神の恩寵を持っているやも知れぬと言うのだ。見極めぬ訳には行かないだろう?」




