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31 秘密裏の探索

「たもっちゃん、私はさあ」

「ん?」

 ごつごつとした石のような、それとも土を踏み固めたような床だった。ところどころに草が生え、その端で我々二人はぼんやりと体育座りなどをしている。

 その辺でむしった草は、少し変わった形をしていた。真っ直ぐな茎から真横に細い枝がたくさん伸びて、先端は丸い玉のようだ。指先で茎をくるくる回すと、枝先がぼよんぼよんと重たげに弾む。

 手の中でぼよぼよ揺れる草を見ながら、私は小さな声で呟いた。

「私は、白い砂糖が欲しかっただけなんだよ」

「うん、そうだよなぁ。俺も、白い砂糖は欲しかったよ」

 黒糖とかハチミツもいいけど、風味が強すぎる時あるもんね。

 たもっちゃんはうなずきながらそう言って、私の浅はかさを責めることはしなかった。

 私たちがいるのは、ダンジョンだった。いまだ精鋭しか立ち入ることを許されていない、シュラム荒野のダンジョンである。

 通路はせまく、場所によっては部屋のように広かった。枝先の丸い変わった草をあちらこちらにしげらせて、中はどこも薄暗い。

 床も壁も天井も、長い時間に腐食を始めたひどく古びた遺跡のようだ。けれども、違う。ここは秩序のでたらめな、まだ完成もしていないダンジョンなのだ。

「おい」

 声を掛けてきたのは、一人の男だ。彼は騎士の服を着て、困惑の色を思いっ切り顔に出している。

 私たちがダンジョンに入るには、いくつかの守るべき条件があった。

 探索するのは二階層まで。撤退の指示には即座に従う。ヴェルナーたちから決して離れず、この特別措置の捜索について秘密を厳守し沈黙すること。

 これらの条件を提示して、アレクサンドルは秘密裏のダンジョン探索を許可してくれた。ただし見るからにしぶしぶで、なんかものすごく嫌そうだった。

 まあ、解る。コネなどを駆使し、ゴリ押しをした自覚はあった。

 困惑しながら声を掛けてきたのは、ヴェルナーが連れてきた部下の一人だ。

 私は彼らを、チーム隠れ甘党と呼んでいる。心の中で。なんとなくだがドロップアイテムの黒糖やハチミツを拾う姿に、よろこびがあふれているような気がするの。

「お前達、Dランクパーティだよな?」

「そうですよ」

「何で、あれでDランクなんだ」

 そう言って視線を向けられる「あれ」は、うちの守護天使のことだった。

 レイニーは一人で戦っていた。一人だが、ドカンドカンと攻撃魔法を炸裂させて派手に被害を出している。ダンジョンの内部構造に。

 ヴェルナーも、その部下も。当然のように付いてきたテオも、そして仲間である我々も。

 レイニー以外は壁際に張った障壁の中で、ぼーっとそれを見ているしかない。あまりにぼんぼん攻撃魔法が飛び交っているので、手伝おうにも手が出せないのだ。

 そして問題は、彼女が戦う相手にもあった。

 それは、嘘みたいに綺麗な女だった。いや。嘘みたいに綺麗なだけで、ダンジョンモンスターに間違いはない。

 しかし人の形であることと、どう見ても女の姿をしていること。そして遠目に見ても解るほど美しい顔を持っていると言うことが、男たちを動揺させた。

 そのせいかどうか、断言はできない。だが彼らの仲間の一人がすでに、再起不能にされている。甘党も人の子であったのだ。

 たもっちゃんが張る障壁の中で、ぐったりと意識のない騎士を衛生兵がほどほどに回復させている途中だ。重症ではあるが、死にはしない。

 たもっちゃんの服を引き、私はひそひそとささやいた。

「あの格好さあ、どう思う?」

「知り合いかもなぁ。レイニーの」

「あー、やっぱり?」

 この辺りが、私が浅はかだった部分だ。女の姿のモンスターが出てきて、初めて気付いた。そうか、このパターンもあるのかと。

 今のレイニーは生成りのロングワンピに革のベストをタイトに重ね、足元はグラディエーターみたいなサンダルだ。ちょっと小洒落た町娘のようである。

 冒険者感はいまだにないが、しかし最初は人間らしさのカケラもなかった。最初と言うか、初めてレイニーに会った時のことだが。

 目に痛いほど白い薄布を何枚も重ね、金糸で編んだヒモやベルトでくるくると体に巻き付けているだけだった。服とも呼べない格好なのに圧倒的に神聖で、天使と言われて疑うことさえ思い付きもしなかった。

 その時の姿と、まるで同じなのである。レイニーと戦う、綺麗なモンスターの服装が。

 安定しないダンジョンは、不可思議なものらしい。探索者の心を読み取っているのか、欲しいと願うものを気まぐれに与える。

 だったら白い砂糖が欲しいと願えば、モンスターがドロップしてくれるんじゃない?

 私はただ単純に、そう思っただけだった。

 忘れていた。

 と言うか、あまり気にしていなかった。不安定なダンジョンは望むものを与えもするが、恐れるものを具現化もすると。考えてみれば、ダンジョンモンスターが魔獣だけだと誰も言っていなかった。

 いやー、困る。まさかダンジョンモンスターに、人――いや、天使が出るとは。

 これ、まずくない? もしかして、レイニーを知り合いと戦わせてるんじゃない? それにしてはためらいがないが。ホントは嫌なのガマンして、ムリに戦ったりしてるんじゃない? 全然全く、ためらいがないが。

 そわそわしながら草をいじって見てると、周囲が一瞬白く眩んだ。

「えぇー……」

 ヴェルナー含むチーム隠れ甘党が、どこか遠い目をしてうめく。めちゃくちゃだ、と。ひとりごとみたいにテオが小さく呟いた。

 レイニーは見事、モンスターに打ち勝った。

 倒した敵は、安定すればダンジョンボスになるレベルの相手だと甘党の誰かが言っていた。ぐうの音も出ないめちゃくちゃさである。

「あのモンスターさあ、誰だったの?」

 どうしても気になって、私はたずねた。レイニーはそれに、一仕事やり切った顔ではつらつと答えた。

「反りの合わない上司です」

 天使、とは。


 モンスター上司が消えたあと、ドロップされたのは宝箱いっぱいの純白の砂糖だ。宝箱の大きさは、約一槽。大人が一人、体育座りで入れる程度のサイズである。

 テントに運び込んだその箱を前に、アレクサンドルは頭をかかえた。うつむいて目元を片手で押さえる姿も、なんとなくイケメン。

 本当に白い砂糖を持ち帰るとは、全く予想してなかったらしい。ダンジョン探索を許しはしても、あれは完全にノリだった。

 経済的な理由から私は出会ってなかったが、この異世界にも白砂糖はあるらしい。ただし、白くない。精度技術の問題か、コーヒー牛乳みたいな色をしていた。それはさ、違うの。

 ――私たちが欲しいのは、純白の砂糖だ。

 そんなものはない。

 いや、あるある。おどろきの白さ。

 あれば商人ギルドが黙っていない。

 でも、あるんだもん。

 ――くどい。あるなら、見せてみろ。

 簡単に言うと、こんな感じだ。

 ダンジョンで白砂糖を探させてくれよとしつこく頼む我々に、お兄さんが途中から面倒になったのが勝因である。

 アレクサンドルは体を休めていたらしく、騎士服をくつろげて簡易ベッドに腰掛けていた。どことなく疲れたみたいな顔で、苦々しげにこちらを見上げる。

「この意味が解っているのか?」

「白砂糖が手に入ってうれしいな?」

 我々三人が一斉に首をかしげると、紺青色の鋭い瞳がふざけるなとばかりに細くなる。

 司令官のテントには二、三個の魔石ランプが灯されて、明るく内部を照らし出す。雨音が妙に強く響くのは、ひっそりした空気のせいだろう。まだ夜明け前なのだ。

 この秘密裏の探索は、人目を避けて真夜中に決行されていた。しかしまあ、こうなると時間とか関係ないような気もする。

 テントの中には、アレクサンドルとヴェルナー。テオに、我々が三人。そして、もう一人。なぜかいるのだ。

 冒険者ギルドのシュラム荒野出張所で、責任者を務めるグードルンと言う男だった。秘密裏のはずが白砂糖探索の成功を聞き付け、彼は喜色満面でテントの中に乱入してきた。

「素晴らしい! これは革命だ。そうは思いませんか、キリック閣下」

「あぁ、革命だな。特に、商人ギルドが黙ってはいない」

「いい気味です。そうでしょう? 冒険者を下に見て、何でもかんでも値切ってくる奴等です。鼻を明かしてやる絶好の機会だ」

 ぐったりしたアレクサンドルとは対照的に、グードルンは楽しげだった。商人ギルドとなにがあったか知らないが、復讐できるのがうれしくて堪らないと言った様子だ。

 もちろん協力してくれるね? と。復讐者の歓喜にぐるぐるした目で迫られて、我々も白い砂糖の安定供給を目指すことになった。

 異世界よ、生活習慣病に怯えて眠れ。

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