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299 ずっと子供のままでいて

 孤児院のだだっ広い敷地の一角。

 海へと続く岩場に面したその庭に、適当に出したテーブルで十二センチ角の塩がごろごろ夏の日差しに焼かれるように天日干しなどされている。

 シュール。

「あのね、前にね、井戸が遠くて水に困るって言ってた時にね、設置した海水をくみ上げて真水にして出す魔道具あるじゃない? まぁ、これなんだけど」

 たもっちゃんは庭にどしりと設置した、腰ほどの高さの台をぺちぺちと叩く。

 その土の魔法で作られた台にはパイプがつながり海まで伸びて、魔力を込めると海水を汲み上げ濃度の高い塩水と真水に分けてざぶざぶ出てくる魔法術式が組み込まれている。

 ――と、作ったメガネは言っていた。

「これのね、濃縮塩水のほう。上手く乾かしたら塩になるはずなんだけど、煮詰めるとか干すとか手間と時間が掛かってしょうがないじゃない?」

「それで魔法でゴリ押しした、と」

「うん、そう」

 大体の流れが見えたので、話のオチを先取りするとメガネは素直にうなずいた。

 塩ってなんだっけと言うような謎の立方体が目の前にあるので、失敗を認めるしかないと観念しているだけって気もする。

 なお、周りにいた子供らがびっちゃびちゃなのは濃縮塩水を量産するために、この魔道具でざぶざぶ真水を作り出しそのまま水遊びに発展したからだそうだ。

 子供って、なんで水場で好きにさせると全身びちゃびちゃにしないと気が済まないんだろうね……。

 ついテンションが上がってしまい小さい子らと一緒になって水遊びしていた大きい子たちがはっと冷静さを取り戻しどことなく決まり悪げにしている姿もかわいいのだが、そのびっしゃびしゃの子供らの間を幼女のロッティが「まー! しよーのないこと!」などと、完全にユーディットを感じるセリフを吐きながら手拭きの布を振り回し忙しそうに走り回るのもなぜだか一層ほほ笑ましかった。

 年上の子供たちにまで世話を焼いて回る幼女にほっこりしていたが、そうして眺めている内にロッティが記憶にあるよりいくらか成長していると気付く。

 考えてみれば当然なのだが、おどろいてしまった。

 我々がクレブリを離れている時間も、子供たちは少しずつ大人に近付いているのだ。ロッティが第二のユーディットになる日がじわりじわりと迫りくるのを感じる。

 うっ、ずっと子供のままでいて。みたいな変な感慨をこじらせた私と、なんでこうなったんだろうねと塩の話を続けるメガネ。

 なんでと言うか、たもっちゃんが悲しげに見下ろす先に明確な原因が残されている。

 そこには濃縮塩水を入れるのに使ったらしき、すでに塩の結晶だけは引き上げた桶。よく見ると、その下には板の切れ端が敷き込まれてあった。

 この板にメガネが大体の感じで理論を練った、塩を結晶化させるためだけの雑な魔法術式が描かれていたのだ。だから、結晶にはなっている。ちょっと限度を知らないだけで。

 一応日干しされているキューブ状の存在感ある塩の結晶を前にして、私はふと気になって原点に立ち戻って問う。

「この塩さあ、おいしいの?」

「あ、そこ気にするんだ。いや、どうかな。結晶化の効率がよ過ぎる感じするから、あんまりおいしくはないかも。固まる速度が速いから、結晶構造が単純になっちゃってるって言うかさ」

「なにが?」

「えっとね、塩ってね、まず成分が大事ではあるんだけど。それだけじゃなくてね、結晶のできる速度によって構造が変わって味とかうまみの感じかたとかが違ってくるらしいのね。だからね、その辺が違ってくるとやっぱり使いかたも変わってくるから、安い塩と岩塩とではやっぱり……あっ」

 なにやら塩の結晶構造と味についてのお話で興に乗ってきたメガネではあったが、ある時点でその弁舌が急速に勢いを失った。

「なるほど?」

「リコ、解らないなら解らない。興味ないなら興味ないって言っていいのよ……」

 妙にキリッとした顔で解ったフリをしている私の、気持ちと理解が全然追い付いてないと悟ったからのようだった。

 よくぞ気付いた。気付いただけでも大したもんですよ、このコミュ障め。

「えーと……だからね、その辺の安い塩と高級岩塩の味が何か違うのは、成分だけの話じゃなくて結晶も違うって事」

「じゃあこれは安い塩?」

 ちょっとした箱ほどもある立方体の塩を指さして問うと、まあねえ、食べてないから解んないけど。と、たもっちゃんはあんまり期待してない様子で答えた。

「じゃあさじゃあさ、たもっちゃんの得意な大体の感じの魔法陣とかでさ、成分調整して岩塩みたいな結晶になるようにコントロールできたらジェネリック岩塩作れるってこと?」

 私がそう問うたのは、なんとなく思い付いただけでしかない、あくまで可能性への純粋な興味からのことだった。

 しかしメガネはまるで虚をつかれたように、一瞬きょとんとした顔をして、それから感心したみたいに言った。

「……一周回って馬鹿みたいだけど天才か」

 もっとほめてくれていいのよ。前半がすごい余計だけども。


 たもっちゃんはそれから、海水をいい感じの塩の結晶にするためだけの魔法陣を本格的に練った。

 基本ガン見のスキルでのカンニングなのだが、なんかそれっぽく根を詰めてがんばる姿勢だけは見せていた。

 私はそんなメガネをぬるま湯のように応援し、折りを見てお茶を出すなどの世話を焼く。知ってるか。海水から塩を作る時に出る液体を、世間じゃにがりって言うんだぜ。

 私はな、湯豆腐が食べたいんだよ。

 この各種の塩の各魔法陣を最適化する作業には数日掛かることになるのだが、その途中。

 夜遅く子供たちが寝静まったあと、大人たちだけで広間に集まりそれにしても塩ってマジ大変だなとグチと言う名の特に実りのない話し合いをしていると、孤児院の中では年長の少年、エルンとハインがやってきた。

「あのさ、ハインから話があんだけど」

 今いいか? と問うのはガキ大将のエルンで、大人しいハインはその後ろに半分隠れるように立っていた。

 二人はどこか神妙で、一度寝て目が覚めたって様子でもない。その話をするために、ほかの子たちが眠るのを待っていたのだろうか。

 ユーディットがイスの上から二人に向けて、「どうしました?」と問い掛けてうながす。

 エルンが背後に目を向けて、視線を受けたハインが小さくうなずき口を開いた。

「……うん、あのね。塩の組合があとからいろいろ言ってるって聞いて、ちょっとさぐり入れてみたんだけど」

「待って」

 この前置きで、即座につまずいたのは私だ。

「リコ、気持ちは解る。解るけど話進まない」

 いやだってお前。子供が探り入れるってなんや。なあ。探りて。

 動揺する私をメガネがまあまあと抑え、その間にテオが構わず話せと二人を部屋の中へ呼ぶ。

 それからハインの話を聞いて、解ったことはどうやら彼は塩組合の動向に違和感を感じて独自に調べていたらしいと言うことだ。なにやってんだ。

「塩組合で反対してるのは小さめの塩工房が何軒かなんだけど、中にはお金もらって反対してるところもあるみたい。でね、どっからお金出てるかしらべてみたら、漁業組合の船主さんだった」

「ハインさあ……その調査能力ホントなんなの?」

 子供の秘める可能性を垣間見てしまった。

 軍の諜報部でぶいぶい言ってたヴァルター卿にでも預けたら、はちゃめちゃに才能を伸ばされてしまいそうな感じさえする。

 でも、あれでしょ? 危ないんでしょ? そう言うお仕事って。

「誰かがやらなくてはいけない仕事なのかも知れないができればうちの子には平凡でありふれた幸せの中で生きて欲しい」

「あ、大丈夫だから。この独り言は放っといていいやつだから。続けて」

 数々のフィクション作品で壮絶に苦労するスパイ系主人公たちを思い出し苦悩する私を、どうせ大したことは考えてないと見抜いたメガネが切り捨てる。

 そして仮想苦悩で忙しい私以外の大人と子供が話しているのを聞いてると、我々の塩作りに反対の声を上げるのは塩作りを止めさせることそのものが目的ではなかったらしい。

 まず塩作りに強硬に反対しておいて、それを容認してやる代わりにあるものを出せと要求する算段だったようだ。

「えっ……何が欲しいんだろ。カニかな……」

 多分違うのは解っているが、クレブリと言うとほかになにも思い付かないと。

 たもっちゃんはムダに悩んだが、ハインはこの答えも持っていた。

「庭の魔道具だよ。塩工房はこい塩水を作るのにほしくて、漁業組合は真水を作るのに船にのせたいんだって」

「あー」

 あれねー。と、一斉に納得の声が出る。

※塩についての説明が必ずしも正しいとは限りません。

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