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297 カレー三昧

 マットレスについては保留だが、子供の大部屋、職員の個室、来客のない客室と、我々が泊まる時に勝手に使う広めの部屋にどかどかと。やっと無事にベッドを収めた。

 長かった。孤児院へのベッドの導入が叫ばれてから、ムダに時間をすごしてしまった。

 その負い目を見逃さなかった子供らに甘いものを巻き上げられるなどしていると、塩組合に出掛けていた男子たちが戻った。

 組合の人を紹介してくれると言って、一緒に出掛けたはずのおじいちゃんはいない。帰り道、孤児院の近所にあるらしい自宅へ送り届けてきたそうだ。

「いや、それがさ。ねぇちょっと聞いてよ」

 帰ってくるなりそう言って、たもっちゃんは塩組合で渡されたらしい書類のような紙束を広間のテーブルに放り投げて言う。

「あの人さー、若いの紹介してくれるっつってたじゃない? そしたらさ、組合事務所の中にいた一番年上くらいのなかなかのおっさん紹介されてさぁ。あれだね、年寄りの言う若いのってあんま信用しちゃいけないね」

「ねえメガネ。結構大事な話をしに行って、帰ってくるなり一番に出す話題がそれなの?」

 もっとこう、あるだろ。

 塩のこととか、塩のこととか、塩のこととかさ。

 どうなったのか一番に話すべきことが。

「メガネほんまそう言うとこやぞ」

「だってびっくりしたんだもん。もっと若いのが出てくると思ったんだもん」

 ムダに争いを始めそうになった私と、かわいい口調を奇跡的なほどのかわいくなさでくり出すメガネの間に入り、「おい、やめろ」と止めるのはテオだ。

「確かに驚きはしたが……。だが、お陰で話だけは聞いてもらえた。上と組合員に話を通してからでなければ確実には言えないそうだが、商業目的ではない事と確実にシュピレンへ納入する事が証明できさえすれば組合として口出しはしないだろう、と」

「それ、やんわり切り捨てられてない?」

 目的が商売でないことと納入先を証明するのが多分一番めんどいし、どうやって証明するのかと言う問題もある。と思ったら、たもっちゃんが持ち帰ったのはそのための手続きや申請に必要な書類の束だった。

「これが作った塩売りませんって誓約書でー、これが作る塩の量の申請書。あと、運ぶ途中で横流ししたりしないように監視に塩組合から人出すつって、その人の日当もこっちが持ちますって契約書類。あとね、ちゃんとシュピレンに納入しても、シュピレンからブルーメに逆輸入されると結局は組合に損害が出るから、それを禁じる契約をシュピレンと結ぶのは最低条件だからって、それも」

「ダイレクトにしんどい」

 よく解らん書類がとにかくいっぱい。

 それだけで、書類仕事は最初からあんまり手伝うつもりのなかった私も思わず真顔だ。

「おれがやる……おれがやるから……」

 塩が大量に必要なのは、主にテオの事情によってだ。その辺に負い目を感じているらしく、弱々しく言うイケメンがテーブルに散らばる書類をのろのろと集める。

 その様があまりにかわいそうなので、たもっちゃんと私はほとんど同時に両側からぎゅっとテオにより添った。そして。

「あと払いでいいからお賃金出してくれたら気持ちよく全力で手伝ってもいいのよ」

「今度エルフの里とかに行った時、何も聞かずに俺に協力してくれるんだったら全然手を貸すのは構わないのよ」

 などとささやいた。ロクでもないのは二人共だが、お賃金はともかく、たもっちゃんは野放しにしてはいけないと思う。


 なにも聞かずに手を貸せってだけでもあかん感じなのに、さらにエルフの里って限定されるとぐっと犯罪臭が増す気がするのは私の心が汚れ切っているからだろうか。

 いや、仮に私の心が汚れていても、言い出したメガネほどではないはずだ。

 そんなことを悩ましく考え、開けて翌日。

 猛烈な勢いで夜なべして、朝までにテオが仕上げた提出書類を塩組合に預けてからの返事待ちの時間を使い、我々はみんなでピクニックに出掛けた。

 正確に言うと、孤児院の子供らと一人増えたおっさんのぶんのベッドマットレスを作るため、大量のツタが生えている場所まで使える人手を全部連れてのお出掛けである。

「ツタを煮るのは私に任せろ! ほかのことはなにも手伝えないからな!」

「かまどの火加減もできねえくせに堂々としてんじゃねえよババア」

 うむ。相変わらず口汚いのは気になるが、子供のツッコミが的確すぎて返す言葉が出てこない。

 仕方がないのでとりあえず、かまどに載せた金ちゃんサイズの魔女鍋の横でムダにキリッと腕組みの上でいばっておいた。

 クレブリの街を少し離れた草深い森。

 ツタの生えた斜面の近くで地面に作ったかまどの様子を見ながらに、ごもっともと言うほかにない痛い所を突いてくるのはエルンだ。

 クレブリの孤児院の中では年かさの、十歳くらいでリーダー格の少年である。

 子供に火の番をさせるのはどうかと思わなくはないのだが、薪をくべて火を燃やすことに関しては多分私より頼りになるから……。

 そのほかの子供らはテオやもう一人のおっさんやエルフやヤギ的なグリゼルディスが危険がないか目を配る中、斜面に生えたツタをずるずる引きはがそうとしていた。子供らがやいやい騒ぐ姿には、なんとなく小学校か幼稚園のイモ掘り大会を思い出す。身内に児童がいないので、大体のイメージで言ってるが。

 レイニーはその斜面の手前、こちらのかまどと少し離れた地面の上に、メガネの指定通りにツタをベッドマットのサイズと形に加工するための枠組みを土の魔法で作った。そしてすでに休憩に入り、復帰する意志を一ミリも見せない。

 そのレイニーの作った枠組みに、この底に乾燥の魔法術式書いたら乾燥用の板いらなくない? と言う新しい気付きではっとしたメガネが、ごりごりと削るようにして魔法陣のようなものを書いている。

 私はそれを、水がたっぷり入れられた魔女鍋のそばでぼーっと見ているだけの係だ。

 本来ならツタをむしる集団の中には私も組み込まれていてしかるべきだが、火に掛けられた鍋の中身はじわじわとお湯に変わろうとしている。

 お湯は危ない。大量の熱湯はもっと危ない。

 たもっちゃんが魔法で作った土のかまどは大きく丸っこい魔女鍋を載せてもかなり安定していたが、私もまあまあの大人として一応、お湯と火のそばを離れないように心掛けているのだ。

 なにかあった時には、こう。なにかをどうにかして子供にヤケドなどはさせないように、こう。なんとかしたい。

 あんまり役に立たないような、けれども決死の覚悟を持って、かまどとお湯とエルンのそばに張り付く私。

 そんな私を、差し当たって守るべき一番手近にいる子供。エルンはひたすらウザがった。

 なぜだろう。

 ほかの大人は忙しそうだし、ここは私がなにか話題を探さねばと思い、ねー、最近どう? 好きな子とかできた? とか聞いたのが、もしかしたら逆効果だったのかも知れない。

 自我の目覚めた男の子って難しい。それか、ただただ私が悪いだけって気もする。


 エルンにウザがられ、エルンと仲がよく同じ年頃の少年ハインにまあまああいつも悪気はないんでと大人みたいな気休めを言われつつ作業は進む。

 万が一子供がアクシデントに見舞われた時には私が劇的に助けなければと身構えていたが、結局そんな機会はなかった。よかった。

 ケガもなく、アクシデントも特になく、お昼になると一回綺麗にした魔女鍋でメガネが大量のカレーを作り、どやあ、と出したら子供らに大不評だった悲しい出来事があったくらいのものである。

 たもっちゃんはのちに、ものすごく落ち込んだ様子で語った。

「子供は皆カレー大好きって固定観念があった。屋外であり、キャンプっぽいと言う狙いもあった。まさかあんなにドン引きされるとは思わなかった」

「なんで口調が供述方式……」

 私にも子供とカレーのふわっとした固定観念はあったので、掛ける言葉も見付からずどうでもいいコメントをしてしまう。

 大森林のドラゴンさんの住居下、たもっちゃんが主に育てた調味料ダンジョンで出したカレールー。それも甘口を使ったそうだが、子供らはびっくりするほど手を着けなかった。

 なにがそんなに合わないのかと子供にていねいに聞き取って行くと、シンプルに「くさい」と返された。どうも、食べ慣れてないスパイスのにおいが鼻に残ってダメらしい。

 手持ちの鍋と言う鍋に大量の不評カレーを移し替え、再度綺麗にした魔女鍋でシチューを作るとそちらの食い付きはかなりよかった。

 やはり、スパイスが慣れなかったのだろう。食べられる物なら基本食い付く子供らが、あんなに拒絶するとは相当である。

「これから俺達、しばらくカレー三昧よ……」

「たもっちゃん、気をしっかり。あと私もそんなカレー好きじゃない」

「突然の裏切り」

 たもっちゃんはショックを受けた状態ながら、ついでに食の好みを告げた私の裏切りを反射的に責める程度の冷静さは見せた。

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