295 守るべきもの
話を大体でまとめると、ここに悪い奴なんていなかったのだ。
すでに金の玉になり、天界に回収された悪魔を除いては。あれ、なんで金の玉だったんだろうなと疑問ではあるが。
それに、よく考えたら遅すぎるくらいでもあった。
公爵家の騎士たちが、ツィリルに会うのはなにもこれが初めてではないのだ。
あの件で魔獣に腹をやられた騎士はまた別の話だが、それ以外。例えばヴァルター卿に同行しシュピレンを訪れていた騎士たちは戻る途中でピラミッドを訪れて、すでに顔を合わせる機会があった。
しかし、あの時は特に騒ぎにはならずに済んでいる。
これにはどうも、魔族の男を茨のスキルから解放し二人の姪たちとうまいこと対面させるため我々が手際悪くわちゃわちゃしていた間に噂が先に駆け巡り、とりあえず様子を見ようと申し合わせていたことがあるらしい。
ありがとう、気遣い。
ありがとう、騎士の社会性。
あと多分、ローバスト伯爵夫妻やヴァルター卿が、騎士たちをうまく抑えてくれていた。
今回公爵の護衛に選ばれた騎士たちも、どうやら魔族もおとなしく人族と和平を結ぶつもりであると伝え聞き、過去は水に流そうと決めてこの場を訪れていたそうだ。
ただ魔族に記憶がなくて、一年前の襲撃事件を知りもしないと伝わってなかったと言うだけで。
「あの時はね、ほら! ツィリルも正気じゃなかったって言うか! 本人がやりたくて襲撃したんじゃないの! 操られてた的な! ねっ! だから、ねっ!」
「うん。それに、説明が行き届かなかった私にも責任がある。アーダルベルト公爵家の当主として、事情は承知しているし、あの件に関しては責は問わないと決めている。うちの者とて、これに異を唱えるつもりはないはずだ。そうだろう?」
みたいな感じでわあわあと、たもっちゃんと公爵が自らのツノを折ろうとしているツィリルとそれを止めている一回腹に穴の開いた騎士を見比べるように言い含め、また周りで一緒に止めている奴らから「いいからとりあえずうなずけ」と口々に圧を掛けられて二人はこくこくと赤べこのように頭を振る。
こうして不幸な行き違いによる、第二回ツィリルのツノ折り危機はどうにか去った。
本当によかった。被害と言えば、レイニーの株がむやみに下がっただけである。
ことあるごとにツノを折り詫びようとするのは魔族あるあるかなんかなのか知らないが、逆に気を使うので勘弁して欲しい。
また、公爵とヴァルター卿が巧みな話術と圧力強めにごまかしてなぜか公爵家が一夜にしてぼこぼこになってた謎の事件として処理されていた例の一件が本人の意志ではないながら魔族の仕業と判明した訳だが、これはなんか、なんとかなった。
今回幸いだったのは、契約魔法を行使するため連れてこられた魔法使いがことなかれ主義で、王城から派遣された立ち合いの騎士にはテオのお兄さんたちが選ばれていたことだ。
ピラミッドやメガネのドアの便利さを広めないための配慮だが、公爵家の騎士たちと違い、彼らは公爵家襲撃事件の真相をここで聞いて初めて知った。だが、問題はない。
魔法使いは公爵の圧力で黙り、テオのお兄さんであるアレクサンドルは弟の身柄がこちらにあることで、その部下の隠れ甘党たちは甘いもので口封じが可能なのである。
人選の妙。
どこまで想定していたかは知らないが、王城がいい仕事をしてくれた。
ちなみにお兄さんの弱み扱いしてしまったテオは、実家から逃げ出した身でお兄さんやその部下たちと同じ空間にいるのは絶対に嫌だと執事の子供と仲よくなったじゅげむや金ちゃんのお守りを買って出て、王都の公爵家でどこかに隠れているはずだ。
段々と、しっかり者で常識人のはずだったテオのことが解らなくなりつつある自分がいる。
「あっ、そうだ」
ツィリルのツノを無事守り、今度こそ帰ろうとするタイミングで思い出す。
「あのさ、これ。つまらないものですが。今回は平和協定ご成約おめでとうございます」
「リコ、何か違うと思う」
セリフとノリが。
たもっちゃんが高い商品を売り付けたセールスマンかと訳の解らないことを言い、レイニーとアーダルベルト公爵がそれに同調するように無言で首を横に振る。グッドルッキング共までが全否定。
テオのお兄さんであるアレクサンドルや騎士たちなどが変な顔で見守る中で、私が三人の魔族らに差し出したのは高級焼き菓子の入った大きめの箱と、小さな三つの箱だった。
「あのね、この箱はね、お菓子。みんなで食べて。でね、こっちの小さいほうは、ガラス――じゃなくて、ファンゲンランケの小物。綺麗だから、記念って言うか。お祝い的な」
大きい箱ごとツィリルに持たせ、小さな箱を二つ、それぞれルツィアとルツィエに渡す。
双子の少女は手にした小箱をおずおずと、掛かったリボンをほどくのでさえもったいないと言うように大切に開いた。
中にはきらきらと光を含み、または反射して輝くガラス細工の人形。
正しくは、ガラスではなくファンゲンランケの素材の小物だ。
マダム・フレイヤから小物を贈られテンションの上がり切った私は、なぜかそう言うことにムダに詳しい公爵さんに場所を聞き、はあはあしながらなけなしの勇気とコミュ力を振りしぼりきらきらしい宝飾店に足を踏み入れていたのだ。
そこで知った最大の事実は、私が普通にガラス細工だと思っていたものはガラス細工ではなかったことだ。
そうりゃそうだ。
この異世界のガラス的なものは大体、ファンゲンランケの木から取れる素材を加工したものだった。小物はファンゲンランケの小物だし、窓はファンゲンランケの窓と言う。今さらの気付き。
勢いだけで入ったはいいが、王都の一等地に居を構えどこもかしこも光り輝くファンゲンランケ製品の店はなにも買わずに出て行ってはいけないような雰囲気があった。
めっちゃ恐かった。店員さんは優しかったので、私が勝手に恐がってただけだが。
そうしてちょっとした恐怖心に見舞われながら店内を見て回っていると、アンモナイトのような巻きツノを持つなんらかの動物をかたどった、親指サイズの小物があった。
それを、なんかツィリルたちに似てるし、ズットモ記念にもいいかも知れないとがんばって購入しておいたのだ。
危ないところだった。この小さな人形と出会わなければ、永遠にお店から出られなかったかも知れない。危機一髪だった。
同じく巻きツノ動物をモチーフにもっと大きくゴージャスな商品もあったが、最近ロクに草をむしってない身ではちょっと値段が恐くて手が出ない。
「ごめんよお。小さいので、ごめんよお」
「かっ、かわいいです」
「かわいいです」
完全に言わせた気がするが、魔族の双子はうれしいとほのかに笑って受け取ってくれた。
ツィリルのぶんも同じものを渡したのだが、三つあると家族のようだとちょっと泣いててさすがに引いた。守るべきものを持った中年の涙腺が脆弱。
魔族と人族の平和協定。――そう言ってしまうには魔族が三人の親族だけで、人族もブルーメの国だけではある。
だが、とにかく互いに納得の上で、隣人として平穏にすごすための約束は交わされた。
そして、幼い頃から奴隷として生きてきたまだ若い二人の少女。
彼女らはこの約束によって初めて、魔道具の首輪から自由になった。そのことを思うと。赤の他人の涙腺もまあまあ弱くゆるんでしまいそうである。
双子のどっちがどっちか言い当てただけでなぜかデレてもらえると言う変な信仰を持ったメガネが「ん~、こっちがルツィア! こっちがルツィエ!」とびしりと指さし当てようとすると、若干の残像が見えそうなレベルでシュタタタと立ち位置を入れ替わり絶対に当てさせないと言う強い姿勢を見せる魔族の双子にはこれからも自由に力強く生きて欲しいし、彼女らがメガネにデレる瞬間は恐らく未来永劫にこない。
そうこうし、なにかあったら絶対にすぐ知らせるようにと初日の注意をもう一度念入りにくり返すアーダルベルト公爵と公爵家の人々に別れを告げて、我々は海のある街へと移動した。
クレブリである。
「もう暫く王都には帰りたくない」
ざぶざぶと岩場に波打ち砕ける海を見ながらに、苦み走った顔で言うのはテオだった。
泳げないと言うだけの理由で水辺が嫌いなはずの彼ではあるが、王都にはない海を見て、やっと兄や実家の影響下から逃れたと実感できたようだった。今回の実家への帰省では、一体どんな精神攻撃を受けたのだろう。
どこまでもひとごとゆえに、ちょっとわくわくしてしまう人でなしの心。
我々がこののち軽いむくいを受けたのは、そう言うとこやぞと思わなくもない。




