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294 平和協定の誓約

 長かった。

 魔族の叔父をアイテムボックスに収納したままで忘れてる期間が長すぎただけって気もするが、それにしても長かった。

 色々な保護者たちの尽力により、魔族らはこの大陸の人族と平和協定の誓約を交わした。

 これで彼らはようやっと、人族の隣人として認められたことになる。

「ただし、これはブルーメだけの判断だから、ほかの国には行かない様に。砂漠からも出ない方が良いだろうね。勝手な都合を押し付ける様で悪いけど、安全の為に」

 契約魔法が結ばれたあとで、最後にそう告げたのは見届けに同席していたアーダルベルト公爵だった。

 この人が王都から出るのを初めて見たが、その方法はメガネの便利なドアである。

 王都と砂漠はかなりの遠隔地でありながら、ちょっと部屋を移動したくらいの感覚だ。改めて、あのドアは本当に理屈がでたらめ。

 とは言え、王都どころかお屋敷からもあんまり出ない公爵が、こうして砂漠までおもむいたのには訳がある。

 砂漠へ一回はきてみたかったとか、たもっちゃんが張り切って作ったピラミッドが見たいとか。

 そう言うやつもなくはないけど別にして、ブルーメ側の都合よく理不尽な条件を押し付けてしまわないよう、慎重に。細かく。しっかりと、契約の締結を見届けるためらしい。

「魔族が和平を約束し契約魔法を結ぶのは、誠意の表れだと説明はしたんだけどね。まぁ、魔族とは付き合いがないし、強過ぎると話には聞くしね。恐がる者もいるんだよ。それに、従順と見れば利用できると考える者もね」

 公爵は優しく笑んでそう言って、契約魔法を結ぶため連れてこられた魔法使いから取り上げた、魔獣の皮に書かれた書類をくるくると巻いた。

 その内心のいら立ちが、きつくぎゅっと筒状に巻かれた書類の扱いに現れている。

 その書類はどうやら、人族に従順な魔族がいるなら都合よく利用すればいいじゃない? と、一部ではあるが寝ぼけたことを考えた貴族が魔法使いに勝手に持たせた契約条件についての紙らしい。

 当然のように内容は、かなり一方的で理不尽なものだ。

 魔法使いも断れよと思うが、奴は秘密保持の観点からことなかれ主義が買われてこのお仕事に駆り出された人材である。押し付けられたら断れないタイプに違いない。

 だからこそ、こんなこともあろうかと公爵さんが自らわざわざ見届けにきてくれていたようだ。

「大丈夫、これを持たせた貴族は特定したから。ちゃんと話して解って頂くよ」

 そんな、味方としてはとても安心感のある、敵に回すと骨の髄までどうにかされそうなお言葉を。

 淡紅の瞳をどこか酷薄にほほ笑ませ、公爵は取り上げ丸めた書類の筒で手の平をぽーんぽーんと打ちながらに言った。つよい。

「どうして……」

 ――と。

 その力強い公爵の庇護に、訳が解らないとばかりに困り果てた顔をするのは魔族の男。ツィリルだ。

 魔族は魔族のほかのどんな種族とも相容れぬもの。

 それを人族の、それも高い地位にいる貴族が、力を尽くすようにしてかばう理由が解らない。

 疑念まじりに戸惑う魔族に、公爵もまたほほ笑みを少し困らせて答える。

「どうしてと言っても、感謝すべきなのはこちらだからね。この大陸で君達の身にあった事を思えば……憎しみを飲み、友好を築こうとしてくれた事に謝意を示して然るべきだよ」

 魔族と敵対することに比べたらこんなのはなんでもないと語る公爵に対し、ツィリルが大げさな渋面を作って「それを言ったら!」とわめいた。

「魔族をたやすく捕えた上にどんな理屈か抵抗もさせず眠らせて、しかもこんな巨大な建造物を遊び半分で作るような得体の知れない人族がいるのだ。そんなのと敵対するくらいなら、こちらとて手を結ぶ道を喜んで選ぶ」

「なるほど。では、お互い様かな」

「そうらしい」

 どうにも複雑そうな顔をしてなぜかちらりとこちらを見てから、公爵とツィリルは握手を交わした。

 なぜこっちを一瞬見たかさっぱり解らないのだが、なんか納得したみたいなのでよかったと思う。なぜなのか、さっぱり納得は行かないのだが。

 せっかくだからその巨大建築とやらを外から見たいと公爵が言い出し、たもっちゃん自慢のボロ船でピラミッド周回クルーズに出たり、その時にピラミッドが大中小と三つに増えていることが判明したりした。

「あのね、あれね、一番小さいのはね、ピラミッドに見えるけど本当は土台と枠組みだけでね、視覚をごまかす魔法で三角形に見せてんの! それでね、家庭菜園にする予定!」

 なお、毎日の水やりはツィリル、ルツィア、ルツィエが引き受けてくれるとのことだ。

 その家庭菜園の植物はどっから持ってくるのかなと思ったら、特には持ってこないと返事があった。

「砂漠って、砂しかない様に見えて砂の中に植物の種がいっぱい混ざってるんだって。テキトーに水やったら何か生えてくるって言うから、俺、めっちゃ楽しみにしてる」

 たもっちゃんもついに、草のポテンシャルに気付いてしまったか……。

 そんな気持ちでうなずきながら、周回する船上でもう一つ気になっていたことを問う。

「じゃあさ、真ん中のピラミッドは?」

「あれは正直ノリだけで作った」

 思った以上にどうでもいい理由と返事だが、解るよ。

 どうせなら、三大ピラミッド作りたいよな。


 ピラミッドクルーズは小一時間ほどで終了し、久々の小旅行を楽しみ満足した公爵は王都へと帰る。

 帰ると言うか我々も一緒に戻るはずなのだが、その前に。

 黒い目隠しの障壁とムダにびかびか光る魔法陣に守られた、スキルで開いたドアの前に集まって一旦の別れを告げる我々にツィリルが静かに進み出た。

 そしておもむろに、腹を切って詫びるかのようなテンションで自分のツノを折ろうとして見せた。

 なぜなのか。

 公爵や騎士をまじえてみんなで慌てて必死で止めたが、なんか、こう言うの前にもあった気がする。

 しかも今回は姪たちも止めず、むしろ手伝っていた感じさえした。

 どうしたのかと思って問うと、どうやら一年前にアーダルベルト公爵の屋敷を襲撃しボコボコに破壊したのが自分であるとツィリルが知ってしまったようだった。

「なんでや。あんた記憶ないんやないんかい」

「リコ、訳が解らない時にどうして雑な関西弁になるの?」

 たもっちゃんの空気を読まない問い掛けに一瞬ちょっと考えてみたが、私にも解らん。そして今、そのことは別に重要ではない。

 ツィリルは公爵家の屋敷を襲撃した当時、悪魔的なものの支配下にあった。それがあの襲撃で我々とぶつかり茨に巻かれ、レイニーの上司さんがツィリルの体についていた悪魔を回収してやっと支配が解けたのだ。そしてその間の記憶は、本人にも残ってはいない。

 しかも最近になって茨のスキルをほどくまで、彼は眠り姫状態だった。彼の人生からはトータルで、二年近くが消えてしまっている計算だ。ごめんな、途中で忘れてて。

 ともかく、つまり。

 その辺は元々の記憶がないはずだから、自力で思い出せるはずがない。そして記憶もない上に、厳密にはツィリルのせいとも言いがたいので我々も特には言及しなかった。

 それがなんでバレたのかなと思ったら、リークしたのは騎士だった。

「済まない! 俺が口を滑らせたんだ!」

 ツノを折って詫びると思い詰めたツィリルをわあわあ言って止めながら、半泣きのような表情で白状したのは公爵家の騎士。

 契約魔法を見届けるため、足を運んだアーダルベルト公爵を護衛していた内の一人だ。

 だが、それがどうして。と、一瞬思い、しかし考えてみればなくはないと思い出す。

 ツィリルが屋敷を襲撃した夜、公爵家の騎士たちも主を守り戦っていた。

 だからツィリルのしたことを知ってるし、ケガを負った者もいる。忘れられるものでもないだろう。

 また、この場で全て見ていながらに特になにもせず本当に見ていただけのレイニーによると、この騎士も悪気はなかったようだ。

「本人に記憶がないとは考えていなかった様です。あの時は腹に穴が開いて参ったが、これからは隣人として友の様に過ごせる事を願う、と。そう告げたのが切欠でした」

 それで、どう言うことかとおどろくツィリルが問い返し、あの襲撃の夜の話になった。

 て言うかあいつ、あの時魔獣にやられてた騎士か。めっちゃ元気じゃん。

「て言うかね、レイニー。そこまで全部見てたならこうなる前に止めてくれてもいいのよ」

「まぁ。どうしてわたくしが?」

 どこまでも我関せずのこの感じ。

 天使が慈悲深いみたいな誤解、ホントなんなんだろうなと逆にしみじみ感心している。

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