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291 人生の真理

 危ないところだった。

 また誰か忘れちゃってたのかと思った。

「まぁ、だからね。マロリー男爵の三男は報復の為に君達を探している筈なんだ。気を付けなさい」

 ある種の安心に私がほっとしていると、公爵はそう言ってまあまあ雑に話を終わらせた。

 最後のほうで「国際問題は困るし、こちらで処理した方が早い事もある。これからは、何かあったらとにかくすぐに知らせる様に」と普通に念を押されはしたが、それだけだ。

 多分だがシュピレンみやげだけでなく、家令のおじいちゃん用の体にいいお茶とメイドさんなどの希望者のための保湿ジェルを積んだのが効いたのだと思う。

 持っててよかった、お中元と言う名の賄賂。


 そもそも、ローバストはこれらの情報をなぜ我々ではなくまず公爵へ報告したのかと。

 そう思わなくもない。

 手紙でヴァルター卿に託したと言うことは、その老紳士と同じ日程でローバストにいた我々に直接言うこともできたのに。

 だが、これはよく考えたら当然だった。

 それに、よく考えなくても解る気はする。相手はなにしろ我々なので。

 公爵さんに言っとけば自動的に我々にも釘が刺されるが、我々に直接言うとあんま聞いてない上に公爵さんに伝えるのを忘れる可能性まである。あまりにも非合理。

 これは仕方ない。二度手間待ったなしの信用のなさに、ごめんねの気持ちと納得が深い。

 しかし保護者保護者と冗談のように言ってはきたが、最近の保護者たちがマジ保護者。

 お砂糖侯爵の動向を知るため内通者を仕立てたローバストもそうだし、そのローバストがもたらした情報の一部はすでにつかんでいたと言うアーダルベルト公爵もそうだ。

 その辺に注意を払い気にして調べてくれていたのは、完全に我々のためだろう。

 忍びねえなと思いながらにスヤアと眠り、翌朝。

 そう言えば、シュピレンで公爵のために。

 そう、公爵のために写した本があったんだと思い出し、見て見てがんばったと製本前の紙束を公爵に押し付けていたらテオがきた。

 なお、私がせっせと写した本は私の趣味でチョイスしたのでいらないやつは返してもらう予定だ。例えば、よく売れる草などについてのみ書かれたただの草の本など。

 公爵家の執事に案内されて、居間にくるなりテオは言う。

「一秒でも早く王都を出よう」

「テオ、落ち着いて」

 昨日別れたばかりでありながら完全に疲れ切っているテオを、たもっちゃんがソファに座らせ背中をさする。久々の実家で身内に囲まれ、きっと色々言われたのだろう。

 解る解ると思い掛けたが、いや、やっぱり解らないと考え直す。

 行方不明になった上、奴隷の身分を経ての帰省だ。家族にしたらツッコミどころしかないだろう。さすがにその状況は、どっちの立場にもなったことがない。

 なにも解らない無力な我々にできるのは、思ったより早く逃げてきたテオを優しいぬるま湯のようにそっと迎えることだけなのだ。

 テオの前にあるテーブルにお茶や炭水化物の食べ物をこれでもかと並べていると、居間の戸口にまだ人がいることに気付く。ノラだ。

「えっ、ノラ? どうしたの?」

 つばの広い帽子をあごヒモで首に引っ掛け背中にずらし、両手でなにか大事そうにかかえる小柄な御者を思わず二度見。

 彼女は昨日ヴァルター卿を馬車に乗せ、確かに一緒に帰ったはずだ。それがどうしているのかと思えば、両手の荷物を届けるためらしい。

「あ、あの、これ。マダムからお預かりしてきました。昨日のお礼だそうです」

 できるマダムはお中元のお返しまで早い。さすがだ。

 マダム・フレイヤが相手となると、こう言ったコミュ力ではかなうべくもない。それは私にも解るので、もう素直に受け取らせてもらった。

 変に遠慮して返そうとしても全然返せず、なんか解らんが逆に品物が増えるパターンまであるのだ。私知ってる。ローバストの村でおみやげを持たせてくれる老婦人相手に、もういいようと遠慮して見せたらジャムと野菜がどんどん増えたの。

 マダムからの贈り物は、外箱さえもリボンや花で飾られていた。

 中には光沢のあるやわらかな布で守られた、ぴかぴかと繊細で美しいガラス細工の小物。

 小鳥を模した置き物に、表面に施した幾何学のカットで光を虹のように分解する謎の玉。ガラス素材とゴールドの飾りを品よく組み合わせた美しい小瓶は香水で満たされ、ファム・ファタールみたいな魅惑的なかおりをほのかにこぼす。

 これはダメだ。絶対使わないし生きる上で必要もないが、私の中の純朴な乙女がはちゃめちゃにときめく。

「我々は死なないためだけに生きてんじゃねえんだよメガネ」

「俺何も言ってませんけど」

 人生の真理に触れてしまった私はメガネにその一端を分け与えたが、全然響いた様子はなかった。仕方ない。奴は派閥が違うのだ。エルフさえいればいいとかの勢ゆえに。

 キミもそう言うものに興味があったんだねえ。などと、意外げな公爵に言われるなどしながらガラスの小物はそっくりそのまま私がもらった。飾る場所も使う予定もないのだが、このきらきらしい箱がアイテムボックスにあるってだけで強くなれる気がするの。

 また、マダムから届いた麗しい箱はまだあった。

 中身はなにかと思ったら、そちらはそちらでまるで宝石箱めいた高級お菓子の詰め合わせだった。

 ガラス細工を見るのとはまた違った意味合いで、箱の中身をうっとり見ながら特別な時に食べようと話し合う。

 食べ物を前にしてやっと心を一つにしていると、基本おずおずとしているノラがやはりおずおずと別の荷物を出してきた。

「あ……あの、これ。返すの忘れてて……」

 そう言う両手に持っているのは、注意深く慎重にたたまれた感じの革製のマントとつば広の帽子だ。

 それはシュピレンの街やその帰り道、ものすごく日差しがきついのに麦わら調のいつもの帽子だけで乗り切ろうとするノラに、いいから持ってろと渡しておいたものだった。

 もう旅は終わったし、返却しようと言うつもりなのだろう。しかし。

「いや、持ってなさいよ。まだ夏よ。体壊すわよ」

「で、でも……」

 いいから。いいから持って行きなさい。

 そんな割と最近したような会話をもう一度して、ふと。そう言えば今年のお中元、まだノラに渡してないなと思い出す。

 さ、これも持って行くのよとついでに渡したが、それから少し経ってのことになる。公爵家の一部の騎士から文句を言われた。

 公爵家ぶんの希望者に配布した保湿ジェルをノラに横流ししようとしたら、もう持ってると断られたらしい。図らずも、またラブコメの流れを阻止してしまったようだ。

 この時点ではそうとも知らず無意識にストーリーに波乱をもたらすモブのほまれを極める私と、内気な御者のやり取りを、ほほ笑ましく見ていた公爵が助け舟を出すように問う。

「ヴァルター卿はもう王城へ?」

「い、いえ。これからお迎えに上がります」

 相手はノラだ。私が保湿ジェルやお茶をどんどん増やして渡していたら、いつの間にか困らせていたらしい。おばあちゃんの呪縛。

「そう、では急いで届け物にきてくれたんだね。ご苦労さま」

「えっと……あの、お役目……なので……」

 えらい人との会話はやはり苦手なのだろう。ノラの返事が正直すぎる。しかし公爵は鷹揚に、優しく笑んでうなずいて答えた。

「では、のち程お目に掛かりますと」

「お、お伝えします」

 どうやら今日のアーダルベルト公爵は、王城までお出掛けのようだ。

 めずらしいなと思ったら、我々に関することだった。

「魔族の事を勝手に決めてしまったからね。王には、誠実にご報告申し上げないと。まぁ、そう心配はいらないさ」

 なにしろヴァルター卿と合流の上で王に会うことになっているので。

 忙しげなノラを送り出し、身支度を整えた公爵はそんな、安心感しかない言葉と共に出掛けて行った。

 王城で今日話し合われる内容にもよるが、大体は日程と人材の調整が付き次第、契約魔法の使える者が砂漠へ送られることになるだろうとのことだ。

 ツィリル、ルツィア、ルツィエの魔族ら三人に、この大陸の人族とはズットモダヨの誓約を求めるためである。

 また、一刻も早く誓約を成立させるため、移動にはどうにかうまいことメガネのドアを使いたいらしい。王都から砂漠まで普通に行くとするとかなりの時間が掛かるのだ。

 便利なドア目的で王都に留め置かれることになりそうだったが、それはいい。我々は別に。多分、よくないのはテオである。

 このことで、実家の影から素早く逃れたいと言うだけの、あまりにもほのかなテオの希望はかなわなくなった。かわいそう。

 ムリだとは思うが、元気出してくれよな。

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