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290 親愛なる友人

 あんまり綺麗だから、天使かと思った。

 もしもあれが人間ならば、逆に自分などを人間と呼ぶべきではないのかも知れない。


 これは、アーダルベルト公爵のヴィジュアルを率直に絶賛し、自らの種族としてのアイデンティティに疑問をていしたじゅげむの言葉。その意訳である。

 子供のかわいい勘違いで済ますにはあまりにも尊く、かえって真顔になるメガネと私。

 どんなリアクションも命取りとばかりに、無表情に徹するアレクサンドルとその部下。

 ばっと勢いよく後ろを向くテオは床に黒光りする虫でも見付けたか、無表情をつらぬく自信がなかったのだろう。

 金ちゃんは相変わらず仁王立ちして微動だにしないので、もしかすると夕食をよこせと無言の要求をしているのかも知れない。

 天使に間違えられた公爵はおどろきながら「光栄だけれど」と優しく言うが、そうして少し笑んだ様子も麗しいので否定し切れていない気がする。

 間違いなく天使であるはずのレイニーなどは、本物の余裕もなにもなく「負けませんから!」と公爵に宣戦布告した。お前はなにと戦おうと言うんだ。

「レイニーはほら、ねっ? 本気出してないだけだから……」

「そうだよ。じゅげむってさ、まだレイニーの実力を知らない訳だしさ……ねっ?」

 よく考えたら最近は、レイニーはその顔面を隠匿魔法でごまかしている。これほど共にすごしていながら、じゅげむはいまだ真の天使を見たことがないのだ。

 だから仕方ない。本物を見たことがないのだ。仕方ない。ねっ? ねっ?

 と、なぜか必死にメガネと私がフォローしている時である。

 いつの間に姿を消していたのだと、居間の扉を入ってきたことで初めて気付かせる熟練の執事。

 子供用のイスとちょっといいお菓子をかかえて戻ったその人は居間のテーブルにそれらを素早く完璧にセッティングして、流れるように作った席をじゅげむへと勧めた。

 アーダルベルト公爵への賛美は、貪欲に全部拾って行くスタイルのようだ。


「悪いね、ベルホルトが」

 なんだか申し訳なさそうに、それからあきれて疲れたように。

 謝罪するのは公爵である。

 公爵の言うベルホルトとは、彼に仕える中年執事のことらしい。

 主たる公爵を絶賛するうちの子を優遇することに決めたらしい執事によって、山盛りのお菓子を与えられたじゅげむ。だが、いや、おやつより食事が先だろう。と、公爵が止めてそのままみんなで夕食となった。

 今はその食事も終わり、たもっちゃんと私は壁一面の本棚とそこに収まる厚い革の背表紙に囲まれし恐怖の説教部屋に通されていた。嘘だ。普通に公爵家の書斎だ。

 アレクサンドルや部下たちは、すでに公爵家をあとにしている。

 彼らは極めて恐縮しながら公爵との食事を終えて、せめて顔くらいは見せろとテオを実家に引っ張って行った。

 さすがに一回行方不明になっているので謝罪と挨拶には行かねばならぬと、本人もめちゃくちゃしぶしぶ従っていた。

 その一方で、レイニー、じゅげむ、金ちゃんは食堂から居間へ移ってゆっくりしている。

 そのメンバーだと一応レイニーが子守りのはずだが、公爵との戦いに負け心の傷が癒え切らぬ天使は執事のベルホルトからもらったお菓子をじゅげむから元気出してと分けてもらってどうにか自我を保っている状態だ。

 少なくとも今この瞬間は、面倒を見られているのはむしろレイニーのほうかも知れない。あと、金ちゃんはなにがなくてもとにかく分け前は持って行くのでただのいつも通りだ。

 こうしてメガネと私だけを呼び出した部屋で、公爵は大きなデスクに着いていた。

 その上に、開封済みの封筒と便箋のようなものがある。ヴァルター卿の手を経て届けられていたローバストからの手紙だ。

「今回の旅で――旅と言って良いのかな。少し変わった友人ができたそうだね」

「変わった……? えっ、誰だろ。友人? 友人って何?」

「砂漠にピラミッド建てて置いてきた魔族は友達に含まれますか?」

「そうだね。魔族も珍しいね。友人になったの?」

 進学やクラス替え、自由に集まって作る班などで、たびたび社会的に息の根の止まってきた我々にはあまりにもなじみのない言葉。

 新しい友人。

 その響きにそわそわと取り乱すメガネ。そして私。

 そんな挙動不審な我々をとりあえず優しく泳がせる公爵に、遠足帰りの子供のようになにからなにまであのねあのねと全部報告しそうになったし、別にしてもいいのだが、話の本題はそこじゃなかった。

 シュピレンからの帰り道、ズユスグロブ侯爵一派でありながらあれやこれやで内通者となったナマズの夫婦のことである。

 どうもローバストから公爵に宛てた手紙には、その辺のことが書かれていたらしい。

「あっ、友人ってそう言う」

「全然友達じゃない相手をあえて言うタイプの」

 ホントは全然仲よくないのに、仲いいみたいな言い回しするやつ。貴族めっちゃいたぶってくるじゃん。

 あと、よく考えたらまさにナマズの夫婦を取り込む時にローバスト伯爵もこの言葉を使ってたと思う。

 それ俺の知ってる友人と違うと我々は貴族のレトリックに震えたが、内通者って響きが悪すぎて仕方ない気持ちもちょっとだけ解る。内通者を作ってる時点で、響きが悪いもなんもあったもんじゃないが。

 とりあえず、公爵がテオに対して使った「友」とは全然意味が違うのだろう。

 それは一応なんとなく解るが、ぼくはもう貴族の言うことなんか信じないからみたいな気持ちがどうしても残った。不信です。

 そんな繊細な我々の気持ちは知ってか知らずかシカトした、優しくほほ笑む美しき公爵様のお話によると我々の新しく親愛なる友人はすでにローバストへと情報をもたらしていたらしい。

「特に注目するべきなのは、派閥内で高まっていた君達に対する反発をズユスグロブ侯爵自身が抑えたと言うところだろうね。しばらくは手を出さず静観するように、はっきり明言とまでは行かずとも派閥の主要なメンバー達にはそれとなく通達があったとか」

「マジすか」

 なぜなのかは解らんが、なんとなくそれすごく助かる。

 ついほっとした私に対し、しかし話を続ける公爵はそれほどの感動はないようだ。

「まぁ、ここまではこちらでも掴んでいた話ではあるんだ。シュラム荒野のダンジョンも、期待や危惧をした程は白い砂糖を出さないと解ってもきたしね。一応、それで貴族達も大半は引き下がったそうだよ」

「大半?」

 では納得しない者もいるのだと、気付いたメガネに表情を曇らせ公爵が告げる。

「うん。これは私もローバストからの手紙で知った話になるけど、ミオドラグ・フォン・マロリーが放逐されたとか」

 なるほど。

 誰だ。


 正直全然思い出せないが、公爵とメガネが二人共「あのミオドラグ」みたいな空気を出すのでとりあえず私も「なるほど、あの」みたいな顔をするなどしてみたミオドラグ・フォン・マロリーについて。

 男子たちが話すのを聞いて、少しずつ人物が見えてきた。

 ミオドラグ・フォン・マロリーは、マロリー男爵家の三男である。

 ミオドラグ・フォン・マロリーは錬金術師の肩書きを持つが、これは男爵である父親が金で買ったともっぱらの噂だ。誰が噂しているのかまでは知らない。

 そしてミオドラグ・フォン・マロリーについて我々に最も解りやすい説明をするなら、去年の夏頃にルディ=ケビンと我々が彼の研究を盗んだとして虚偽の訴えを起こしてくれた人物である。

 書斎に置かれた大きく重たげな公爵のデスクにシュピレンみやげの変な日本語Tシャツや、アラビアンレリーフが入った陶器のランプ。たもっちゃんが買わされ持て余す細かな模様が刻まれた金属製の食器のセットを積み上げながらに聞いてると、どうやらミオドラグは我々への復讐を果たすまで王都やマロリー男爵家には帰れない身になっているらしい。

 かの男爵は我々に対していちゃもんを付け、こちらの保護者の圧力に負け取り下げた。

 それだけならまだよかったのだろうが、我々と対立するはずのお砂糖侯爵自らが手を出さず静観しろと言い出したのだ。

 このことで、すでに我々と一度もめているマロリー一家は派閥の中でも立場が悪くなってしまった。そしてこの状況に腹を立てた父と兄が三男を責め、どうにかしてこいと追い出したのがミオドラグ放逐の真相のようだ。

 そしてこの話の中で、私に取って大切な事実はただ一つ。

 つまり一回も会ったことないから、覚えてなくてもセーフっぽいと言うことである。

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