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288 完璧な計略

 圧縮木材のあれこれを扱う木工所と工房の、事務所的な建物に連れて行かれたメガネ。

 きっとこれから色んな書類にサインを迫られ、新しい技術をしぼり取られるのだろう。私知ってる。事務長とかがいつもよくやる。

 ちょうどいいので支払いなどはそちらに任せ、レイニーと私は倉庫の中へもう一度入る。

 長らく倉庫のスペースを圧迫している、大量のベッドを引き取るためだ。

 ここで問題になるのがアイテムボックスを人前で使うとアレらしくてアレだが、アイテム袋でごまかすにしても数十台のベッドはちょっとかさばりすぎてアレと言うアレだ。

 ただそれは前もって予測できたことなので、たもっちゃんやレイニーと相談済みである。

 名付けて、無意味な魔法陣をびかびかさせてなんらかの魔法のように偽装の上でアイテムボックスに収納してしまえ作戦だ。

 荷物はちゃんとしまえるし、アイテムボックスの存在もバレない。完璧な計略。

 魔法に偽装したとして、大量の物資を簡単に運べると言う点で結局はアイテムボックスと変わらない。それなのに、魔法だと主張してしまえばそう言うものかと流される不思議。

 これにはどうも、なんとなくすごそうな魔法が使える人間は大体、身を守る魔法も使えると言うことが関係するらしい。

 便利に使えそうな能力がバレても、その便利さを利用せんとする悪党も簡単には手は出せない。有能すぎる魔法使いをさらう度胸も能力も、そうそう持ち合わせてないからだ。

 つまり、ただアイテムボックスが搭載されているだけの、戦闘力皆無の凡人とは元々の危険度が違うのだ。私とか。

 あと、これはそれとは関係のない話になるが、おやつで釣ったレイニーの全面協力により無事ベッドを収納し外に出て、一作目のつたのマットで休日のおっさんのようにくつろいでいた金ちゃんの隣で、ヴァルター卿が寝てるのを見た時はどうしようかと思った。

 金ちゃんが動かないので見ててもらったテオやじゅげむ、護衛と監視の騎士たちもただただ完全に戸惑っていた。

 やめろ。助けを求めるかのように一斉にこっちを見るんじゃない。私だって困惑してる。


 渡ノ月でもドアを出てないからセーフ方式でピラミッドに食事や食材を届けたり、レイニーたちやメガネの家の下宿人などのマットレスを作るためつたを乱獲しにまた山へ行ったり、ついでにむしった体によさそうな草を一回蒸して天日干しにしたり、なんとなく毎日地味に増えている気がするカゴで飼育中のヤジスにぽいぽい草をやって愛でたり、村の近くに新しくできた鍛冶屋でピザを焼く時のナポリのおっさんが持ってる棒を作ってもらったりしている内に新しい月がきた。

 ナポリ棒はピザを載せる板のような部分だけが鉄で、長い柄の部分は長い木の棒を組み合わせたものになる。これで、次のエンドレスピザがいつ開催されても安心なのだ。

 そうして、この世界では二度目の八ノ月。

 いよいよヴァルター卿やアレクサンドルとその仲間たち一行と王都にとおもむくことになるのだが、実際に王都へ向けて出発したのは八ノ月に入って数日すぎてからだった。

 どうやらローバストと王都をつなぐ転移魔法陣を使用するための日程や人員の調整で、元々少し時間が必要だったようなのだ。

 渡ノ月には居場所を選ぶ我々の、ちょっとバグった体質のために待たせて悪いなと思ってた純朴な僕らに謝って欲しい。

 まあ、それはちょっとだけ本気だが、お陰でこちらの作業もはかどったのは確かだ。

 追加のマットレスも結構作れて、下宿人だけでなく砂漠で暮らす三人の魔族に寝床を用意することもできた。よかった。

 今まで貸してたハンモック、たまにならいいがずっと寝るにはちょっときついかなと思っていたのだ。

 マットレスを載せるためのベッドは孤児院用に発注したものの横流しだが、余裕を持って注文したので三台くらいは大丈夫なはずだ。

 自前の寝具が整わない問題にようやく解決のきざしが見えたし、考えてみれば村でゆっくりすごすのもちょっと久しぶりのことだ。

 基本だらだらしながらにたまに作業したり採集に出掛けたりしていたが、そこは我々。余計なことにも手抜かりはない。

 例えば、たもっちゃんが一瞬だけ名探偵だった時こいつそんな大したことないよとバラさずおいた対価のラーメンを夜中に要求していたらレイニーや金ちゃん、金ちゃんに運ばれうとうとしながら食卓にスタンバイするじゅげむに、なぜか二階からエルフの小池さんやローバストラーメンの始祖であるレミとルムまで起きてきた、だけでなく、リビングにドアのあるリディアばあちゃんや孫たちの部屋から慎重にリンデンが出てきたと思えば当然のように参加して、翌日リンデンがクマの子供たちからどうして起こしてくれなかったのと責められるまででひとくだりとなる、悪い大人と巻き込まれた子供による悪徳の真夜中ラーメン会。

 あれは特に印象深く思い出されるし、ヒマを持て余したぐだぐだした感じが親戚の家に集まった休暇のようなおもむきでよかった。

 そして村を出る旅立ちの日には、見送りのために村の大人や子供たちが集まってくれた。

 我々の扱いがこの頃ちょっと雑なことを考えてみれば、この見送りは王都の客たちが一緒だったからって気がする。

 フーゴも木工所から村へきて、たもっちゃんの着ているTシャツを指先でつまんですりすりすりすりしながらに「この生地、量産さえできればうちの店でも……」などと、お金のにおいと名残りをおしんだ。

 彼や彼と一緒にやってきたペーガー商会の料理人は、今回は王都へは戻らずもう少しローバストに滞在するとのことだ。

 あと、意外になんにも言われないなと思っていたら、それは最後の最後に待っていた。

 ジャムや自家栽培の野菜などを持たせてくれたクマの老婦人、リディアばあちゃんが代表し、「子供を買うのはどうかと思うけどねェ、どうせならしっかり育てておやり」と、見送りがてらじゅげむの件に釘を刺す。

 ごもっとも。


 そして、王都。

 修繕がほぼ完了しつつあるアーダルベルト公爵家。

 その、いつも通り豪華に飾られた居間に、ヴァルター卿、テオのお兄さんであるアレクサンドルに、腹心の部下である隠れ甘党と、テオや我々が到着したのは夕暮れの頃だ。

 村は夜の明けきらぬ早朝に出たし、移動はドラゴンの馬車と騎士たちの馬だ。転移魔法陣のある地点へは昼すぎには着いた。

 それでも、この時間になってしまった。

 安全上の関係か転移魔法陣は王都の外にあるので、そこからも時間が掛かるのだ。

 あと、これは転移前の話になるが我々が罰則ノルマの報告と納品のためにローバストで街をうろついたのも地味に響いた気がしている。いや、でもあれはちゃんとしとかないとダメだから。仕方ないことだから。多分。

 シュピレンからの戻りの道、レイニー先生の協力で魔法のようにごまかしつつもドアのスキルは明かしていたので、そちらで帰る案もあったとのことだ。

 それなら移動に時間を取られることもなかったが、これは早々に却下されていた。行きに転移魔法陣を使って移動した集団が帰りに同じ魔法陣を使わないのは不自然で、変に耳目を集めかねないらしい。

 あと、がんばればアイテムボックスに入る馬車はともかく。ノラの連れたドラゴンは、ドラゴンとしては小型ではあっても人間用のドアがくぐれない程度には大きい。

 ドラゴンを連れ帰るため女の子一人にするのはかわいそうでしょうがと、一部の騎士から反対の声が上がったらしい。

 多分だが、ラブコメ要員のリア充がいい仕事をしたのだと思う。

 そうしてどうにか着いた王都では、真っ直ぐ公爵家へと向かった。

 アレクサンドルや部下たちは、王城に仕える騎士だ。彼らは王都を離れても戻っても王城への報告が必要になるが、それをあと回しにしても公爵家へはせ参じたことになる。

 これを私は、テオを救い出すためヴァルター卿や公爵家の騎士を投入した尽力に感謝を示すためだと思った。けど、違う。恐らくは。

 再会した時、公爵家の主は夕暮れを映すテラスの窓に向かって立って待っていた。

 その耳元で屋敷の執事がささやき掛けて我々が全員到着したと知らせると、ゆっくり振り返るその人の、したたるような蜜色の髪にランプの明かりがとろりと走る。

 どこか酷薄な淡紅の瞳が一瞥し、室内の空気が急にひやりと冷えたような気がした。

 この人は、王に連なる血を持っている。

 そのことを思い出さずにいられなかった。

 アレクサンドルの気持ちが解る。上役への挨拶程度なら、こちらを優先したくなる。

 緊張に身を硬くする我々に、冴え冴えと輝く美貌の公爵は小さく息を吐いて言う。

「不謹慎だけど、ちょっと楽しみに待っていたんだよ。困った事になったって、寝室のドアから君達がいつ飛び込んでくるかって。それが、どう? こんな時にも頼られないなんて、私は君達の何なのかな……」

「公爵さん、そう言うのどこで覚えてくるんですか」

「あれでしょ。またロマンス小説でも音読してたんでしょ」

 被害者めいて切なげな公爵。

 立場を忘れて突っ込む我々。

 とりあえず、こちらの負け感が強い。

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