表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
286/800

286 やる気を胸に

 心の宝箱にまた新しい肉球の記憶と、はにかむじゅげむの思い出がチャージされ我々はやる気に満ちていた。

 子供たちからもらったヤジスは何日か大事に飼育しようとメガネやレイニーと話し合い、大きなカゴに集めて草をやる。ただし、近い内に食べることになるとは思う。

 村の子供や子供を見守っていた大人をまじえ、村の宿屋兼酒場兼食堂で少し遅い昼食。

 たもっちゃんはピザを焼き、店主であり料理好きのクマのジョナスになんだそれはと迫られていた。

 そしてそれから我々は、むやみにあふれたやる気を胸に村の近くに作られた木工所へと乗り込んだ。

「よし、リコは採ってきたツタ全部煮て。レイニーは土魔法でさ、このサイズで枠作って。ベッドの大きさに合わせてあるから。深さはこのくらい」

「先生! レイニーがいないと鍋の火加減とか解んないです!」

「そっか。じゃ、そっちはテオが見てくれる? 俺は煮たツタを急速乾燥させる魔法術式練るから」

「お、おう……」

 きりきりと指示を出し始めるメガネ。

 静かにうなずき、魔力を練るレイニー。

 金ちゃんをそのまま煮れそうな丸っこく大きな魔女鍋を出し、堂々と一人じゃできないもんと宣言する私。

 たもっちゃんは魔女鍋のために大きなかまどを勝手に地面に魔法で作り、金ちゃんやじゅげむと付いてきて騎士たちと引き気味に見ていたテオを当然のように巻き込んだ。

 具体的には木工所の隣。我々がいるのは、できた圧縮木材や圧縮木材を使った家具を保管している倉庫の前だ。

 一度倉庫の中へと入り、そこに収められているはずの以前発注しておいたベッドのサイズを確認する必要があったので。

 木を木材に加工する木工所と木工所で作った木材で家具を作る工房は、巨大な倉庫を間にはさんで建っていた。

 木工所はなにもかも巨大で、工房は少し小ぢんまりとしている。そんな設備の違いは見られたが、倉庫の中を通って互いに行き来できるので見ようによっては一かたまりの工場とも言えるかも知れない。

 木工所は体の大きな獣族たちが中心で、工房は小柄だが手先の器用な獣族たちが主力だ。

 そのむきむきもふもふとしたおっさんたちが倉庫をはさんだ建物の中からなんだなんだと出てきたが、我々が好き勝手に暴れる姿を目の当たりにすると、改めてなんだなんだと戸惑っていた。

 風のように現れて嵐のようにその場を荒らす我々は、さながらいきなり現れた盗賊団のようなものだろう。迷惑すぎると言う意味で。

 しかしその目的は、ベッドマットレスの開発である。

 材料は、やる気、元気、山で崖から落ちた私に絡まって助け出された時に大量に付いてきたやたらと頑丈な謎のつたなどだ。

 このマットレス開発プロジェクトは、救出された私が自分にくっ付いてきたつたをムダにしたくないと訴えたことから始まった。

「これさ、なんかに使えない?」

 たもっちゃんの大体の魔法で雑に助けられた私は、山の中、崖を見下ろす格好で自分の体に絡み付くつたを引きはがしながらに問うた。

 崖の途中で私を宙吊りにしたほどなのだ。太さは二ミリ程度だが、しなやかで、強度は結構あるはずだ。

 たもっちゃんはところどころに薄くひらひらとした花を付け、わしゃわしゃと絡まるつたをガン見して答えた。

「もしかしたら、これでベッド作れるかも知んない」

 この時メガネはベッドと言ったが、正確にはベッドマットレスのことである。

 それむしろ懸案事項のやつやんけと我々は、快適な寝具の可能性を感じてその場のつたを片っ端からむしった。

 命の恩草をムダにしないを通り越し、乱獲する結果になってしまっているがこの際それはそれなのだ。

 そうして山で採集してきた大量のつたを魔女鍋に入れ、木工所の廃材を薪にして煮込む。火の番はテオだ。私がやると、ただただ火加減がバカなので。

 レイニーはメガネの指示に忠実に、地面の土を魔法でこねて四角く平たい極めて浅いプールのような枠組みを作った。これは発注済みのベッドに合わせ、マットレスのサイズになっているそうだ。

 そしてこちらの準備が大体できてきた頃に、木工所の職人たちに手伝ってもらい大きな板を運びながらにメガネが戻った。

 奴はまるで熟練の現場監督みたいな顔付きで、慎重に。しかしわしゃわしゃと。

 レイニーが地面に作った枠組みに、あつあつに煮込んだつたを入れて行く。

 見ているこちらは手の平をヤケドしてべろべろになるんじゃないかと恐ろしいような気がしたが、本人は平気そうな顔である。

 なんらかの魔法でうまく冷やして作業しているか、炊き立てのお米をおにぎりにできるおばあちゃんのように手の皮に特殊な訓練でも積んでいるのかも知れない。

 つたをぐしゃぐしゃ絡ませ無造作に、その実バランスを考え計算の上で押し込んだ四角く浅い枠組みに、先ほど運んで持ってきた大きな板をフタのようにかぶせる。

 枠組みよりも少し大きいくらいの板には、魔法術式が描かれていた。

 たもっちゃんが手をかざし、魔力を込めると手の下の辺りから魔法術式に光が広がり辺りにむわっと蒸気が上がる。急速乾燥の術式が発動したからだ。

 大体の魔法的なゴリ押しでよく煮たつたを乾燥させるのを待つ間、なにかおてつだい、とキリッとスタンバイしていたじゅげむに冷やしたお茶を次々渡して木工所と工房のおっさんたちに配ってもらう。

 我々がここで暴走作業を始めたせいで職人として働く獣族のおっさんたちがぞろぞろ外に出てきてしまい、仕事にならなくなっている。ここは一つ、休憩と言う名目でごまかして行きたい。

 夏場の水分補給にはミルクなどもいいらしいと聞くが、おっさんは牛乳を飲まない気がしてお茶である。しかしおっさんが牛乳飲まない問題に対する根拠は特になく、よく考えてみると偏見だった。

 そうこうする内に、型に収めたつたの乾燥が終わる。

 むきむきとした力自慢の獣族が大きな両手でわしっとつかみ、ずぼっと簡単そうに取り出すとわしゃわしゃに絡み合うつたのかたまりは四角く平たい固めのスポンジのようだった。

 あとで洗浄魔法掛けたらええんやの精神で、つたのマットレスは直接むき出しの地面に置かれる。

 品質管理の職人のように神妙な面持ちのメガネが、そっとつたのマットレスに体を横たえてカッと目を見開いた。

「これ、結構いいかも!」

 叫ぶメガネは上半身だけを起こして倒し、起こして倒し、壊れた人形のようにキリキリとなぜか腹筋運動の動作を見せる。

 それからばっと飛び起きて、お前もちょっと寝てみろよと私を突き飛ばす。私は思う。もっと気を使って欲しいと。

 そんな私を受け止めたのは、一度煮て、わしゃわしゃと絡み合いながらしっかり乾燥させたつたである。

 硬さと同時に弾力があり、スプリングベッドほどに弾みはしないが、床に直接寝るよりもはるかに包容力がある。

 ただ、このこってりとしていてしつこくない感じも、私には少し物足りなかった。

「たもっちゃん。台所で使うさ、スチールたわしあるじゃない?」

「うん。話が全然見えないけどどうした?」

「あれのさ、新品の上に寝てる感じする。ベッドにするならもうちょっと使い古してほぐれてて欲しい」

「リコ。マットレスの硬さの基準が頑なにスチールたわしなのは何なの?」

 いや、わしゃわしゃだから……。なんか、わしゃわしゃだからほら……。

 私がつたのマットからおりると、じゅげむとテオが一緒になってちょっとわくわくしながら寝心地を試した。

「いや、これは悪くないぞ。なぁ、ジュゲム」

「はい! びよんびよんします!」

 二人は並んで横になりながら、なぜか上半身だけを起こして倒し、起こして倒し、壊れた人形のような動作を見せていた。男がベッドの寝心地を試す時、絶対に腹筋しないといけない決まりでもあるのだろうか。

 男子らはこの弾力で満足そうだが、私はダメだ。開発者の意地もなく、筋力もなく、子供のような若さが足りないせいかも知れない。

 私が私のための改良版の開発をメガネに強要するために次のつたを煮込んでいると、周辺に集まっていた獣族の職人たちが我も我もと寝心地を試す行列を作った。

 小柄な種族も結構いるが、獣族のおっさんたちは大半がむきむきと大柄で重たげだ。図らずも耐久実験のようになったが、つたのベッドは見事に耐えた。

 これ、なんとかお金になんないかな。と、ぼんやり考えたりしつつ魔女鍋でつたを煮ていると、ふと気付く。

 つたのマットに横たわり代わる代わる腹筋運動して行くおっさんの中に、なぜかヴァルター卿がまざっていると。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ