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284 滅びの呪文

 人はなぜ、父と呼ばれる夢を見てしまうのか。

 人と言うか、村の騎士隊長であるセルジオのことだが。

 じゅげむとレイニーは親子じゃないっつってんだろとただの事実を説明してなお、なぜかじゅげむに構ってしまうおっさんの混沌。

 これは、さすがに見かねて助けに入った私によって滅びの呪文を吹き込まれたじゅげむが、「そーゆーの、おもいの」と完全に言わされた感じの棒読みで無邪気に拒絶したことにより急激な事態の収束を見せた。

 効果は抜群。

 それまではじゅげむかわいいの会にぐいぐい新参入してくるセルジオに厳しい目を向けていた古参会員、公爵家やアレクサンドルの部下である王都からきた騎士たちがこの瞬間からなぜかセルジオの側に立ち「そう言う非道をしてやるな!」とめちゃくちゃ一体感のあるブーイングを浴びせたほどである。私に。

 軽率に吹き込んだ滅びの呪文は、なにやら全方位に炸裂してしまっていたらしい。

 ちなみに言われた本人は、目を見開いて息がちょっと止まってた。

 子供になんてことを言わせるのかと、所属を超えて一丸となりやたらと騒ぐ騎士たち。

 この様に、私はなるほどねとうなずいた。

 余波を食らっただけでありながら、この取り乱しよう。身に覚えがあるとしか思えぬ。

 子供をかわいがってくれるのは心底ありがたいのだが、距離感は大事だ。これをうっかり見誤ってしまうと、愛情の空回りした大人にも振り回される子供にも不幸な話に違いない。どちらも悪くないだけに。

 生粋のコミュ障である私には言われたくないとは思うが、あまりに心配になったので念のため自重を訴え掛ける。

「覚悟しておけ。次はおとーさんのくつしたといっしょにせんたくしないで! だ」

「やめろ!」

 悲鳴のように叫んだ騎士がちょっと泣きそうに見えたので、訴えかたが特殊すぎた気はしている。


 新産業を立ち上げたことで、ヴィエル村には外からの客も増えてきたと聞く。

 そのため村の外側ではあるが、結構大きな宿泊施設がしばらく前にできたとのことだ。しかも公営。本人は領主の館で仕事に追われ今は不在のはずなのに、どこまでも事務長の顔がチラついてしまう。

 警備上と寝るスペースの問題で、ヴァルター卿とドラゴン馬車のノラ。公爵家の騎士に、テオとそのお目付け役であるアレクサンドルの部下たちはそちらの宿泊施設に泊まった。

 我々はリディアばあちゃんの管理する、メガネの家とは名ばかりの家のリビングで雑魚寝だ。もうそろそろあきらめて、我々が雑魚寝するための部屋を増設したほうがいいのかも知れない。

 リビングで雑魚寝のメンバーは、メガネ、天使、子供、トロール、そして私だ。

 今に始まったことではないのだが、我々にはあいにくとロクな寝具の持ち合わせはない。

 それで仕方なく床に直接布を敷いて寝たのだが、しかし今は夏である。普通にちょっと暑かったのだろう。

 朝目覚める頃にもなると敷き布はぐしゃぐしゃになって蹴り飛ばされて、ノーガードの人間がごろりごろりとフリーダムに広がって床板に直接転がっていると言う惨状。

 その累々としたおもむきは、食事の準備に起き出してきた老婦人のクマと、その手伝いや仕事の準備に二階から下りてきた下宿人。エレ、ルム、レミや小池さんを始めとするラーメン留学のエルフらが、これ大丈夫なやつかと心配そうになんらかの棒でつついてきたほどだった。生きてる。

「て言うかさあ、たもっちゃん」

 目が覚めて、と言うか起こされて。床に寝転がったまま、ちょっとぼーっとしてから私はとりあえずメガネに向かって文句を言った。

「増築は置いとくとしてもだよ。せめてさ、敷ぶとんかマットレスが欲しいと思う訳よ私は。健康にも限界があるんだよこっちは」

「あっ、クレブリにベッド持って行かなきゃ」

 強靭に健康でありながらなんとなく全身ガタピシしているこの状況を重く見て、朝イチでぐちった私に対し同じく床に寝っ転がった寝起きのメガネは保留にしていた懸案事項を思い出したようだった。

 保留と言うか正しくは、前に村へきた時に大量発注した直後図らずも長期の遠出をすることになりそのままの、クレブリの孤児院へ導入予定のベッドのことだ。

 寝床のない我々が、こうして床に倒れ伏し眠るはめになるのだ。ならばまだベッドを入れていない孤児院で、子供らも累々と床に寝ていると言うことだろう。

「さすがにもうできてるよねぇ。とりあえず罰則ノルマこなしたらさ、一回ベッド持ってクレブリに行こっか」

「いやでもそれもさ、たもっちゃん。やっぱマットレスとか欲しくない? 育ち盛りの睡眠って大事だと聞いたよ。それにね、私も一生育ち盛りだから。あれ、どうなってんの? スプリング」

 不可抗力の保留と言ってしまいたいところではあるが、正直完全に忘れてた。

 これはいかんみたいな気持ちでのそりのそりと起き出して、ああだこうだ言い合いながらあちらこちらに蹴り飛ばした敷き布を回収。

 端と端を二人で持ってぱたぱた適当にたたんでいると、のそのそと起きたレイニーとじゅげむが別に回収した布をやはり二人でぱたぱたとたたんだ。

 金ちゃんはそうしてお手伝いする子供を、わしが育てたと言うような顔で見守る係だ。

 そうしていると、リビングと一続きになったキッチンでいいにおいがただよい始める。

 リディアばあちゃんやレミの作った朝食がどんどん食器に分けられて、キッチンもダイニングもリビングも一緒になった空間の大きなテーブルを埋めて行く。

「ただいま!」

 と、子供の声がしたと思えば、リディアのまだ小さな二人の孫たち。姉のリアナと弟のリノだ。

 小さなクマはそれぞれ両手でかかえたカゴに、焼き立てのパンを持っていた。宿屋と食堂をかねた、そして毎朝村のパンを焼くジョナスの店まで買いに行っていたようだ。

 リビングから直接見える玄関の扉をクマの子供たちに続き、大きなクマが入ってくるのに気が付いてメガネが意外そうに言う。

「あれ? リンデンじゃん。外にいたの?」

「おォ、木工所で手が足りねェっつうからよ! 夜だけな! よォ、それよりよォ。シュピレンに行ってたらしいじゃねェか! なんで連れてってくんねェんだよ!」

「リンデン連れてくとにおいがね……」

「待てや。それ首輪だろ? 首輪がクセェんだろ? オレがクセェみたいな言い草やめろや!」

 野性味あふれるクマの姿でありながら、リンデンもそう言うことが気になる年頃なのだろう。においの話を持ち出したメガネに、かなり過敏な反応を見せた。

 しかし、リンデンに装着しっ放しの奴隷の首輪は魔道具で、賭け事禁止の行動制限が着いている。この禁則事項に抵触すると、ものすごいにおいが発生する仕組みだ。

「それってもうリンデンのにおいと言っても過言ではないと思うんだよね、俺」

「ねー、たもっちゃん。このジャムすごいおいしいよ」

「こちらもどうぞ。最近は、家の裏で野菜も作っているんです。エルフの方達にも手伝って頂いて」

「水遣り位だけどね」

「レミレミ、野菜から作ってんの? すごいねえ」

「レ……レミレミ?」

「なァー! シュピレンはもういいからよ! せめてこの首輪なんとかしてくれよ! なァー!」

「ホントだ。このジャムおいしーね」

「フラウシの花を蜂蜜で煮込んだだけだよ」

「見た目も花の香りも素敵で、わたくし、とても好きです」

「じゅげむも! じゅげむもすきです!」

「なァ……せめて相手にしてくれよ……なァ……」

 リンデンと話しながらに食卓のほうへやってきたメガネに先に食事を始めた私が老婦人のジャムに対する感動を伝え、レミが優しく笑みながら器にそそいだ野菜のスープをみんなに配る。

 エルフの中では長老的な、しかしそれでもイケちらかしたおっさんみたいな外見の小池さんが会話に入りつつ、若いエルフと子供らにスープの器を行き渡らせた。

 親しみを込めたレミレミ呼びにはなぜかルムが動揺し、たもっちゃんの隣の隣でイスに座ったリンデンが頼むよとわめく。それには構わずジャムを絶賛するメガネに、ジャムを作ったクマの老婦人、リディアばあちゃんが大したもんじゃないよとほがらかに笑った。

 ラムネ菓子のように白く小さな花がとろりとたくさんまざったジャムを塗り、焼き立てのパンにかじり付くレイニーとじゅげむはとろけそうな表情である。

 レミとルムの庇護下にある人族の少女、エレは輝かしいエルフの少女らときゃいきゃい朝食を楽しんで、誰も話を聞いてない。

 丸い耳を心持ちしょんぼりさせたリンデンの口に、その左右のイスへよじのぼった子グマの姉と弟がジャム付きのパンを押し付ける。

 実家のような安心感と騒がしさでの朝食となった。

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