表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
282/800

282 できあがり

 人はなぜ、ストレスとめんどくささが半端ない内通者になってしまうのか。

 ナマズの夫婦に関しては、ただひたすらに弱みをにぎられたせいである。

 先祖伝来の宝石は、今やローバスト伯の手の中だ。ではなぜそこにあるかと言うと、お金に困って自給自足の犯罪を雑に画策した上に当然のごとく失敗したからだ。

 なお、先祖から受け継いだ宝石を手放すのは貴族的に非常にまずいことらしい。

 だからこそ変な計画を立てるにいたっているのだが、それを言うなら大切な宝石を担保に預け、ほかの貴族から援助を受けるのもまあまあの事態だ。

 つまり今、ナマズの夫婦は先祖伝来の品である宝石の新たな所有者となったローバスト伯から、どうしよっかな~。これ、手に入れたいきさつ、秘密にしたほうがいいのかな~。とか言って、じわじわと脅迫されている状態なのである。

 いや、はっきりそう言葉に出して脅されている訳ではない。

 しかしそうできる状況は整っているし、お願いを聞いてくれないと実際そうしちゃうから。みたいな空気がむんむんに出ていた。

 ローバスト伯や、取り引きの様子をほほ笑ましく見守っていた老紳士とかから。

 貴族の体面を保つため、怪盗事件をでっち上げようとしたほどなのだ。ナマズの夫婦の気持ちとしても、今回の件が広く知られることになり貴族的に死ぬのは避けたいだろう。

 そしてその条件は、すでに提示されている。

 これで断れるメンタルは、ナマズの夫婦どちらにもなかった。

 ありがとうございます。

 めでたく内通者のできあがりです。

 これがシュピレンからの帰り道、七ノ月二十五日の夜にあったできごとである。


 ローバスト伯のシュトラウス卿の印象は、この日を境に我々の中でものすごく変化した。

「えぐい」

「解る。やり口がえぐい」

 その日わちゃわちゃとなだれ込んだ夕食や翌日の朝食などの間中、もはや自由意志の火の消えた目をして自動的にうなずく赤べこのようなナマズの夫婦を見ながらに、メガネと二人でひそひそしてしまうほどである。

 ただしこの件に関しては人を人とも思わないローバスト伯の行いも、人でなしと言い切れない部分はあった。

 その理由の一つは、ナマズ夫妻の夫のほうが末席ながらもズユスグロブ侯爵の派閥に属していたことだ。

 その事実をつかんでいたローバスト伯は向こうの動きを知るためにいい「友人」を作るチャンスだと思ったと、のちにものすごくさわやかな笑顔で語った。

 我々がお砂糖侯爵とややこしくなりがちと言うこともあり、そのせいで内通者を仕立てたのかなと言うような気がとてもする。

 そして、もう一つ。

 ナマズの夫婦が付け入られている弱みは、自分らが余計なことをやらかしたせいで発生している弱みであると言うことだ。

 つまり、どう見ても自業自得の感がある。

 夫のナマズがゾンビのように弱々しくて、なんかかわいそすぎると言うだけで。

 だから、ローバスト伯は人でなしではないのだ。そんなには。

 しかし、それでも我々の心は引いていた。ドン引きだった。

 ローバスト伯が突然しれっと披露した、全然そんなつもりのない人間をあざやかに内通者に仕立てるこの手腕。なんなの。

 こんな人とは思わなかった。

 ゴージャスすぎる奥方様のインパクトの陰で、地味にかすみがちなだけの人だと思ってた。

「いやだってほら、ローバストってほら。誇り高い騎士を育てる的な。潔癖なくらいの正義感的なさぁ」

 こんな裏技使う感じとは思わないじゃんと、なんとなく事実を飲み込めないメガネ。うなずく私。

「うん。だが、婿養子なのでね」

 ローバストの気質とは、ちょっと違うのだろうね。と、そんな我々に対して鷹揚に語るのは本人である。

 ちなみにこれはメガネと私が二人でこそこそ話していたら、ローバスト伯がなぜか普通に真後ろにいて死ぬほどびっくりしたやつだ。

 できればもっと気配を出して欲しいが、とりあえず陰で悪口言ってた我々が確実に悪いので反省はしている。

 あと、よく考えたらローバストには事務長もいたわ。

 こうして、シュピレンのことと合わせるとローバスト伯爵夫妻はちょっと消息を絶ちすぎでは問題、及び、それとは別のとある夫婦の人権についてはうやむやに、ナマズ洋館ざっくり密室盗難事件は幕を閉じた。

 ふわっと活躍を見せた名探偵的には、「湯けむり要素も欲しかった」とのことである。知らんがな。

 血縁的に全然関係ない家の先祖伝来の品を手にしたローバスト夫妻。若い者もなかなかやりおるみたいな感じでなんか満足そうな老紳士。そしてそれぞれの部下や臣下で構成された一行は、再びローバストへ出発。

 ごはんを食べたりピラミッドの内装を作りに行ったりごはんを食べたり途中で冒険者ギルドのノルマ日数のことを思い出して頭をかかえてごはんを食べたりしながら進み、夜な夜な子供を寝かしついでにレイニーが語る伴侶を得た神様がテンション上がってこの世界を作ったものの世界を育てる方向性の違いでめちゃくちゃ夫婦ゲンカして即座に離婚。今も全然仲悪いと言う破天荒エピソードから始まる、天使によるなんの布教にもならない神様の話がじわじわクセになってきた頃。

 ローバストに帰り着いたのは、七ノ月が終わり渡ノ月に入った初日のことになる。

 急いでいた行きよりはこれでもゆっくり進んだとのことだが、普通の足ならもっと長く日数が掛かる。それがこの日程で帰り着いたのは、一行がドラゴン馬車と騎士の馬の集団でごりごりと距離が稼げてしまったからだ。

 たまりにたまったお仕事が待っているらしいローバストの領主夫妻がなんとなくしょんぼりしているほかは、なかなか順調な旅だった。

 昼頃に夫妻の住まいのお城みたいな館に入り、もう解散なのかなと思ったら違った。

 前にメガネがホットケーキなどを焼き床をこがした領主の謁見室ではなくて、もうちょっとリラックスしたサロンのような場所に通されて手始めのお説教が始まったためだ。

 では本格的なお説教はいつ始まるかと言うと、多分、アーダルベルト公爵が担当することになるのだ。知ってた。

 本当は、もうちょっとお仕事サボりたくて最後の悪あがきに時間を潰しているのでは?

 うっすらそう勘ぐってしまうレベルでのんびりと、お茶を片手にソファに腰掛けローバスト伯がおっとりと言う。

「今回は、さすがに骨が折れた。お陰で妻とも旅ができたが、できればもう国外へは行かないでもらいたいものだ」

「あっ、すいません」

「誤解しては嫌よ? 大切な領民が手の届かない所で危険な目に遭うのは、わたくし達には身を裂かれるようにつらいことなの」

「あっ、はい。すいません」

 ティーカップを優雅にソーサーへ置いて、夫の隣でフォローする奥方様は今日もぴかぴかと美しい。

 実際はこのあと、ローバストはお金を稼ぐのが壊滅的に下手くそで、なのに食べ盛りの騎士がいっぱいいるからあなたたちからの税収がなくなると本当に困るの。と、率直なセリフが続くことになるのだが、えげつないことを言いながらそれでも奥方様の輝きは一切曇ることがなかった。つよい。

 そんな夫妻によるほどほどのお説教のあとで自分のターンを待ち構えていた事務長にただの文句をぷりぷりと浴びせられ、そのまま領主の館に泊められそうな空気のところを「あっ! ギルド行かなきゃ!」と脱出。

 依頼の途中で消息を絶ってしまったために帰還報告をせねばならぬと言うテオと、その監視要員の隠れ甘党、とりあえず付いてくると言う老紳士と、ローバストの街にある冒険者ギルドへと向かった。

 テオのお兄さんやその腹心のヴェルナーは領主の館でなにやら用事があるそうだ。

 ギルドでは、すっかり顔見知りの職員の女性がテオの無事を本気で泣いてよろこんでくれた。あの依頼を勧めたのは自分だからと、責任を感じていたようだ。

 それは違う。自分の実力が足りなかっただけだ。いいえ、もっとちゃんと状況を把握していれば。だからそれは。いいえ、やっぱり私が。

 などと、ものすごく頭を下げ合うテオと窓口のギルド職員。その横で粛々と罰則ノルマのしょっぱい依頼を選ぶ我々。ちょっと離れた所ではギルドのえらい人が出てきて、なぜかヴァルター卿を接待していた。

 ついでにじゅげむと金ちゃんがお菓子をもらい、レイニーもしっかりそちらに参加。うちの天使はこんな時だけ要領がいい。

 しぶしぶ選んだ罰則用の依頼をたずさえ、ヴァルター卿の使用人であるノラと、ノラのあやつるドラゴンの馬車。力強い覇者馬に乗った騎士たちにと共に、ヴィエル村へ着いたのは真夏の夕方近くのことである。

 そうして久々に戻った我々を、クマを始めとした住人と、まるで絶望したように地面に両膝を突いた人族の男が出迎えてくれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ