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28 再会は荒野

 平たく言うと、借金である。

 テオと我々の関係は、借金の上に成り立っている。違うかも知れない。ただ、とりあえず今のところは借金がど真ん中にある。

 借金の内訳は、ダンジョンの分け前とアイテム袋の代金だ。これを返さないことには、枕を高くして眠れない。高い枕は合わないし、ヴィエル村で結構のんびり過ごしていたがそれはそれだ。

 再会は荒野だった。

 私たちがお金の入った革袋を突き出すと、彼は理知的な灰色の瞳を真ん丸にした。

「どうしてここに? ……あぁ、いや。ルディ=ケビンか」

「えっ」

 と、先日出会ったエルフの名前にそわりとしたのはうちのメガネだ。

 どうしてだ。どうしてルディを知っているのか。エルフの知り合いがいたんだったら、もっと早く紹介してくれてもよくないか。

 たもっちゃんは早口にののしりながら、じりじりとテオに詰めよった。

「エルフの事を知りたくないと言ったのはタモツだろう。その代り、実物を送ったんだからもう許せ」

 あきれたみたいな口調ではあったが、テオはさりげなくあとずさりしていた。

 彼の語るところによると、村にくる前のルディ=ケビンはこの荒野にいたらしい。

 フィンスターニスの調査は、時間との勝負だ。そのために、すでにこの荒野へと派遣されていた錬金術師が送られることになった。

 ここからローバストまで、馬車を乗り継いで六日ほど。王都からだと、二十日は掛かる。

 王命により荒野に派遣された錬金術師は三名いたが、ルディのほかは人族だった。そこで、エルフを送れと強く推したのはテオだそうだ。

 それを聞いて、たもっちゃんは真顔になった。

「あなたが神か」

「違います」

 即座にマジレスするレイニーもまた、真顔だった。

 でも、と言うことは。テオは知っていたことになる。たもっちゃんが、性別不問のエルフ狂いだと言うことを。

 ちょっと男子、いつの間にそんな話してたの。仲よしかよと、私も真顔だ。

「フィンスターニスを討伐したのが冒険者と聞いて、しかもそれがお前達だと言うだろう? 何かの間違いかとも思ったが、本当だろうと予感もしていた」

 お前たちは、でたらめだからなあ。

 そんなふうに呟きながら、テオは受け取った革袋から金色のコインを七枚数えて取り出した。

「返す」

「返す?」

 お金を返しにきたのはこちらだと、我々は三人そろって首をかしげた。

「実はな、アイテム袋は金三枚で買ったんだ。古かったし、容量もそれ程ではなかったからな。思いの他安かった」

「……ん?」

「あの場で金三枚と言ったら、すぐに渡そうとしただろう? それはな、嫌だったんだ。あのまま縁が切れそうで、つい、嘘を言った」

 テオはどこか切なげに、薄く笑ってきらめく髪をかき上げた。

 完全に、自分がイケメンなのを解ってていい話っぽくまとめにきている。でも、ごまかされないから。金七枚の水増し請求が発覚したのは、事件と言っていいのでは。

 この、裏切られたような。しかしほっとしたような。でもなんかむかついて仕方ない感じ。どうすればいいのか解らない。

 私は自分の気持ちを持て余したが、そう悩む必要はなかった。

 気付くと肩に掛けたカバンを下ろし、布でできたヒモをつかんでテオに向かって振り回していたからだ。

「金貨十枚が! どんだけ! プレッシャーだったか! 解ってんのかよ!」

「ま……待て! 落ち着け! 結構痛いぞ。何か入ってるだろう、その鞄!」

 金貨三枚でも大金だけどね。十枚は、ちょっと意味が解らないって言うか。

「リコ、リコ」

 確かに、この前代金の話をしたのはゾイレエンジの魚を釣った直後だった。金三枚なら、なんとかその場で払えただろう。

「リコさん」

 だが金十枚を貯めとなると、もっと時間が掛かったはずだ。今だって怪物の報奨金がなかったら、支払いになんてこられなかった。

「リコ、いやホントに。ちょっと待って」

 だから縁を切りたくないって意味では、時間を稼ぐことには成功している。かも知れない。でもさー、なんかさー。そう言うのって、借金以外で縁を作ればいいと思うの。

「リコさん、こちら」

「なんなのさっきから!」

「テオさんのお兄様だそうです」

 荒ぶる私をちょいちょいつついて、たもっちゃんとレイニーが一人の男を指で示した。

 いつからいたのかその人は、二人と並んでこちらを見ていた。感心したように、そしてからかい半分に。

「弟が世話になっている様だな。礼を言う」

 自分のあごをごつごつした手でなでて、にやりと笑って彼は言った。

 きらめく髪は弟と同じく研ぎ澄ました剣に似て、しかし鋭く強く光る瞳は紺青だった。

 アレクサンドル・フォン・キリック。

 テオの兄だと言う男は、どこかピリッとしたワイルド系のイケメンである。


 ヴィエル村の再建に一応の区切りが付き、怪物の素材を求める客足も落ち着いた。

 ローバストの城に呼び出されたのは、そんなタイミングのことだった。三人そろって出掛けるついでに、そろそろ旅を再開しようと言う話になったのはこのためだ。

 もう少し残ろうかとも考えたのだが、それは村の人たちに反対された。ついうっかりと口を滑らせ、借金があるとバレたからだ。返せる金があるなら返せと、正論と共に送り出されてしまったのである。

 しかし、テオは放浪タイプの冒険者だ。どこにいるかも解らない。どうしようかと思ったが、意外なことから居場所が知れた。

「伝言がありますが、確認されますか?」

 窓口の女性職員に告げられて、ギルドは伝言も預かるのだと知った。領主夫妻との謁見を終え、その足で向かったローバストの冒険者ギルドでのことだ。

「伝言? 誰からですか?」

「差出人はテオさんとなっています」

 これには思わず、三人で顔を見合わせた。

「討伐の話を聞いた。次に無茶をする時は、必ずおれも混ぜる様に。――だってさ」

 たもっちゃんが読み上げて、伝言の紙をぴらりと見せる。いや、私は読めないけども。

「なんでテオが知ってんの?」

「ギルドとかだと、通信用の魔道具があるんじゃない? 情報共有とか、凄い早いもん」

 渡された紙は、テオの直筆ではないようだ。伝言のテキストデータを保存して、必要に応じて各支部のギルド職員が書き出しているらしい。メールと言うには不便だが、手紙よりはずっと便利だ。

「すいません。この人の居場所を知りたいんですけど、教えてもらえますか?」

 たもっちゃんが、伝言の紙を示して職員にたずねる。私たちはこれを、当たり前に教えてもらえると思い込んでいた。

「申し訳ありません。お教えできません」

 ……まあ、そうなんだよ。

 よく考えたら当然だ。誰にでも居場所を教えられたら、仕事にも生活にも支障が出て仕方ない。冒険者なんて、物騒な職業でもあるんだし。

 しかし、では。なんで、私たちは教えてもらえると思い込んでいたのか。

 ちょっと悩んで、思い当たったのはゾイレエンジの時のことだ。私たちの前に現れ、テオはこう言ったのである。ギルドでたずねて、居場所を知ったと。

「ああ……それは……高ランク冒険者が強く希望されると、ギルド側としても便宜を図らざるを得ないと言いますか……」

「あっ、ゴリ押しでしたか」

 ローバストのギルド職員は、我々の疑問に死んだ魚みたいな目をして答えた。なにを思い出したのか、表情の死にかたが尋常ではない。普段から苦労しているのだろう。

「あ、いや。大丈夫ですよ。大丈夫ですから」

「テオなら別にいいんです。ホント。なんだったら、備考欄にテオなら別に大丈夫って書いといてください」

 むしろ、ゴリ押ししたほうが悪い。お仕事大変ですね。謝らなくて大丈夫ですよ。などと言い、さすがの我々も必死になってフォローした。だって、死んでるんだもの。

 その後、いやしかしテオがどこにいるか解んないとは困ったね。と言う話をしていたら、どうにか生気を取り戻した女性職員があっさりと言った。

「冒険者の情報はお渡しできませんが、伝言をお預かりしたのがどのギルド支部かは開示されています」

 意外とちゃんとしてるかと思えば、やっぱり結構ガバガバだった。

 こうして開示された情報により、我々はシュラム荒野を目指すことになったのである。

 あと、お礼を言って去ろうとしたら私たちは三人共Dランクになっていると言われた。それでなにが変わるかと言うと、ギルドの猶予日数が九日に伸びる。地味に助かります。

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