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279 名探偵

 とりあえず、見知らぬお屋敷に入るなり名探偵みたいなことを言い出したメガネに周囲はまあまあ冷淡だった。

「リコさん、あれは何ですか」

「言いたかっただけだと思うよ」

「おい、あれは何なんだ」

「だから言いたかっただけだって。多分」

 真っ直ぐ伸ばした腕の先、ビシリと立てた人差し指でしかし誰のことも指さしてないメガネを遠巻きに、レイニーとテオがひそひそと私に向かって言ってくる。

「説明を求めたい気持ちも解るけど、私ならあいつの奇行をなんでも説明できると思ったら大間違いだからな」

「それは……そうかも知れないが……」

 危険があってはいけないと、じゅげむをしっかり抱き上げて保護したテオが戸惑うように口ごもる。ぴったり張り付く金ちゃんの顔面を背景に、なんとなく釈然としない表情である。

 彼らがどれだけ私のことをメガネの理解者と思い込んでいるのか知らないが、そもそもこれ、セリフと動作が合ってないと思うの。

「たもっちゃんもさあ、それ、犯人名指しする時のポーズだよ。犯人がこの中にいるの時は、まだ指さしちゃダメなんじゃないかね」

「あっ、ホントだ」

「充分解ってるんじゃないのか、それは……」

 私の指摘に誰よりも前に出た位置にいるメガネがさっと手をおろし、なんの話かは解らないまでもとりあえず会話が成立している事実にテオが釈然としない表情を深めた。

 たもっちゃんはそんな周りには一切構わず二十秒ほど天井を見上げると、両手をそれぞれこぶしににぎり胸の前でぐっとして「犯人は! この中にいる!」と言い直す。

 名探偵ぽいポーズとはなにかと悩んだ末の結論らしいが、どう見ても選挙ポスターの立候補者か年末大売出しをアピールしている店長である。

 なお、この名探偵のどうでもいいくだりはローバスト領主夫妻や事務長に護衛騎士、アレクサンドルと部下たちが無事であるとガン見の上、本人たちが目の前にいる状態で行われた悪ノリなので比較的安心して欲しい。


 我々が老紳士にくっ付いてやいのやいのと乗り込んだのは、どうやらリビングのようだった。

 豪華に飾られた室内はそろいのソファーがいくつも置かれ、そこに屋敷の主と招待客たちが腰掛けている。

 ソファの横にはそれぞれ小さなサイドテーブルがあり、その上にはとろりと輝く高そうなお酒がそそがれた透明なグラスが置いてある。

 ただしお酒を振る舞われているのはソファに収まる貴族たち、ローバスト伯爵夫妻とアレクサンドルの三人だけだ。その周りに立って控える護衛の騎士と事務長は除く。

 一見するとなごやかに語らっているかのようだが、実際の空気はめちゃくちゃ悪い。

 まあ、それも当然だ。

 昼食会が終わっても帰されず、外部と連絡さえ取れないと言うのは監禁に近い。

 それだけでも空気が悪くて当たり前なのに、この場に集まった貴族たちにはもっと大きな問題があった。

 正確には、その問題が発生してしまったために彼らはこの場に留まるしかなかった。と、言うべき状況なのである。

 恐らく、彼らがこの屋敷の主人なのだろう。

 リビングには見知らぬ紳士と貴婦人がいた。一組の夫婦らしき彼らこそ、正確にはその男性が、この地の領主を務める人物のようだ。

 その人はどことなく健康が心配になる細い体を上等そうな衣服に包み、今にも倒れそうな顔色で、頬はこけ、それでいて口元にはナマズのようなヒゲがある。

 このおっさんを一目見た瞬間に、大体の感じの私の中であだ名がダリになったのは不可抗力と言うほかにない。

 彼は我々の乱入に、さっと顔を青ざめさせた。元々顔色が悪いので、もうほとんどゾンビのようだ。そして鼻の下から左右に伸びる、にゅるりとしたヒゲを震わせて叫ぶ。

「ここここれは、いいい一体、どどどどう言う事ですかな!」

「嘘でしょ。そんな動揺すんの? え、嘘でしょ」

 なんだよダリ、すっげー噛むじゃんと思ったら、我々の誰より先にリビングに踏み入り誰よりも前に立っていた名探偵メガネが悲しげにこちらを向いて首を振る。

「リコ、しょうがないんだよ。あの人もつらいんだ。悪だくみがバレそうで動揺してんだよ。察してあげて」

「わっ、わわわわわ悪巧み? ししししし失礼な! 何の! 何のしょっ、証拠があって! そんな!」

 私が勝手にダリと呼ぶナマズのようなヒゲの男は、メガネの言葉にビクリと肩を震わせて余計カミカミになりながらわめく。

 激しい動揺のせいなのか、彼は思わずと言うふうにソファを立った。そしてその拍子にサイドテーブルにぶつかり、テーブルの上に置かれたグラスが倒れ、ぶつかった男の服や靴にとろりとお酒をまき散らしながらに床に落ちてがしゃりと割れた。

「貴方! 落ち着きなさいませ!」

 ソファで隣に腰掛けていた妻らしきふくよかな貴婦人が、あわわわわとあわてる夫を強めに叱り付けて黙らせた。つらい。

 メイドを呼んで片付けさせる妻。ごめんよ、と呟きよろよろとソファに戻る夫。

 ダリ、落ち着いたと言うよりは、完全にイライラした妻に萎縮してテンションがおちているだけである。

 えらい場面を見てしまった。

 自分が怒られてる訳でもないのに、胃の辺りがきゅーっとなってくる。

 すでに心底かわいそうみたいな気持ちになっているのだが、本題はまだこれからだ。

 探偵役が楽しくなってきたらしきメガネが変なポーズを決めながら「何もかもキミヒコの名に懸けてそこそこ全部お見通しだ!」などと無意味に叫び、細かいことが気になってしまうタイプのテオが「おい、キミヒコって誰だ」と私に確かめたりしていた時である。

 夫に対して当たりのきついふくよかな夫人が、挙動不審なメガネを擁する我々とローバスト伯などのソファに収まる招待客を見比べて「ふんっ」と不機嫌に鼻を鳴らした。

「ローバストの方々には随分ご立派なご友人がいらっしゃるのね。招待もなく入り込んだ上に、館の主人に難癖を付けようとするなんて! 何て礼儀知らずなのかしら? ご存知ないでしょうから教えて差し上げますけれど、わたくし達も困っているのよ。お客様をお帰しできなかったのだって、理由が……」

「あ、宝石の件ですか?」

 変なポーズを取ったまま妙に顔を輝かせ、たもっちゃんは夫人の話をさえぎった。

「あれですよね。なくなっちゃったんですよね。自慢するために持ってきた、先祖伝来の大事な宝石が」

「え、えぇ……」

「どう言う状況だったのか、詳しく教えて頂けますか?」

 たもっちゃんが宝石の話を出すと、どうして知っているのかと夫人は真ん丸な目を見開いた。しかし説明を求められたことで、どこかで聞きかじっただけで詳しくは知らないのだと一人で納得したようだ。

 ふんっ、と気を取り直すように夫人はもう一度鼻を鳴らし、ふくよかな体を弾ませる勢いでわめき散らして事情を話す。

「恥を晒したくはありませんけれど、しようがないわね。えぇ、えぇ、確かに。先祖から受け継いだ大切な宝石がありましたの。それもこの部屋にね。自慢するためと言われても当然ね。その価値がありますもの。ほら、そこに箱が見えますでしょ。あの中に収めてあったのですわ」

 夫人がいくつもの指輪がめり込んだクリームパンみたいな手で示すのは、壁際に置かれた腰の高さほどのチェストだ。

 その上には白いレースの布があり、両手で簡単に持てる程度の箱がきちりと置いてある。

 その箱の下側、土台部分には木材が使われ、上は窓と同様に透明な素材が使われたドーム状のケースになっていた。

 しかし透明なケースの部分は亀裂が入りひび割れて、中にはシルクのように艶やかな布がくしゃりと収まっているだけだ。

 布の真ん中にしっかりとくぼみが見えるのは、少し前まで宝石がここにあったからだろうか。

 わいわいと箱に近付きみんなで確認したあとで、たもっちゃんが夫人を振り返り問う。

「宝石がないのに気付いたのはいつですか?」

「気付くも何も! 食事を終えてこの部屋で皆様と語らっていたら、箱からそれはもうけたたましい音がしたのです。そうしたら! もう宝石はなくなって、代わりにそれが」

 夫人の言葉に、夫であるナマズヒゲの男性がサイドテーブルから小さな紙を取り上げて示す。宝石はいただいた。みたいなことが書いてある怪盗感のあるその紙に、たもっちゃんは改めて変なポーズをビシリと決めた。

「なるほど、それはお困りですね! でもご心配なく! もう謎って言うかカラクリは丸っと全部解けたので!」

 たもっちゃんは名探偵なのだ。

 しかしこの名探偵、そもそも推理するつもりがなかった。最初から全部ガン見して、雰囲気だけを楽しむ算段でいたのだ。

 ちなみに、キミヒコはたもっちゃんのおじいちゃんである。父方の。ドヤアと名前を懸けたところで、謎が解ける効能はない。

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