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278 会食

「あのね、このね、窓のね、内側。これね、窓枠の周りの壁がね、奥の窓から手前に向かって広がる様に削ってあるの。八の字って言うか、台形って言うかね。これね、城壁とかにある狭間の構造でね、ホントは城の中から外敵を攻撃するための窓の構造でね、壁の強度を保ちながら採光性と通気性も見込めるんじゃないかなと思って大体の感じでやってみました!」

「はいはい。匠の技匠の技」

 自分の仕事に満足してか止まらないメガネの解説にテキトーな合いの手を入れながら、私はレイニーや魔族の双子らと食器などを片付けていた。

 だだっ広いフロアの一角を寝室がわりの小部屋に区切り、食器用の棚を作った辺りには手持ちのテーブルやイスをぽいぽいと並べる。

 内部にはまだ一部の居住スペースができただけだが、それなりに家っぽさは出てきたと思う。外観はただのピラミッドだが。

 この日、ピラミッドを訪れていたのはメガネとレイニー。じゅげむに金ちゃん。隠れ甘党に付き添われたテオ。ここに私を加えた上に、各保護者からバランスよく派遣された騎士たちと、監視団のまとめ役のようになっているヴァルター卿などだ。

 老紳士は簡素なイスに背筋を伸ばして品よく座り、よい住まいになりそうですな、とか言ってお茶をお出しするツィリルに世間話などを投げ掛ける。

 相手が人族と相容れぬはずの魔族と言うことを思えば、おどろくべき適応力だ。細かい作業が苦手なためか、ガッチガチのブッルブルで手にしたトレイにざばざばお茶をこぼすツィリルのほうの緊張がひどい。

 ピラミッド遠征組とお昼をとって、のんびりとした昼下がり。

「誰かいるか!」

 と、そこへ。

 聞こえてきたのは、あせりのにじんだ鋭い声だ。

 魔法陣と目隠しの黒い障壁で守られた、スキルで開いたそのドアの向こう。ブルーメ側にいたはずの騎士が、血相を変えて飛び込んできた。


 ツィリル、ルツィア、ルツィエの三人に今日はこれでとあわただしく伝え、ピラミッドの内部からドアでつなげたブルーメへ戻る。

 日が暮れて、空が青黒く変わり始めた時分のことだ。

 そこは慰安旅行の帰途を装う本隊が、昨日から宿泊している集落の近く。森に近い野営地である。

 都市と言うほどさかえてもいないが、寒村と言うほどひなびてもいない。さながら別荘地かのような、豊かな自然に囲まれてほどほどの屋敷が点在している土地だった。

 ローバスト領主夫妻、それにお客扱いのヴァルター卿に野営をさせる訳は行かないと、帰りのルートは宿の取れる街道が計画的に選ばれていた。この集落もその中の一つだ。

 だから当然宿屋もあって、伯爵夫妻や老紳士のようにそちらに宿泊することもできる。

 それなのに、わざわざ集落の外で野営を張るのは我々が、いかがわしいドアのスキルで出掛けたり戻ったりするためだ。

 田舎とは言え見知らぬ土地の人里で、ふざけた挙動はしてくれるなってことだろう。事務長は本当に仕事ができる。

 ドアを守るためだけに張られた野営は数人の警備の騎士がいるだけで、残りはローバスト領主やアレクサンドルらと共に宿のある集落のほうにいる。――はずだった。

 砂漠から戻ったアレクサンドルの部下が、ブルーメ側で待機していた仲間たちに問う。

「何があった?」

「解らない。キリック隊長だけでなく、ローバスト伯爵夫妻や警備とも連絡が取れない」

「屋敷の門が閉じられて、今は取り継げないと言い張るばかりで」

 難しい顔をする彼らの横で、ローバストの騎士たちもまたざわめくように会話する。

「領主様方は会食だったな?」

「そうだ。この野営地に少数を残し、本隊はそちらの警護へ。シュヴァイツァー文官長も同行している」

「こちらも同じだ。使用人が門扉の向こうにいるだけで、取り次ぎもしない」

 恐らく、なにかがあったのだ。けれども、それがなにかは解らない。

 ブルーメに残っていた騎士たちは、砂漠から戻った仲間に対して現状解っている事実を口々に伝える。結果、なにも解らないと言うことが解っただけって気はするが。

 そんな中、冷静なのはヴァルター卿と公爵家の騎士だ。

 そもそもこの集落は昨日、宿泊のために立ちよっただけで今朝には移動しているはずだった。それが変更されたのは、この地を治める領主から会食に招待されたためである。

 シュピレンへつながる街道の通る立地ではあるが、領地の中心からは外れた土地だ。

 そこへわざわざ足を運んで滞在し、帰りに通るのを待っていたと言われたらローバスト伯も無下にはできない。

 ではどうしてローバストの領主夫妻が通るのをこの地の領主が知ったかと言えば、旅のために通りますが挨拶は手紙にて失礼します。と、本人が使者を立てて知らせたからだ。

 ローバストはごりごりの武闘派なので、よその土地を通るだけでも細やかな気遣いが必要になる。のかと思ったら、領主が領土を出る時は他領の領主に挨拶するのが慣例らしい。

 で、ローバスト伯と奥方様だけでなくヴァルター卿も一緒と知ると、この地の領主はぜひにと誘った。

 だが、老紳士。見た目ばかりは無害そうな雰囲気がある。それを最大限に活用し、申し訳なさそうな空気を出しつつすでに爵位を息子に譲った身だと使者を押し切りていよく逃げた。絶対にめんどくさかっただけである。

 しかしお陰で今も一緒にここにいて、今回の旅に限ってヴァルター卿に付いている公爵家の騎士まだ余裕を持っている。

 そしてヴァルター卿がいてくれると言うことは、間違いなく我々にも僥倖だった。

 ローバスト伯に奥方様、アレクサンドルと、アレクサンドルに随行したヴェルナー。そして事務長が所在が解らないのだ。

 いや、会食の会場だと言う屋敷の中にはいるのだろうが、連絡が取れないと言うことは彼らを頼りにできないってことだ。

 彼らがやばい状況にあるなら、外にいる我々がなんとかしなくてはならないと思わなくもないかも知れないような気がする。とりあえず、自信は一ミリもない。

 その点、ヴァルター卿がいれば安心なのだ。

 主や上司と連絡が取れないのはかなり不穏なことらしく、あせるローバストや隠れ甘党の騎士たちをよそにメガネと私は老紳士への謎の信頼感により「まーなんとかなんじゃねーの」とのんびりとしたものだった。


 手の込んだ細工で飾られた調度。よく解らないが高そうな絵画。ハンティングトロフィーと言うのか、なぜか壁には動物の首。

 ガラスのように透明な窓の外はすっかり暗く、対してリッチな雰囲気の室内はいくつかの魔石のランプで照らされている。

 昼間とまでは行かないが、人の顔や装飾品はちゃんと見える程度には明るい。

 そんなお屋敷の一室に、たもっちゃんはバーンと飛び込みドーンと人差し指を立て真っ直ぐに腕を伸ばしてドヤアと叫んだ。

「犯人は! この中に! いる!」

 どうしても言いたかったんだろうなあ。

 さすが、と言うべきなのだろう。

 ヴァルター卿の行動は迅速だった。

 居残り組の騎士たちに話を聞くと、状況がなにも解らないままにぐだぐだしても仕方ない。すぐにそう判断し、老紳士はすぐに野営地を引き払わせた。と言っても、自立式のドアと障壁を片付けるくらいだ。

 そして砂漠から戻った騎士たちと居残りの騎士をまとめて引き連れ、移動したのはローバスト伯爵夫妻やアレクサンドルが招待されて、会食が開かれたはずのお屋敷である。

 つまり今、我々がドヤドヤと押し入っているこの場所のことだ。

 会食は昼に行われ、予定の時刻に戻らなかった主や仲間の様子を見にきた居残りの騎士すら門前で追い返したと言う。

 当然、我々の扱いも似たようなもので、対応に出てきた使用人らしき男性は鉄格子の門を閉ざしたままで開こうとさえしなかった。

 しかし、そこは我らがヴァルター卿である。

 友人が中にいる。連絡が取れず、心配をしている。友人ではあるが、この旅では自分が最も年長であり、責任がある。そちらにも事情はおありだろうが、これ以上隠し立てされるようならばこちらもそれなりの手立てを取らねばならぬ。

 みたいなことを極めて静かに、それでいてピリピリするような口調で告げた。一回下手に出てからの、マイルドな脅し。

 近くで聞いてるだけでこの人は絶対怒らせないようにしようと強く決意させるものがあったが、しかしこれはただの時間稼ぎだ。

 その間に打ち合わせ済みの公爵家の騎士が、「あっ、何か解んないけどなぜか勝手に門が開いちゃった!」みたいな小芝居で屋敷の門を押し破り、使用人たちが止める間もなくドカドカと強引に敷地へとなだれ込む。

 門が開かれる前にガキリと硬く変な音がして、見れば鉄格子が一部変にねじ切れていたのでかなりの力業があったものと思われる。なんと言うか、筋肉ってすごい。

 そして強引に押し入ったお屋敷で、たもっちゃんがいきなり名探偵になったのだった。

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