276 さすタモ
褪せたベージュの砂塵を巻き上げ、たもっちゃんはきめの細かい砂にめり込む。
砂漠の谷のように落ちくぼんだ場所で作業していたメガネを目掛け、砂の丘を力強く駆けおりたテオがそのスピードと勢いを全部のっけて飛び蹴りをくり出すなどしたからだ。
彼は言う。
一秒でも早く止めなくてはいけないと思った。蹴るのが一番、口で言うより早いような気がしたと。
砂漠の砂から掘り出して捕獲したメガネを小脇にかかえ、レイニーの魔法で飛んできたテオは巨大なブロックが積み上がる建造途中のピラミッドでわめく。
「アイテムボックスの扱いには気を付けろと、あれほど……! いや……アイテムボックスはタモツも使えたか? あぁ、違う。いや、違わないが、それより、何だ? どうしてあっちで仕舞ったものが、こっちで出てくる? 出鱈目だ。訳が解らない。だから、だからこそ、もっと用心するべきだ!」
「あっ、ハイ」
めっちゃキレてんじゃんと思ったら、どうやら心配でそうなっていたらしい。心配されているのは我々である。さーせん。
積み上げた巨大ブロックに正座の状態で見下ろせば、砂の上には紳士っぽい帽子をかぶったヴァルター卿や公爵家の騎士、隠れ甘党など十数人の人影がある。
テオはついさっきまで地上から、この進捗監視団やレイニーらにまざり、こちらの作業を見守っていた。
そうしたら、明らかに変な、変と言うか訳の解らない方法で、我々が作業を効率化し始めたのである。
ざわつく地上の監視班。
我関せずのレイニー。
騎士たちにちやほや抱っこされながら、大人たちがどうしてざわつくか解ってなさそうなじゅげむ。
熱く焼けた砂地の上にちょっと大きめの虫を見付けて、野生のおもむくままにおどり掛かる金ちゃん。
そして、あっ、これアカンやつや。と、ぐわんぐわんと精神由来のめまいを起こすテオ。
多分だが、ちょっとしたパニックだったのだろう。
なんかよくは解らんが、とにかく見てはいけないものを見てるような気がするし、ここにはほかにも人がいる。まずい。
そんな思いが高まって、テオの飛び蹴りがくり出されるにいたってしまったらしい。
「でもさあ、なんで解ったの?」
どうしてもそこが納得行かず、まだ三角形には全然ならず台形のなにかでしかないピラミッド上で私は問うた。もちろん正座は崩していない。
「ねー、だってさ。たもっちゃんの所でブロック消えて私の所で出てくるってだけじゃん。そう言う魔法かも知んないじゃん。アイテムボックスとは限んないじゃん。ねー」
地上の監視班がいるのはピラミッドの工事現場から距離を置いた砂丘の上だし、たもっちゃんが巨大ブロックを作っていた地点はもっと離れた場所だった。
砂を大量に使ってもピラミッドが傾いたりしないようにとの配慮だそうだ。
だから、そこそこ離れていることもあり、そんなにはよく見えてなかったに違いない。
なのに、どうしてテオは断言できたのか。
「あぁ、レイニーに聞いた」
「真っ直ぐな目で言いやがるじゃん……」
ある地点で物体が消え、別の地点で現れる。
現象としては転移魔法のようでもあるが、魔力の光も魔法陣も見られなかった。
それに。
「お前は、使えないだろう。魔法は」
そうだった。あったわ。それも。
真っ直ぐな目で語る常識人テオには、私が自発的に使える能力はマッチ先輩のモノマネとアイテムボックスくらいのものだとバレているのだ。茨のスキルは全自動なのでカウントしないものとする。
つまりメガネはともかくとして、私が一枚噛んでいる以上これは魔法ではないに違いない。
テオはそう考えて、監視班や子供と共に地上にいたレイニーにたずねた。あれはなんだと。
相手がテオだからと言うのもあったのだろう。レイニーもその質問に普通に答えて、結果、メガネが吹っ飛び砂漠の砂にめり込むことになったのである。
なるほどね。
メガネと私は並んで正座した格好で、めちゃくちゃ納得して赤べこのようにうなずいた。
「そうだったね、テオに言ってなかったね。あのね、俺、アイテムボックス使えるようになったんだ」
「あ、言うんだ」
「俺、テオの前では正直でいたいの」
たもっちゃんはキリッとデレたようなことを言ったが、多分テオにはどこまで隠してどこまで言ったか考えるのが面倒になったのだと思う。
気持ちは解る。私も、共に写本までしながらに途中から実装されたテキスト翻訳について、言ったかどうか覚えていない。
そんな、記憶に自信がないと言うだけのこちらの事情でアイテムボックスについてのことをあっさり聞かされて、常識人は苦々しげに眉間にぎゅっとしわを刻んだ。それから、はっと。心配そうに私のほうをへ目を向けた。
「それは……大丈夫なのか? いや、容量にもよるだろうが……問題はないのか? その、タモツがアイテムボックスを持っていて」
「ううん。大丈夫じゃないよ。特にほうれんそうの部分について」
「あ。リコ、違う違う。テオはさー、多分、俺が大容量のアイテムボックス使えるようになったら、リコがパーティの荷物持ちクビにならないかって心配してんだよ」
「マジで? クビなの?」
そうなのか、私はすがり付いて懇願しなくてはいけないところだったのか。
「でも、たもっちゃんって私のアイテムボックスを勝手に共有してるだけだからさー」
「あ、リコ。それも言うんだ」
「待て。……可能なのか? アイテムボックスの共有は」
「できてるからできるんじゃない?」
そもそもテオがでたらめだと言い放つ、たもっちゃんが収納したものが私の所で出せると言うあらわざもだからこそ可能となっているのだが、レイニーもそこまでは説明していなかったようだ。
「て言うかさ、あれじゃない? 逆にね、アイテムボックスのレンタル料として、私は晴れてたもっちゃんのタダメシを食べる権利が今こそ発生してるんじゃない?」
「それだと今まで権利もないのに食ってた事になるんですがそれは」
「ちょっと! レイニー先生のことディスるのはやめてよね!」
「レイニーはインフラ家電だから……」
テオやメガネを魔法で運び、一緒に話を聞いていた天使を私はついでに議論に巻き込む。と、彼女はぎくりとこわばり動揺を見せた。
「あの、わたくし……」
「いいの、レイニー。大丈夫。ここにいていいの。いらない子なんていないのよ」
「それ多分、俺かテオが言うセリフだなぁ」
少なくとも、この訳の解らない話にレイニーを巻き込んだ元凶が口にするべきセリフではない。たもっちゃんのしみじみとした口調には、そんな空気がにじみ出ていた。
それは私も解っていたので、綺麗にシカトしレイニーに向き合う。
「元気を出して、レイニー。タモツ様は私たちを見捨てたりしないわ。素晴らしいかただもの。困ってる女子を見たらそれらしい理由付けて助けてさり気なくハーレムを築くのよ」
「やめて。俺をハーレム主人公にしないで」
あれはコミュ力と高度なバランス感覚が必要なんだぞと、メガネは変な泣きごとを言う。
私はそれにも一切構わず、ありったけの慈愛を込めてレイニーの瞳を覗き込む。
「実はね、私知ってるの。タモツ様は立派な石窯を持っているのよ。きっと今夜はグラタンを作って下さるわ。さすがタモツ様。さすタモ。さすタモ」
「さす……タモ……?」
「解った、もう良い。何なんだこれは」
宝石のように青い目をぐらぐら揺らし、私の言葉をただくり返すレイニーにテオがうんざりと音を上げた。
急に始まったコントの世界に付き合い切れなくなってきたようだ。多分だが、レイニーも自分はなにをやらされているのかと思っているのに違いない。
このコントの輪の中で、あ、もう終わり? みたいな感じで落ち着いていたのはうちのメガネくらいのものだ。
「よく聞いたらご飯のリクエストしかされてないなこれ。何? グラタン食べたいの?」
「うん。食べたいの」
「わたくし、楽しみです」
アイテムボックスの共有により脅かされていたらしい私の存在意義については、こうして手持ちのチーズはどれが一番とろけるかの論争に移行し終幕となった。
振り返ってみれば確かに食事のリクエストしかしてないし、最後にはチーズの話になったし、言い争いのようなお説教のようなものが始まったと思ったらコントでしかなかったこの一連の流れは、テオにはなにかをあきらめさせて、ありあまる魔力で微妙に浮かせた巨大ブロックをじりじり手で押し慎重に並べて作業を手伝っていた魔族らになんだこれって顔をさせただけだった。




