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274 三行

 魔族と魔族大陸と、魔力と寿命についての情報は人族には知り得ないことだったようだ。

 レイニーや金ちゃん、お茶を運ぶのに集中していたじゅげむのほかは、ほとんど全員がぼう然とその話を受け止めた。

 たもっちゃんと私はこの世界での常識がないので「そう言うものか」くらいのものだが、魔族である双子の少女、ルツィアとルツィエもはっとしていたようにも見える。

 幼い頃に母親からさえ引き離されてしまったために、魔族についてこれまで知る機会がなかったのだろう。

 ツィリルは結構大事な秘密を明かした気がするが、ただし魔族の寿命についてもそう不安がらなくていいらしい。

 魔族の感覚で「大きな魔法」でさえなければ、比較的魔素の薄いこの地でも普通に魔法も使えるし命を縮めることはない。

 水くらいは出せるし、飛ぶこともできる。

 それならやっぱり住むのは砂漠でもいいし、逆に、これはみんなで話していて気が付いたことだが、大森林ならダメじゃないってこともなかった。

 魔族、存在が異彩すぎるって言うか。

 びっくりするほど全方位からアレらしいので、人族や獣族だけなくエルフも当然のようにダメだった。

 そして、大森林にはエルフの里がある。

 聞いてる内に悲しくなってきたらしく、たもっちゃんは魔族の三人に「立派なピラミッド建てたげるからね……」と、あまりにも役に立たない気遣いを見せた。

 まあ大森林も広いので場所によっては大丈夫だったりそうでもなかったりするのだが、この話は結局、もう砂漠でいいのではないかと言うところへと落ち着いてしまう。

 理由としては、まず移住者であるツィリルがここで構わないと言っていること。

 そして次に、こうしてブルーメの貴人たちがああでもないこうでもないと話し合いに参加している状況がすでに、人族側からエルフへと魔族を押し付けたのだと誤解を招きかねない。と、言うことがある。

 二百年ほども昔、エルフとばちくそもめてボコボコにされたトラウマの癒えない人族としては、その誤解は絶対に避けたいそうだ。

 このことに関しては結局こちらの都合ばかりのませる格好になってしまったと、事務長が申し訳なさそうに謝った。

 そもそも魔族たちの居住地について、話をまぜっ返したのも彼だったような気がするが。

 その意識もいくらかあったのか、事務長はそこから魔族たちの肩を持ち、擁護して、辣腕を振るった。

「やはり、対価だ。魔族で、魔獣を自ら狩れるとしても、人族や獣族の社会で使える通貨があって困る事はない」

 だからなんらかの慰謝料を払うか、できれば長期的な仕事を斡旋する必要がある。

 たもっちゃんが砂で作った建物の中、同じく砂で作ったテーブルの上で両手を組んだ事務長はやたらと深刻そうに言う。

 この人族が支配する大陸で生きる以上、魔族といえども少しも人と関わらずにはいられないのだと彼は見越しているかのようだ。

 それは服や細々とした生活必需品を購入する必要があるからかも知れないし、ケガや病気で専門家を頼らなくてはならない事態を想定しての懸念だったかも知れない。

 だがとにかく、金だと。

 金さえあれば、大体どうにでもなるのだと。

 ドライなような、めちゃくちゃ生ぐさいようなセリフを確信ありげに言い切った。

 なんかヤだし、でも解る気もする。

 そんな微妙な空気がただよう中で、あー、それねー。とのんびり答えるのはうちのメガネだ。

「俺も考えてたって言うかー、相談しようと思ってたんですけど。あのね、あれ。今作ってる、ピラミッド。あれ、ツィリルとルツィアとルツィエの家なんだけど、広いから。中にね、通信魔道具の部屋とか作らせてもらえないかと思って。板増えてきちゃってるから、金ちゃんに背負わせるのも限界かなって。それでね、今ある板はその部屋に設置して、こっちの端末は一つにまとめて、そこで通信を一括管理して通話相手を切り替えられるようにしたいんですよね。まぁ、方法とか魔法術式とかはこれから考えるんですけど。でね、これはツィリル達に相談したかったんだけど、どうやってもやっぱり魔道具だから、通信魔道具のメンテナンスって言うか、魔力の充填とかは必要だと思うの。それをね、頼まれてくれないかなって。あ、もちろんちゃんとお賃金は払うし、無理そうだったら断ってくれて全然大丈夫だから! 引き受けてくれたら助かるけど、断ってもピラミッド作るの手ぇ抜いたりしないし、家具とか、暮らすのに必要なものとか用意するし、たまには遊びにきちゃうと思う」

 だって、こだわりのピラミッドだから。

 あと、うっかり一年死蔵した件も悪いことしたなと一応思うなどしているのだから。

 死蔵の辺りだけもよもよっと小声になったメガネに対し、私は告げる。

「長い。まとめて」

「ピラミッド。通信魔道具の部屋。管理してくれたらお賃金」

 さすがネットにまみれてきたガチオタ。

 たもっちゃんのまとめかたが三行。

 ツィリルのことに関してはこっちもやいのやいのと襲撃されてつい茨で巻いちゃったりした事情はあるのだが、主犯は私。気にはしている。

 それに、ルツィアとルツィエを購入したことも消えない事実。叔父として、ツィリルはぐっと飲み込んでいるが言いたいこともあるだろう。

 そう言うのを我々は、これからあがなって行かなければならない。

 そう、例えば金銭などで。

 ただツィリル、いさぎよすぎると言うか。

 我々を大魔王のように誤解しているのも手伝って、姪たちに危険が及ばない限りは全て従うと決めてしまっている節がある。

 普通に金品を渡しても、受け取らないか、最低限しか受け取らない可能性が高い。

 そこで――と言うにはこの提案はこちらに利がありすぎではあるが、通信魔道具の管理を頼む。謝礼を渡す。こちらは増える通信魔道具の懸案事項が片付いて、相手にはいくらかのお金が残る。

「みんなニッコリ。どう、俺の考えたこの完璧な計画」

 たもっちゃんは若干鼻息を荒くして、具体的な方法はこれから考えることになるらしいぼんやりとした計画案を語った。

 ふと、気が付いたのはそんな時のことだ。

 自分たちが囲まれていると。

 鍛え上げた肉体をそれぞれ所属する騎士団の制服で包み、包囲するのは騎士たちだった。

 それもこの建物内にいるアレクサンドルの部下、アーダルベルト公爵家、ローバストの騎士たちがバランスよく配置されている。

 実際に包囲されているのはメガネで、隣のイスに座った私はついでだったようだ。

 騎士たちはメガネを荷物のようにかかえ上げ、そのままわいわい運び出そうとしていた。

 なにごとかと思って見ていたら、苦々しい表情をした事務長と隠れ甘党のヴェルナーがメガネを運ぶ騎士たちの後ろに付いて歩く姿が見える。

「そんな計画があるのなら、すぐに取り掛かれ。君達は致命的に連絡が取れなさ過ぎる」

「そうだ。タモツは知らないだろうが、今回アレク様がこの任務に就く前にさる貴き身分のご子息様から特別なお言葉があった。ずるい、と。自分は通信魔道具にも出てもらえないのに、とな。頼むから、あの方からの通信には死ぬ気で出るんだ」

 なんかそれ、心当たりが一人しかないな。

「えっ、待って。待って。ピラミッドまだ全然できてないし、作業そこまで行ってないし、ツィリルとかにまだ返事もらってないし、待って。ねぇ、待って」

 事務長とヴェルナーが口々に言うのをサルに運ばれるお地蔵さんのような状態で、たもっちゃんは混乱していた。それでも魔族への配慮を忘れない姿勢は評価する。

 確かに、ツィリルや双子たちの気持ちは大事だ。外堀を埋めるような手口ではなく、できれば向こうの返事を待って計画を進めたりあきらめたりしたい。

 しかし、そんなほのかな気遣いはムダだった。遅すぎたと言うべきかも知れない。

 あーッ、と変な断末魔を残してメガネが運び出された建物の中、壁際に作り付けられたベンチでは双子の隣の奥方様が。話し合いの行われていたテーブルではツィリルの真横に席を移したヴァルター卿が。

 それぞれ魔族の不思議な瞳を覗き込み、自分の魅力と話術を駆使してドンドコと説得や懇願を試みていた。

 これはダメだわ。

 誰も殺されてはいないのに、オーバーキルの単語が頭に浮かぶ。

 こうして謎の連携で、気付けば魔族だけでなくメガネの外堀までが埋められていた。

 自称現場監督のメガネはその任を解かれ、新たに出向組の事務長が就任。監視と警備は各保護者たちが騎士を出し、工事現場は過剰戦力の状態となった。

 通信魔道具の魔力切れはマジ勘弁して欲しいと言う、保護者会の強い意思を感じる。

「いや、好きでやってるからいいんだけどさぁ……。俺、今度こそ骨の髄まで搾り取られるのかも知れない……」

 馬車馬のようにきりきりと巨大ピラミッドの建造をハイスピードで進めることを強要されて、メガネはのちの休憩時間にそう語った。

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