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273 契約魔法

 契約魔法。

 かつてテオをうまいこと手に入れた人買いが、それでテオをしばったために我々もぼーっと手をこまねくしかなかった契約魔法。

 あれは行動も制限することができるし、契約を破れば命を取る設定にもできる。

 この契約魔法なら、なんか変なことするかも解んないから誠意を見せてくれなきゃヤダとか普通に言われてしまう、魔族の信用も担保できるような気がする。

 ――と、言うようなことを、たもっちゃんは思い出したり思い付いたりしたようだ。

 お前あれか。天才か。

 私は絶賛した。幼馴染を。心の中だけで。

 直接言うのはなんかこう、嫌だ。

 その代わり、メガネの提案に賛成の声を強めに上げておくことにする。

「もうさー、これでいいじゃん。奴隷の首輪で安心できるなら、契約魔法でも安心できるでしょ」

 どちらにしても、条件や罰則の設定は自由のはずだ。

「それは……あぁ、いや。そうか」

 アレクサンドルは紺青の瞳を意外そうに見開いて、自分のあごを片手でなでる。

「考えていなかった。契約魔法は双方の同意が必要だからな。しかし、そうか。可能だな」

 そうだった。これは魔族を支配下に置くと言う話ではなく、共存するのが前提だった。

 そのことに、今思いいたった。そんなふうに呟いて、アレクサンドルは周囲にいた男らと顔を見合わせる。

 問題あるか?

 思い当たらない。

 じゃあホントに、契約魔法でいいのかも知れん。

 考え付きもしなかったらしい契約魔法の可能性について、ブルーメの客たちがささやき合って検討を始めた。

 そちらはそちらで置いといて、私はツィリルの顔を見る。

「チリルは? なんかして欲しいこととかないの?」

 なんとなく、人族側の要求を静かに受け入れようとするのが気になったからだ。

「それは……わたしか?」

「うん。今の話って、こっちがして欲しいことばっかりじゃない? だから、そっちがして欲しいことも言っといたほーがいーよ。多分だけど」

 なんかない? と問うと、ツィリルは息を詰めるようにして金と茶色の入りまじる瞳を瞬いた。

「……元から、わたしは姪と共にお前達に下ると決めていた。どんな扱いを受けようと、あの二人をそばで守れるのなら構わないと。それを、お前達は……この地で、好きに過ごさせると言う。これ以上望む事は、ない。静かに暮らせると言うのなら、この大陸の住人に害を為さないと誓う。契約魔法も、喜んで結ぶ」

 視線を下げて、とつとつと。

 胸の内のほのかな望みを明かした男に、いつの間にか周囲は静まっていた。

 ある者は胸を突かれたように息を飲み、ある者は居心地の悪い顔をする。

 ぐるぐる巻いたツノを持ち、羽を持ち、長く鋭い爪を持つ。体は獣族よりも頑丈で、魔力や魔法は人族よりも、エルフよりも強い。

 そんな常識の外にあるかのような存在が、家族への情を見せている。

 それも、ありふれた、けれども命より大切なものが、指の間から滑り落ちてしまわないように必死で守ろうと。

 そのことが、まるで自分たちと同じだと。

 目の前にいるのは化け物ではなく、ただの一人の男だと。

 見ている者に訴え掛けたようだった。

 そんな中、ツィリルの覚悟に誰もが言葉を失う中で、「いや」と硬い、否定の声が上げられた。

「駄目だ。それではとても足りない」

 事務長である。

「ハインリヒ?」

 ローバスト伯が問うように呼ぶと、神経質に、難しい顔をしたままで、事務長は一度そちらに向かって目礼をした。それから砂岩のようなテーブル越しに、魔族の男を不機嫌に見る。

「いいか、君は何も解っていない。何もだ。君達は、これから彼等と付き合う事になる。それも継続的かつ長期に渡ってだ。間違いない。絶対に苦労する。全財産と主の名を懸けてもいい。それを、何だ。静かに暮らせればいい? 気の毒だが、それだけは諦めろ。苦労する。絶対にだ。みすみす死ぬ様な事はないだろうが、私は死ぬ事だけが悲劇だとは思わない。いいか、対価だ。人は、対価があれば苦労にも耐えられる。さぁ、言え。望みを全部ぶちまけてしまえ」

「凄い長文で力説された」

「流れるように悪口言われた」

「何故か名前を懸けられてしまった」

 あまりにすらすら止めどなくディスられたメガネと私、それに事務長の主であるローバスト伯の呟きが図らずも三連続で重なった。

 一体なにが事務長をこうも力説させるのかさっぱり解らないのだが、レイニーとテオ。細かく延々とうなずいてるの、私ちゃんと見えてるからな。

 その辺の原因は我々のこれまでしてきた行動にあるような気が薄々しなくもない気がするがそこは触れず棚上げにして、たもっちゃんと私はひそひそと話す。

「あれかしら。たもっちゃん。やっぱり事務長も、人に言えない闇的なものをかかえているのかしら」

「きっと疲れてるのよ。休まなきゃ。リコ、体にいいお茶とか出したげて」

 それもそうね。気が付きませんでと、強靭に健康が付与されたお茶をついでに全員へと配る。

 沸かしてすぐに土鍋ごとアイテムボックスに放り込んであったのを取り出し、私とメガネがカップにつぎ分けレイニーが冷やす。

 人数ぶん用意したお茶は両手でカップを慎重に持ち、お仕事に真剣に取り組むじゅげむと魔族の双子が配るのを手伝ってくれた。

 金ちゃんがムダにうろうろし、テオや騎士たちが主に子供をはらはらと見守る。率先し自ら働く双子の少女らの姿には、叔父であるツィリルが「立派になって」と言わんばかりの万感のなにかをダダ漏れにしていた。

 この訳の解らないほんわかとした雰囲気が出てきた空間で、しかし事務長の話はまだ続く。

「大体、本当にこの場所でいいのか? 君達の事だ。どうせ偶さか砂漠に居たから、何も考えずこの場に居を構えようとしただけだろう? やはり、せめてもっと資源のある場所を探すべきではないか?」

「えー、でもー。魔族って超速く飛べるから、場所はどこでも不便ないらしいです」

「それは聞いた。だが、人が寄り付かぬのが条件と言うなら、大森林の中でも構わない訳だろう?」

 確かに。

 獰猛な魔獣が生息するなどの危険はあるが、それならば水や食べ物に困ることもない。

 しかもメガネが魔族の家としてここにピラミッドを建て始めた、なにも考えてないって部分まできっちり読み切られている。

 これはもう完全に論破されてしまった訳だが、ごもっとも、と納得している私の横でメガネはキリッとした顔をしていた。

「ジャングルの中のピラミッドも俺、嫌いじゃない」

 どうあってもピラミッドは作りたいらしい。

 お前あれだろ。それ、ククルカンが降臨するタイプの密林のピラミッドだろ。と、メガネ相手にどうでもいい確認をしていると、ツィリルが「待ってくれ」と話を止めた。

「わたしは、この地で構わない。魔族大陸に比べれば、まだ過ごしやすいくらいだ」

「魔族の生活環境ハードモードすぎない?」

 水も植物も見られないこの砂漠よりきついって、なにそれと。現代っ子のメガネと私はドン引きしたが、ブルーメの貴人や騎士たちもそれはムリやろと引いていた。

「水程度なら魔法で作り出せるし、食べ物も、少し飛べば獲物を見付けられるはずだ」

 魔族なら、一日もあればこの大陸を端から端まで飛ぶこともできる。だから、本当に立地は重要ではない。

 そう語る魔族の男に、ヴァルター卿やローバスト伯、アレクサンドルが苦笑いのような表情を浮かべた。

「容易く大陸を飛び越えられるとは……少々ぞっとしませんな」

 もしも魔族が気まぐれに、魔族大陸からやってきて人族の国を襲ったとして。実際攻撃を受けるまで気付くこともできないかも知れない。そんな不安がよぎったのだろう。

 けれどもツィリルは、心配はいらないと言い切った。

「魔族が自分達の土地から出ようとしないのはなぜだと思う?」

「さて……」

「かの大陸を離れると、魔力も体力も著しく減退するからだ。あの地は魔素が異様に豊富なのだろうな。息をするだけで魔力が満ちて、いつまでも魔法を使っていられるほどに」

 そしてその逆に、魔素の薄い大陸の外で大きな魔法を使ったりすると、魔族は膨大な魔力だけでなく命まで失いかねないと言う。

 だから魔族は厳しい環境でも魔族大陸から出ないし、別の土地に興味も持たない。

 ちなみに魔族に取っての「大きな魔法」は見渡す限りの大陸を消す勢いで焼き尽くすなどらしいので、それは本当、やらなくていい。

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