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272 英国貴族感

 列車のように長く巨大なムカデの背からあっと言う間に移動して、我々はツィリルやルツィア、ルツィエの三人が待つ砂漠のでき掛けピラミッドへときていた。

 昨夜はこのルートを逆に、たもっちゃんのドアのスキルでデカ足の事務長の小屋へと戻ったことになる。そのためにピラミッドの近くには、自立式のドアを残してあったのだ。

 視界いっぱいに広がる砂漠に、まだ全然できてはないがピラミッド。

 そんな異境めいた風景に、細かい砂に足を取られて苦心している上等な服に身を包んだ紳士。そしてお付きの侍女が差し向ける、レースで飾った日傘の下で優雅にほほ笑むドレス姿の貴婦人。

 なんとなくだが全体的に、エジプトで発掘事業に手を染める英国貴族感がある。

 ここには隠された王墓や豪華絢爛な副葬品はないが、代わりにファラオの呪いなどもないので安心して思い切り遊んで欲しい。

 そんなことを思っている間にも、デカにつながるドアからはわらわらと騎士たちが吐き出されてきていた。

 ドアと言っても実際は、あちらとこちらになんの効力も持たないがやたらとそれっぽく光る魔法陣。そして目隠しと無関係の人や物を通さないための、黒い障壁が展開していた。

 レイニー先生に頼んだこの障壁のお陰で、見ているぶんには黒い箱型の障壁の中から人が無限に出てくるような感じだ。

 ドアのスキルは秘密がなにも通用しないアーダルベルト公爵や事務長にはバレてるし、シュラム荒野で遭難していた商人たちをなる早で人里に送るため、びっかびかの魔法陣で偽装して雑に披露したこともある。

 そうでなくても我々も、不自然に短い移動時間であちらこちらに足跡を残している自覚はあった。

 だからもう厳密な秘密ってほどでもないのだが、スキルとは、そうそう人に明かすものではないものらしい。なので、一応の悪あがきをしている。

 ドアと、無意味な魔法陣、目隠しの黒い障壁を抜け、ここがもう全く別の場所であることに騎士たちは素直におどろいたようだ。

「うわ。本当に別の場所だぞ」

「このドアがあったら、物資や武器の運搬がはかどるだろうなぁ」

「いやいや、敵地は望み過ぎとしても、奪われた拠点にこちらの部隊を内側から送り込んで奇襲を……」

「お前のは本気過ぎて恐い」

 解る。戦略的に利用しようとしすぎてて恐い。

 なかばぼう然と一面の砂漠と黒い障壁を見比べて、ざわつきながらによからぬ相談が始まったと思ったら最終的にガチな奴が引かれてた。

 我々、そう言うのムリだかんね。メンタル的に。

 正直ここには砂とできかけのピラミッド以外には特になにもないのだが、人間は変わった場所へやってきたと言うだけでテンションが上がることもある。遠足である。

 わー、ひろーい。みたいな感じで見たまんま、それ以外には特にない感想を口々に言いつつわあわあとなぜか走り出す一部の騎士たち。

 おいおいほどほどにねとはしゃぐ幼子を見守る父親のように、いかつい騎士をたしなめるローバスト伯。

 男の子はしょうがないわねと、侍女と笑い合う奥方様。

 ちなみにこの場で唯一本物の子供であるじゅげむは、特に走り回ったりせず謎革の日除け製品に包まれて金ちゃんに肩車されている。

 事務長やテオのお兄さんたちは遠足にちょっとわくわくしている領主夫妻や騎士たちを構うだけムダとばかりに放置して、いそいそとピラミッドの建造作業に戻ろうとしていた現場監督を捕獲した。メガネだ。

 これからの方針について聞きたいことがあるらしく、開かれることになったメガネを囲む会のほうには老紳士も参加するようだ。

 そんな、やってきた途端に騒がしく、行楽気分で、しかし一部は極めて冷静に現状を把握せんとする集団を。

 じっと静かに観察する者たちがいると、気が付いたのは少ししてからのことだった。

 いつからそうして見ていたのだろうか。

 とりあえずの宿泊用に砂漠の中にぽつんと建てた、砂を固めた小屋の陰から覗くのはヒツジのような巻きツノと顔面が半分。壁の端にタテに三つ並んだ顔は、金と茶色の入りまじる不思議な瞳を持っていた。

 ニンゲンと関わりたくないからここに住むって話になったのに、なにこんな大量にニンゲン連れてきてんだと。

 人間不信のヒツジみたいな顔をしてこちらをうかがうツィリル、ルツィア、ルツィエの様子に、そんな心の声を感じる。


 獣族を含めた人族の社会は、隣人として魔族を受け入れる土壌がなかった。

 そしてまた魔族の側も、そんな環境にまじわって生きるのはできれば避けたい。

 だから人里離れたこの砂漠の真ん中に、魔族だけで暮らすのはどちらに取っても利しかない。はずだった。

 ローバストの奥方様が、ものすごく残念そうにしているほかは。

「わたくしはね、ローバストへきて頂きたかったの。本当よ」

 涼やかな目元を残念そうにしょんぼり細め、そう言うゴージャスな貴婦人にルツィアとルツィエの双子のほうが戸惑っている。

 まだ朝の内ではあるが、砂漠の日差しはもうきつい。

 たもっちゃんはその辺にいくらでもある砂を素材に結構広めの建物を作り、レイニー先生が空調を効かせた室内にみんなで避難し落ち着いていた。

 内部には建物と同じく砂を固めたベンチやテーブルが並び、それぞれ席に着いて向かい合いこの魔族らの僻地定住計画について話しているところだ。

「簡単に言えば、信用できるかどうかでしょうな」

 人族、魔族、双方が互いに距離を置くのは賛成なのに、なにを話すことがあるのか。

 その核心に、ざくりと切り込んだのはヴァルター卿だ。

「これは魔族も人族もない。新しい隣人がどの様な者か、この目で確かめたいのは当然でしょう。増して、それが大きな力を持つ者ともなれば」

「お前達が恭順を示しているのは知っている。国ではなく冒険者に、と言うのが少々引っ掛かりはするが……」

 老紳士が一旦言葉を切り、そのあとをアレクサンドルが継ぐ。

 テオのお兄さんとして我々と何度か関わった彼は、話の途中でメガネや私に視線を投げた。かなり苦い表情で。

「……そう言う事も、あるだろう。たまには。しかし、ブルーメの国防を担う者として、口約束では信用に足らん」

「ねえ、なんで今すごい嫌そうな顔したの?」

 どうしてもそこが聞きたいと、つい口をはさんだが誰も答えようとはしなかった。もっと私に優しくしてもいいのよ。

 代わりに、魔族として一人だけ会談のテーブルに着いたツィリルが応じる。

「どうしろと?」

 彼の姪であるルツィアとルツィエは壁際の、部屋をぐるりと囲む形で作られたベンチに腰掛けていた。そこでやはり話し合いには参加していない、奥方様に延々と残念がられているのだ。

 アレクサンドルは少しそちらに目をやって、誰のことかを言外に示してから話す。

「彼女達は構わない。魔道具で制限を受けているなら、脅威にはならない。問題は」

「わたしか」

「そうだ。はっきり言おう。奴隷として人に下る意志はあるか?」

 ルツィアとルツィエがシュピレンで、人にまざってとりあえず暮らせていたのは奴隷として行動制限を受けていたためだ。

 どんなに大きな力があっても、人を傷付けるために使えないならその恐ろしさを思い出す者はそういない。恐ろしくないなら、そう言うものだと慣れもする。

「奴隷かあ……」

「奴隷なぁ……」

 私とメガネはほとんど同時にぼんやり呟く。

 多分だが、魔族の脅威を抑制するには魔道具の首輪で押さえ付けるのが一番早い。

 だから、アレクサンドルが言ってることもまあまあ解る。

 ただ、双子の少女が物心も付かないくらいに小さい頃から勝手に奴隷にされたって言うのと、その母でありツィリルの姉である女性が奴隷として死んだと聞いているのでマジ人でなしと言う気分になるだけで。

 室内には品のいい紳士や貴婦人とその侍女、そしてそれぞれ所属は違うがブルーメの騎士たちがいる。

 空気は結構ぎすぎすとしていて、特に騎士らは魔族の男がなにか妙な動きを見せたら即座にそれなりの対応をしそうでもあった。

 そんな緊迫感を知ってか知らずが、たもっちゃんはしばらく悩む。

 うんうんとうなりながらに眉間の辺りと黒ぶちメガネの奥の両目がなくなるくらいにぎゅっとして、時間を掛けて悩んだ末に思い切ったような感じで「はいっ!」と元気よく手を上げた。

「それって奴隷の首輪じゃなくて、契約魔法で平和協定結ぶとかじゃ駄目ですか?」

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