270 ポンコツ
すっかりうとうとしている子供と、同じく眠たげにしてたのにメガネの顔を見た途端なぜか体当たりしてくる金ちゃんを連れ、我々は自分たちのテントへと引き上げた。
その前に、お兄さんの所でお泊りのためここで一旦お別れのテオから言われてしまったことがある。
「もしかしたら、ジュゲムはお前達がもう戻らないと覚悟していたかも知れないぞ」
テオ自身、なぜそう思ったのかはっきりとは解らないと言う。
だけど、置いて行かれることに慣れすぎていると言うか。期待しすぎないようにしていると言うか。じゅげむには、そんなところがあるような気がする。とも言った。
確かに。小型のカバンを幼稚園児みたいに肩から掛けた格好で、イマイチ深く眠れずにぐずる子供を見ているとそうかも知れないと思えてしまう。
小型だが厚みがあってなんらかの動物をかたどった、絶妙にぶさいくで愛らしいカバンはシュピレンで騎士からもらったものだ。
そしてそのカバンの形が変わるくらいにむりやりに、中に詰め込み半分くらい飛び出しているのは屋台を直しているかたわらで私が廃材で作ったうさちゃんだった。
なんでかなーとは思ってはいたのだ。
絶対うさちゃんに見えないとメガネと天使に評判のそれは、じゅげむにあげたものである。いや、なんかいるって言うから。
かさばるので普段は私が預かっているが、それが今日、魔族の双子のルツィアとルツィエを連れて出る前に、どうしても置いて行って欲しいとめずらしく食い下がるようにしてせがまれたのだ。
もしもメガネや私が戻らないつもりで、自分だけ……いや、金ちゃんもいたけど。あと、テオも。
それでも、置いて行かれてるのだと。そして、迎えにくるか解らないのだと思っていたのだとしたら。
「ねー。ほかに絶対もっと必要なもんとかあるのにさー。うさちゃん置いて行けとかさー。私のエキセントリックうさちゃん欲しいとかさー。かわいくない? ねえ、かわいくない? この子」
「リコ、落ち着いて。自分でエキセントリックって言っちゃってるから」
「いどおじい」
「リコ……」
「リコさん……」
高ぶる感情を持て余しテントの中で倒れ伏し、発音さえもいよいよ怪しくなってきた私にメガネと天使は掛ける言葉もなく引いた。
「まぁ、俺らも完全に流れと勢いだけで引き取ったからなぁ」
列車のように砂漠を駆けるデカ足は、走行風が夜には少し肌寒い。私の奇行にスルーを決めて、たもっちゃんは子供の体に布を掛けてやりながらそら不安にもなるわなと複雑そうにその寝顔を見下ろす。
「わかる」
「そんな事だろうと思ってはいました」
真実すぎるメガネの言に、私はうなずき、レイニーは知ってたとばかりに首を振る。
我々はポンコツなのである。
レイニーもたまに慈愛っぽいものを見せることはあるのだが、天使だからか距離感が遠い。見ててっつったら本当に見てるだけのタイプだ。なんと言うか、さながら私。
こんなポンコツしかいない集まりに、子育てのノウハウも覚悟もある訳がないのだ。
そう納得しながらに、しかし私は気が付いた。
「いや、待って。たもっちゃん、自分の時はどうしたの?」
「自分?」
「なぜそんなきょとんとした顔を……。子育てだよ、子育て」
日本では奇跡的に結婚し、子供を持って孫までいたと言うではないか。たもっちゃんの分際で。
それならば私やレイニーと違い、育児の経験があるはずだ。なにを貴様。我々にまざってコドモヨクワカラナイみたいな空気を貴様。
「いやー、俺さ、気が利かないじゃない?」
「知ってる」
「リコ、そこはフォローしてもいいのよ。だからって言うかー、いや、まずね。うち、結婚してくれたのが超しっかりしてる人だったのね。それで、俺が一人の時には完璧なタイムスケジュールとタスク表を……」
「バイトじゃん」
それも指示がないと動かないタイプの。
「いや、バイトじゃん」
思わず二回言ってしまうレベルで。
違うの、聞いて。と、たもっちゃんは慣れた様子で言い訳を始めた。
「俺もね、見てるくらいはできるの。だけどそれだと奥さんのしたい育児とはほど遠いから、その溝を埋めるためにやる事と手順を細かく全部決められてたってだけで……」
「とんだ子守り感覚じゃねえか」
そう言うの夫婦間ですごくもめるとインターネットで予習した私がお前も親とちゃうんかいと独身ながらにメガネをディスり、「まぁ何だか良からぬ響き」と独身の天使が雑に同調。するとこの三人の中で唯一の既婚が、ぴぎゃあと奇声を上げキレた。
「皆さん割とそうおっしゃいます!」
「言うんだ」
「言われるんですか」
それで説明し慣れてんだな。
「でもね! 俺もね! できる事はやってました! できない事はできないってだけで!」
「実情は?」
「休みの日とかほっとくと俺がゲームばっかしてるから子供遊びに連れてって証拠の写真と動画録ってくるところまで指示の上でシフト入れられてた」
「バイトじゃん……」
お前も自分でシフト言うてもうとるやないか……。
ちなみにそんな指令がくだる時、奥さんは大体お仕事だそうだ。
たもっちゃんいわく、子供のことは私に任せてあなたは言われた通りにやってればいいの、逆言うと余計なことは考えてくれるな。みたいなことを真顔で言うタイプの人だったようなので、それを思うとこれはこれで適材適所なのかも知れん。
それに、母として妻として、たもっちゃんに任せられない気持ちも解る。
我が子が夏休みの宿題でエルフが住める森林環境について取り上げて、手当たり次第にファンタジー作品を熟読の上で条件に合う森はないかとお役所に電話で問い合わせるような事態は避けねばならぬのだ。
これは小五の夏にメガネが心血注いで取り組んだ自由研究のテーマだが。
そんな過去を持つ父親の自由裁量で子供の教育に参加させてしまったら、第二のエルフバカが爆誕してしまう可能性もある。
だからつまり、色んなご家庭があるのだろうがこの場合、メガネ妻は極めて正しいとしか私には言えない。
変態の業は深いのだ。直接会ったことさえないが、その奇特な妻にものすごくあつい信頼をよせずにはいられないほどに。
途中から話がそれて訳が解らなくなってしまったが、とにかく。心の底から残念ながら、有能な妻はここにはいない。
そのためやはり我々の子育てに関してはなにも安心できないってことだけがくっきりと浮き彫りになったって言うか、びっくりするほど話が最初に戻った格好である。
こんな前進しないことってあんのかよと動揺しながらとりあえず寝た。
よく考えたら子供寝かし付けがてら読み聞かせ計画も初日から頓挫してるじゃねえかと。
思い出しながらに起きて、翌日。
日光の熱はやわらぐが明るさは割とそのまま通すテントの中で、夜明けと共に目覚めざるを得なかった我々はタオルケット代わりの掛け布を簡単に片付け朝食とした。
と言ってもゾンビのように起き出して、半分寝ながらその場に座り作り置きのパンなどをもそもそ食べているだけのことだが。
そんなうつらうつらとした朝食の最中、横から口出しする者がある。
「魔族を解放したとか? 聞いていないな? フロレンティーネ」
「解放するなら相談してくれなくちゃ。そうよね? あなた」
地味を極めて逆に得体の知れなさのあるローバスト伯と、涼しげな目元に銀髪まじりの黒髪がなんともゴージャスな奥方様だ。
我々が起きたと知るややってきて、どうやら事務長から聞かされたらしい残念なお知らせについて文句を言った。
テントは基本、丈夫な布をくの字型に折り曲げて屋根のようにしているだけだ。扉や目隠しさえもなく、少し屈んで端から覗けば人が座れる程度の高さの内部が全て見通せる。
ローバストの領主夫妻もそうして、貴族らしからぬ気安さでテントの外にちょこんとしゃがみ中を覗き込みながら、ねー、知ってる? 魔族ってほっとくと危ないんだからね! みたいなことを、もっと貴族的なオブラートに包んで言いつのっていた。
実際のところ魔獣を支配する魔族の力でネコチャン兵団を作らんとする密かな野望が頓挫した不満を、魔族の奴隷を手放して頓挫の原因を作った我々にぶつけているだけって気もするが、言ってることはまあまあ解る。
その内に公爵家やテオのお兄さんたちなどの王都の騎士に、老紳士までもがなんだなんだと集まって、大体の事情を知るや完全に我々が悪いと各方面から断定される朝だった。




