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269 深い誤解

 正確には、こんな所で大丈夫なのかとか、もっと自分の意志を主張してもいいのよと。

 さすがに心配する私に対し、ツィリルが金と茶色の入りまじる不思議な瞳をきょとんとさせて言ったのだ。

「お前達の力なら、始末も容易かったはず。それを殺さず、こうして姪と引き合わせてくれただけでも幸運だと感謝している」

「なんだろう。深い誤解があるような気がする」

 そんな、さすがの我々も思わず真顔になるなどのいきさつがあったのだ。

 しかし話がここまでくると、事務長はあまり興味がないらしい。

 激高状態で攻撃をくり出す魔族をたやすく制圧するわ、それを一年寝かせるわ、奴隷の姪を人質にするわ、それと叔父を対面させて恩に着せるわ、膨大な魔力と繊細な技術を見せ付けて砂漠に巨大建築をいきなり作るわで、魔族の男、ツィリルが慎重になるのもムリはない。君たちがひどい。

 イスに腰掛け神経質にタンタカタンと靴を鳴らす文官は、そんな感じで小言のようにナチュラルにディスる。しかしそれは本当についでで、彼が難しい顔を見せている理由はそこではなかった。

 ムカデの背中に固定された小さな小屋で、私物らしい魔石のランプに照らされながら事務長はひそやかな声で言う。

「魔族には、魔獣を従える能力があると聞く。テイマーとも似ているが、魔族の場合は飼い慣らすのではなく支配するそうだ」

「あー、そう言えば。公爵さんの所で最初にツィリルに会った時、何かいっぱい魔獣がいましたね。あれ、そのせいだったんですかね」

 あの時、一番目立っていたのは黒いぶよぶよのフィンスターニスだった。そのせいか、なんとなく悪魔的ななにかかと思っていたのだが、実際は魔族のなにかだったのか。

 なるほどねー。と一人納得するメガネをよそに、事務長はドライに話を先に進めた。

「その能力を見込んで、奥方様は期待しておられる」

「あっ。俺、何か嫌な予感する」

「能力の高い魔獣を集め、魔族に従えさせた上でローバストを守る魔獣兵団とする事を」

「あー、やっぱり」

 途中でよからぬ流れを察し、ほら案の定。みたいな空気を出したメガネによると、どうもローバスト伯爵の奥方様はシュピレンの街で出会ったネコチャンたちに魅了されてしまったらしい。気持ちは解る。ネコチャンの沼は深いので。

 しかし、愛らしいネコチャンと言っても相手は魔獣。捕獲するのも一苦労だし、同行してきた家臣の中にテイマーはいない。

 もうあきらめるしかないのだと自分に言い聞かせていたちょうどその頃に、怪しい奴にネコチャンを譲るとささやかれふらふら付いて行ったのが例の、領主夫妻カジノ失踪事件へと発展してしまったアレらしい。

 それは結局なにもかもが詐欺だとすぐに判明したが、この事件に関連し、我々は魔族の双子に出会った。そして奴隷であった二人の少女、ルツィアとルツィエの購入を決めることになる。

 その時、魔族の少女らを買い取るための交渉の席になぜかいてくれたのがローバストの領主夫妻だ。

 夫妻に詐欺を働いた犯人がルツィアとルツィエを所有していたホテルの従業員であり、しかもタイミングは事件の直後。

 向こうに弱みがありすぎて、ローバスト伯と奥方様がただその場にいるだけで話はこちらに有利に進んだ。

 本人たちもそうなると承知で、わざわざ同席していたのだと思う。

 お陰ですごく助かったのだが、なんでそうしてくれたのかは解らない。

 いや、解らなかった。これまでは。

 私は今、ほとんど確信を持って問う。

「もしかして、あの双子に魔獣従えさせてローバストにネコチャンハーレム作ろうとかしてました?」

「……魔獣兵団だ」

「いや、それ完全に集めたかわいい動物をローバストの防衛予算で飼育しようと……」

「実現すれば、ローバストを守る貴重な兵力となるだろう」

「顔、顔。事務長、顔。自分の顔がまず納得してないの自覚して」

 立場的に絶対認められないらしき、事務長の顔面がものすごく大変。

 なんと言うことだ。

 故郷を追われ、母親と引き離されて奴隷となった魔族の双子を前にして、彼らはネコチャンハーレムを作らんとする下心全開だったのだ。いや、下心っつったら我々も人のことは言えないけども。

 あと多分、この件に関しては奥方様だけでなく妻のゴージャスさにかすみがちなローバスト伯も地味にわくわくしてると思う。

 あの人も、詐欺師にふらふら付いて行ってしまう程度にはすでにネコ沼の住人なので。

 恐ろしい。傾国のネコチャンである。

 ローバストは国ではなく領土だが。


 叔父と姪である三人の魔族は、しかしローバストでは暮らさない。色々と思うところもあるし、人とは距離を置き砂漠で生きる。

 よって、自動的にネコチャン兵団の実現は不可能。ネコチャンをわが物にせんとする、領主夫妻の野望もかなうことはない。

 どーすんだよ。あの人らめっちゃ楽しみにしてんだぞ。と、頭をかかえる事務長に知らんがなとやんわり伝えて我々は逃げた。

 魔族の双子を買う時にいてくれて助かったのは事実だが、それとこれとは別なのだ。

 ほら、あれ。人族とも獣族とも相容れぬ魔族を人族の国の獣族多めの村などに放り込んだらさ、ほら。かわいそうでしょうが。

 コミュ力必須のアウェーの場所に連れて行かれたコミュ障みたいに、その場で呼吸しているだけで瀕死になってしまうかも知れない。

 解るんだ私は。得意な分野は早口にいくらでも延々と語れるが、なにも解らない話になると貝のように口を閉ざすコミュ障ゆえに。

「知ってる? テオ。死んだ貝は火を通しても二度と口を開かないのよ」

「おれは何の話を聞かされているんだ?」

 ツィリルらはコミュ障ではなく人間に絶望し切った魔族だが、それを人族の国に連れて行くのはコミュ障を高級でオシャレな服屋さんなどに放り込むようなものとちゃうやろか。

 まずは服を買いに行くための服の装備を整えてからでしょうがと、そんな話を一方的に我々はまくし立てていた。

 聞き役は常識人でありながらなんだかんだ我々に付き合ってくれているテオだが、さすがに訳が解らなかったらしい。それでも一応、一通り聞いてくれるの助かる。

 我々は走行中のデカ足の、ドアのスキルで勝手に出入り口にした事務長の小屋から逃れてテオのいるテントの中へと転がり込んだ。

 本来はテオのお兄さんであるアレクサンドルや、その部下である隠れ甘党の騎士たちが寝起きするためのテントだ。だが、ブルーメへ戻るムカデの旅ではテオは我々とではなく、お兄さんたちとすごすことになっている。

 ヴァルター卿やローバスト領主夫妻のゴリ押しによりすでに買い戻されてはいるものの、一時うっかり奴隷になっていた彼はアレクサンドルの監視下でぎっちぎちにしめ付けられている最中なのだ。

 大切な弟さんをお預かりしておきながらそんなことになってしまって我々も申し訳ない気持ちはあるのだが、そもそも我々はテオを預かっているのではなく預かられているような感じもあるので責任の所在はよく解らない。

 とにかく。

 魔族ピラミッドから事務長の小屋を経て戻り、居心地がいいとは言えないこの場所になんの用があるかと言えば、お迎えである。

 茨のスキルで眠りしツィリルを解放するのになんか危ないとやだからと、うちの子供とついでにトロールを見てもらっていたのだ。

 ごめんね、遅くなって。メガネのせいで。ピラミッドの建造にテンションのおかしくなったメガネのせいで、遅くなってごめんねえ。

 みたいな感じで罪をなすりつけながら、それぞれ眠るくらいのスペースはあるが全体的に騎士がぎゅっと詰まったテントに入る。と、じゅげむはその片隅であぐらをかいて座ったテオにしがみ付き、うとうととしていた。

 それから一通り話を聞いてもらって一方的に気が済んだ我々は、眠たげな子供を起こさないよう注意して受け取る。

 夕食は預けてあった軽食で一応済ませてあると言うから、このまま寝かせたほうがいいだろう。

「ありがとね。困んなかった?」

「困りはしない。ジュゲムは大人しいからな。それに、今日はおれを兄から守ってくれていたらしい」

 笑いを含んだ優しい声で、テオが言うにはじゅげむは留守番している間中、彼にびったりくっ付いて離れなかったとのことだ。そしてテオのお兄さん、アレクサンドルが同じテントにいる時はぷるぷる細かく震えながらに二人の間に割って入ってテオをかばった。

「確かに、立派に守ってましたね」

 それを近くで見ていたのだろう。その辺にいた騎士が、ほのかに笑ってそう言った。

 じゅげむは騎士に対して子供らしい敬愛をいだくが、テオのお兄さんだけはダメだった。

 あの子が最初にアレクサンドルを見た時に、テオとばちくその兄弟ゲンカをしていたのが原因だろう。気持ちは解る。あれは引く。

 そのために、じゅげむはテオにお兄さんを近付けまいと一人奮闘していたとのことだ。

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