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268 前提

 そもそも、これからどうするのかってところから話は始まった。

 一、二時間ほど前になる。

 まだこの異世界の砂漠にピラミッドができるとは誰も考えてもおらず、レイニーが砂を固めてバス停めいた休憩所を作る前のこと。

 魔族の叔父と姪たちに、たもっちゃんはたずねた。

「魔族の国に帰るんだったら送りますけど」

「いや、国には帰らない」

 一瞬の迷いも見せず男はきっぱり言い切るが、この時点ではお互い少し誤解があった。

 たもっちゃんは双子の少女、ツィリルの姪であるルツィアとルツィエも一緒に魔族の国まで帰そうかとたずねたつもりだったのだ。

 しかし二人は見るからに、魔道具の首輪を身に着けた奴隷だ。そして人族の最低さを見てきた男には、人間が損を承知で魔族の奴隷をただ解放すると言う発想がなかった。

 そのために、姪たちをこの地に残して自分だけ帰るはずがない。そんな意味での返事だったようだ。

「いや、三人で三人で。人族の国って魔族には暮らし難いらしいじゃん。三人で魔族の国に戻るんだったら、送って行くよって言いたかったの」

 たもっちゃんも誤解に気付いて言い直したが、ツィリルの返事は結局のところ変わらない。

「もう赤子ではないとは言っても、双子として生まれた者にあの国は安全とは言えない。二度と、戻る事はないだろう」

 そしてその、難しい、そして少し悲しげな顔で首を振る男に、姪たちがはっと息を飲む。

 頭にかぶせたスカーフで叔父とそろいの巻きツノを隠した二人の少女は、自分たちがいるために彼までも魔族の国に戻れないのだと、しっかり理解してしまったようだ。

 申し訳ないと言うように、同時に見捨てられるのを恐れるように、二人は男を見上げて表情を揺らす。

 その様に、ツィリルはあわてて「違う!」と叫ぶ。

「わたしは、お前達を守る。そのためにこの命を使うと決めている。お前達の安全よりも優先すべきものはない。帰らないのはわたしの意志だ。だから、その、だから……頼む。泣くな」

 おろおろとしていた。

 去年の夏、わずかな時間で公爵家のお屋敷をボコボコにした武闘派の叔父が、姪たちがしょんぼりするのにあわててめっちゃくちゃにおろおろとしていた。

 鏡合わせのようにそっくりで子供のようにまだ若い二人の少女らに、どうしたらいいのかと翻弄される男の姿はさすがに笑う。

 不謹慎にもじわじわほほ笑ましくなる顔を不自然なレベルでキリッとさせて耐えてたら、たもっちゃんが「それじゃ、」とのん気に口をはさんだ。

「俺、とりあえず住める場所作るね!」

 そして誰の返事も聞かず、砂漠の真ん中で巨大ピラミッドの建造を始めた。

 なぜなの?

 いや。一応は、メガネなりに理由あっての行動ではあるらしい。

 ツィリルが最初に誤解していたように、魔族の叔父と双子の姪の三人で我々に付いてくるのも一つの道だ。

 しかし、それだと人族とまじわり暮らすことは避けようがない。我々も一応、人族なので。

 当事者である魔族が気にしないなら話が別だが、そう簡単に割り切れる感じでもないようだ。

 希少な存在でありながら洗濯室で持て余されていたと言う、奴隷としては結構ぬるい環境ではあっても。

 身勝手に売り買いされた双子たちには思うところがあるみたいだし、それは悪魔の手に落ちるレベルで人族に憎しみをいだいた叔父も同様だろう。

 それに、人間側にも彼らを受け入れる心の準備はちょっとできないような気もする。

 ムカデの背中で少しばかり事情を知った、テオのお兄さんや騎士たちですらざわついたのだ。

 この大陸ではただでさえ魔族は忌まれる存在だそうだし、本人の意識はなかったと言っても公爵家で大暴れしたツィリルの姿はなかなかえぐいインパクトがあった。それを忘れるのは私にもムリだ。

 姪である双子の少女らが人族や獣族にまざって暮らしていられたのは多分、奴隷として制御され、そしておとなくしていたからと言う部分もあった。

 その辺は主にこちら側の都合だが、魔族をノーガードで連れ帰ったら恐らく実際に問題は起こる。

 だったら、人間がこないような場所で三人で暮らせばいいじゃんと。たもっちゃんはシンプルにそう考えたようだった。

 お前そんな軽率にお前と思わなくもないのだが、我々から軽率さを取ったら冬のコタツから出てこないネコよりも微動だにしないから……。仕方ない。冬のコタツは仕方ない。トイレの限界に挑んでしまう。

 冬のコタツのあたたかさに負け、夏のクーラーにひれ伏してしまう流されやすい我々の、それもほかならぬ私から別の案が出るはずもない。

 無力な我々にできることはもう、砂漠に照り付ける熱い日差しに業を煮やしたレイニーにより手早く作られたバス停みたいなベンチに座り、ぼーっとするくらいしか残されてないのだ。

 ちなみに魔族の三人もナンダコレみたいな顔でぼんやりベンチに座っているが、これは作業の手伝いをメガネのほうが断ったためだ。

 彼らはあり余る魔力を持ってはいたが、どうも細かい作業や魔法を使っての造形はあまり得意ではないらしい。

 そのために、やめて。俺、こだわってるの。と、美意識の足りない弟子はいらぬみたいな感じで謎の意識の高さを見せた巨匠が一人で作業することを選んでいるのだ。

 巨匠と言うかただのめんどくさいメガネだが、ああ見えて、想像以上にめんどくさい奴なのである。

 山のように谷のように姿を変える細かな砂の作り出す、褪せたベージュが見渡す限りにどこまでも続く砂漠。

 少し恐いくらいに広大なその風景の片隅に、由緒正しき巨大建築、ピラミッドは突如こうして異世界に誕生することになった。


 なんでピラミッドなのか。

 て言うか住むなら人がいない所にしたってもうちょっといい場所があるのではないか。

 あとになり、思うことは色々とある。

 だがその場で思い付かないと、手遅れっぽくなることってあるよねと。

 私はごにょごにょとした言い訳のような説明を、粛々と正座して述べる。

「いや、私もね? 特に結婚の予定もないのに子供のために二世帯住宅を建ててしまう親世代のような強引さだなと思ってはいたんですよ。あと、せめて間取りとキッチンは住人の意見を取り入れてあげて欲しいなって」

 場所は夜の砂漠を列車のように走り続ける、デカ足の背中に建った小さな小屋だ。聞き手はローバストからやってきた事務長であり、そして同時に彼はこの小屋の主でもあった。

 彼は領主夫妻やヴァルター卿だけでなく、デカ足の背中で快適にやりすごすための日除けの小屋を自分のぶんもしっかりレンタルしていたのだ。抜かりない。

 我々は、もうちょっと、もうちょっとだけ作業したいの! などとごね、完成形があまりに巨大であるだけに作っても作っても全体的にはまだ全然できてないピラミッドの土台にしがみ付くメガネをレイニーと二人でふざけんなと引きはがし、なだめすかし小突き回してついさっき連れ帰ったばかりだ。

 ちなみに行きは船を飛ばしたが、帰りはドアを開いただけで戻った。走行中のデカ足からボロ船で出発する前に、事務長の小屋の扉を勝手にくぐっておいたのだ。メガネが。

 お陰であっと言う間に戻ってきたが、その瞬間を小屋の中で書類仕事を片付けていた事務長に目撃されてしまった。

 この人に関してはドアのスキルもバレているのでそこは別にいいのだが、我々が魔族を連れてないことが事務長的によくないらしい。

 どう言うことだと問い詰められて、自主的に正座の上で全部説明させられた。

 話を聞いた事務長は一人イスに腰掛けて、デカ足の背中むき出しの床に座ったメガネと天使と私を見下ろす。

「それで魔族を置いてきた、と?」

「せっかくだから親族水入らずと思って……」

「ピラミッドはまだ住めないんですけど、仮に小屋作ってハンモックも吊るしてきたんで、寝るのには困らないかなって……」

 そして引き続きピラミッドの建造と、食事を届けにまた明日遊びに行く予定だ。

「しかし、砂漠の真中とは……。魔族とは言っても、厳しい環境に変わりはないだろう? そんな所に住めと言われて、あちらもよく承諾したものだ」

 魔族に感心したような、我々の気の利かなさを責めるような事務長に、私もうなずく。

「あー、それ。それ。私もね、大丈夫なのか聞いたんですけど、魔族、超早く飛べるんで多少の不便は問題ないらしいです」

「それと、何か俺ら恐怖の大魔王みたいに思われてるみたいで、変に逃げて殺されるより大人しく言う事聞いとくとかも言ってました」

「あー、言ってた」

 魔族さー、殺伐としすぎなんだよ。前提が。

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