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267 三人の魔族

※残酷と思われるエピソードが含まれます。

 魔族の男は、なんとも言えない表情をしていた。

 戸惑うような。泣き出しそうな。あらゆる感情を持て余し、体の内から張り裂けそうな感じさえした。

 彼は年若い魔族の少女らを見下ろして、はっと息を飲むように衝動的に口を開いた。けれども、なにも言わずに閉じる。

 言葉を探しあぐねていたのだと思う。

 何度も口を開いては閉じ、やがて、やっと。

「ルツィアと、ルツィエ……か?」

 ぼそりと低く、不安げに。

 たずねる声が私にまで届く。

 男はそれを魔族の少女二人の前で、しかし大きく三歩ほど、まるで恐れるような距離を置いて問うた。

 レイニーをはさみ、横に座る私の耳に届くのだ。少女たちにはきっとはっきり聞こえたはずだ。

 だから、問われるように名前を呼ばれ、二人の少女は両目を大きく見開いた。そして自分たちの前に立つ、魔族の男を見ながらに大粒の涙をぼろぼろとこぼした。

 私たちにも、それで解った。

 男に取っては探し求めていた姪たち。

 少女らに取っては初めて出会う血縁の叔父。

 目の前にいるのがその人であると、互いが互いに強く確信しているのだと。

 その光景に、我々は思う。

 なんでやと。

 いや、魔族たちの対面自体はまるで運命とでも呼ぶべきような、感動的なものだった。

 本当によかった。あと、助かる。

 だってホントに身内なんだもん。と言い張るだけの、なんの証拠も信憑性もない説明を我々もせずに済んだので。

 でもさー、さすがにね。訳が解らないじゃない?

 いやいやいや、見ただけじゃん。

 それで名前とか確かめただけじゃん。

 そんなお前。それだけでお前。

 なんか見た感じアンモナイトみたいなゴツゴツの巻きツノが似てるとか、金と茶色の入りまじる不思議な瞳がよく見たら同じとか、その程度でお前。なにを確信したのかと。

 いや、似てるけど。

 他人の空似ってパターンも、世の中にはあるらしいじゃん。

「ねえ、たもっちゃん。見ただけで血のつながりって解るもんなの? こう言うのって、DNA鑑定待ったなしではないの? そしてその上でやいのやいのともめるのではないの? 遺産相続の時とかに」

「今は遺産相続の話じゃないし、この世界にDNA鑑定は多分ないような気はするけど、気持ちは解る。俺も俺も。俺もそう思う」

 たもっちゃんと私は灼熱の砂漠でめぐりあった魔族の親族を見守りながら、なんか納得行かないなとばかりに体育座りでひそひそと言い合う。

 仕方ない。

 彼らの確信はあまりにも運に全振りって感じだし、現代日本の俗世に染まり切った我々は親族間のもめごとを見すぎているのだ。インターネットの掲示板とかで。

 こんないきなり手放しに、叔父も姪も瞳をうるませ間違いないみたいな空気を出されてもホントかよと思わずにいられない。

 我々の心は汚れ切っているので。

 妻か夫に浮気され離婚の話し合いをする時は、ポッケにICレコーダを装備すると決意している民なので。私には妻も夫もいないけど。

 しかし、この超信じやすくて心配になる魔族らも、なにも見た目が似ているだけで互いを身内と認めたのではないらしい。


 感動の対面から少しして、いくらか落ち着き魔族の男はこう語る。

「同族を嗅ぎ分けるとでも言うのか……。解るのだな。目の前にすれば、それがどんな相手か大体は。血縁ならば、尚更に」

 当事者である魔族によると、それは直感と言うよりも視覚や聴覚ほどにはっきりとした感覚らしい。

 獣族より優れた身体感覚がもたらす能力なのかも知れないし、人族はおろかエルフより優れた魔力の素養の作用かも知れない。

 とにかく、だからこそ彼らには互いのことが一目で解るのだ。血のつながりがあるかどうかも。

「なにその生き別れ防止機能」

 便利だけども、便利すぎない? みたいな気持ちで私は思わず合いの手を入れた。

 この感覚はなんとなく、ガン見で世界の全てをネタバレして行くうちのメガネを見る時の、ちょっとだけ苦々しいあの感じに似ている。

 貴様はそれで納得しとるか解らんが、こっちは全然付いて行けてないからな。って言うあれ。解る奴には解らん気持ちがきっと永遠に解らんのである。

 しかし、私の理解が追い付くかどうかはこの際大した問題ではない。

 今この場で重要なのは、その生き別れ防止機能のお陰でなんとなく、彼らが特になんの説明も求めず感動の対面をすっかり受け入れていることである。

 助かる。

 どうしようかと思っていたのだ。本当に。

 一年も叔父を監禁した上にたまたま見付けた姪たちをちょうどええやんと言うノリだけで奴隷として購入した計画性のないサイコパス具合が、このままうやむやになってくれることを心から願う。

 そんなそれぞれの思いを秘めた我々は厳しい砂漠の日差しを避けて、レイニーが作った壁にもたれて腰掛けていた。

 頭の上には屋根があり、お尻の下にはベンチがあった。全て砂漠の砂でできてはいたが、見た目としてはバス停のようだ。

 魔族たちと天使と私はそこへ横並びに座り、バスを待つ乗客が世間話でもするようにすごす。

 そうしてぽつりぽつりと交わした会話で知ったのは、魔族の男のツィリルと言う名前。

 そして彼がルツィアとルツィエとその名を呼んだ、双子の二人の少女らと初対面であるらしきことなどだ。

 少女らは双子として生まれてすぐに、母に連れられ魔族大陸を出ていた。だから叔父であり行方を追っていた男とさえも、出会う機会が今までなかったらしい。

 間違いなく、そのせいだろう。

 叔父、姪、姪、の並びでベンチに座った三人の魔族は、互いに親愛をにじませながらもどうしようもなくぎくしゃくとしていた。

 初々しいとでも言うべきなのか、さながら離れて暮らす父親と娘が久々に会った面会日のようだ。

 いいのよ。ちゃんと養育費を払っていれば、堂々と父親の顔したっていいの。

 正確には父じゃなく叔父なので養育費も発生してないとは思うが、そんなろくでもない上に的外れな応援を心の中でしてしまう。

 また、そんな感じでぼんやり聞いた話によると、魔族の男、叔父のツィリルはどうも記憶が二年近くもないそうだ。

 我々と言うか私が彼をしまい忘れていたのはこの一年ほどのことなので、それ以前の期間については悪魔の仕業に違いない。なんとなく、あいつらそう言うイメージがある。

 実際に、ツィリルによると二年前の最後の記憶はやっと姉の行方を探し出しその死を知った時とのことだ。

 しかも、ツィリルの姉は奴隷として死んだ。

 エルフよりも獣族よりも頑強な魔族が、自ら人族の下に付くとは考え難い。しかし、生まれて間もない赤子を盾に取られたら別だ。

 母親が奴隷となるのと引き換えに安全が保障されたはずの双子は、けれどもそこにはいなかった。約束などなかったように、早々に売り払われていたからだ。残されたのは、母親の付けた二人の子供の名前だけ。

 マジかよ人族最低じゃんと私ですら思う。

 ツィリルの胸には、きっと怒りや絶望がうずまいたはずだ。そして恐らくはその動揺が、悪魔には付け入る好機となったのだろう。

 悪魔をくっ付け一年ほど無為にヒャッハーしたある日、うっかり居場所が探知された我々をやはりヒャッハーと襲撃し、茨に巻かれて今である。

 この期間のことを丸々覚えていないツィリルにしたら、二年前からいきなり現在に放り出された感覚だろう。

 それも気付けば見覚えのない砂漠の真ん中で、身に覚えのない火の玉を大量に天に打ち上げている最中。しかも、ふと周りを見渡せば近くには探していた姪たちがいる。

 どう考えても落ち着いている場合ではない気がするが、遠い目をしてツィリルは言った。

 訳が解らないのもここまでくると、逆に取り乱すタイミングがなかったと。

 我々はバス停めいたベンチで横一列に腰掛けて、そしてその同じベンチの端っこで、淡々と男の語る悲しみに言葉もないほどの同情をいだいた。ごめんな。みなさん割と、似たようなことをおっしゃったりします。

 頑強な体と能力を持つ魔族と言う存在でありながら、なすすべもないとばかりにぼう然と。

 金と茶色の入りまじる不思議な色のツィリルの瞳は遠い所を見るように、けれどもそこそこ近い砂地の上に建設中の巨大なピラミッドに向いていた。

 解る。訳が解らないって気持ちが、ものすごく。

 そして魔法のゴリ押しでどんどんと、砂漠の砂を建材にピラミッドを作っているのはうちのメガネだ。ホント、なんでなんだろうね。

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