266 解凍
奴隷の意志や人権について今さらながらに思うところあったのと、魔族の男の存在についてうっかり口を滑らせてテオたちに気の毒なことをしてしまった同日の午後。
たもっちゃんとレイニーと私。そして頭の巻きツノをスカーフで隠した双子の魔族はぼんやりと、日差しの熱をよく吸った砂漠の丘に腰を下ろして体育座りなどしていた。
そしてそこからニ十歩ほどの、風に波打ち姿を変える砂の地面が浅い谷になった底。
天井のない筒状の、頑丈な障壁に囲まれた中から天高く次々に打ち上がる巨大な火の玉を見送っていた。
わあ綺麗。
ここまでの流れを大体で言うと、まずテオにじゅげむと金ちゃんを預けたあとでレイニーの隠匿魔法をこれでもかと効かせて走行中のデカ足の背から抜け出した。
それから障壁で守ったボロ船を飛ばし、人も魔獣も見えない辺りで地上におりて、今である。
わかる。我ながら説明が足りない。
白い雲のまさった夏空と褪せたベージュの砂しか見えないこの場所で、下には厚手の革を敷き、魔族の双子とレイニーや私は二本ある謎革の日傘を分け合っていた。メガネは帽子とマントで仲間外れだ。
熱い日差しに逆らったそんな格好で横並びに座り、魔法で放たれる火の玉がどんどんと空高く吸い込まれるように消えるのを見る。
もちろん、その火の玉は地面から勝手に生まれている訳ではなかった。筒型に張った障壁の中に、攻撃魔法を放つ者がいるのだ。
それはかつて我々を襲って長らく眠った、そして茨をほどいたことにより解凍された魔族の男だ。
なぜこうなったのか。
解放するはずの人物を、なぜ新たな障壁で囲んでいるのか。
その理由は保身だ。文字通りの意味で。
いや、アイテムボックスから男を出していざ解凍しようかとしたら、これ、まずくない? と、たもっちゃんが気が付いたのだ。
天界と言うかレイニーの上司さんにより実装された茨のスキルは、私が攻撃を受けそうになると全自動で展開するシステムらしい。
と、言うことは。茨に巻かれた魔族の男は、攻撃のまさに直前で止まっているはずだ。
そのまま茨をほどいたら、時間と共に止まっていた攻撃が再び放たれる可能性が高い。
鉄壁メガネと強靭な私は攻撃を食らっても大丈夫かも知れないし、自分の安全はしれっと守るレイニーも平気そうな気はする。
しかし、問題はそこではないのだ。
被害が出るかどうかではない。攻撃されたら恐いから、ただただ普通に嫌なのだ。
それに、いーからいーから。まーまーいーから。とりあえず付いてきて。まーまーまーまー。と、あまりにうまく説明できずそもそも説明を放棄した我々が、奴隷とその主たる立場と勢いで押し切り連れてきた魔族の男の姪らしい双子の少女たちもここにいる。
茨から解凍された魔族の男がくり出すはずの攻撃に、彼女らが巻き添えになったらまた話がややこしくなるし、あまりにも可哀想すぎると思うの。
そこで、空ならいいだろと。
あっ! でっかいドラゴン! などと白々しく叫び、たもっちゃんが双子の気をそらす間に叔父の魔族を取り出してレイニーとえっちらおっちら転がした。
今から攻撃魔法でも出しそうに前へ伸ばした男の腕を空に向けて微調整などしていると、コミュ力の限界で早々に双子の少女のところから離脱してきた黒ぶちメガネが周りに丸く天井のない障壁を張る。
まだ茨をほどいていなかったのでこの障壁は一度解除するはめになるのだが、この我々の手際の悪さは元からなので仕方ない。
適当にちぎると言う荒々しい方法で、茨とスキルの効果をほどいて数秒。私の離脱後に張り直した障壁の中から、ぼんぼんと火の玉が打ち上がり始めた。
それはまあそうだろうなと思っていたのでいいと言えばいいのだが、最初の攻撃が打ち上がり、そしてどんどん火の玉が出てきて三十秒ほどで気が付いた。
なんかこれ、全然終わらないなって。
一分経っても二分経っても火の玉は次々と空へ消えて行き、三分辺りで我々は砂の上に革を敷き日傘を差して長期戦に備えた。
「ねー、たもっちゃん」
強い日差しにさらされた謎革の傘の下でぼんやりと、きめの細かい砂漠の砂に体育座りで問い掛ける。
「魔族の魔力ってさ、無尽蔵なの?」
「さすがに無尽蔵ではないと思うけど、何か全然終わんないねぇ」
「攻撃前に練っていた魔力を全て打ち出しているのでしょう。考えての行動ではなく、自分でも止められないだけですね」
花火かと言う勢いで打ち上がり続ける火の玉に、なんなんだろうねとひそひそしてたらレイニー先生の解説がきた。
私と日傘を分け合って隣に座る天使によると、これはそこそこ決死の攻撃とのことだ。
この一連の攻撃が実際に発動する前に茨に巻かれているのを思えば、攻撃対象はやはり私だ。
あの夏の夜、公爵家の庭で。
引き連れていた大量の魔獣が先に茨で巻かれてしまい、魔族の男、と言うか彼に取り付いた悪魔が危機感を持ったのかも知れない。
それでなくてもメガネと私は神に体を作り直されているから、悪魔にしたら存在するだけでも気に入らないらしい。
だから確実に絶対に殺す気で、万が一、途中で魔族の男が使い物にならなくなって悪魔が体を離れても、魔力の限りに攻撃が続く魔法の練りかたをしているそうだ。
なにそれ恐い。
我を忘れた魔族って、心底やだなとさすがに思った。
結局、天に消えゆく火の玉は十分ほども止まらなかった。
十分なんてインスタントラーメンを作って食べてたらすぐにすぎるが、攻撃目的の火の玉がどかどかと撃ち込まれる時間としては相当に長い。
やる気いっぱいじゃねーかと我々はおののき、でもまあ終わったことだしねと気を取り直す。そして、次のことに思い当たった。
これ、こっからどうしよう、と。
「リコ。俺さー、この子らとあの人が身内って話、どうやって説明したら納得してもらえるが全然解んないから任せてもいい?」
「なにを言ってるんだお前は」
私は思わず真顔になって、訳の解らないことを言い出したメガネを信じ難く見た。
「たもっちゃんにできないものが私に説明できる訳ないでしょ。なんなの? 私の成長に期待しているの? 世界がピンチにおちいった時になぜか子供に希望を託すアニメの政府機関なの? 私とあんたは同い年でしょうが」
「えぇ……? 流れるように論破してくるじゃん……。ん? 論破? これ、論破? えぇー……だったらさ、どう? レ……」
「わたくしを見ないで下さい」
どう? レイニーちょっと説明してみない? みたいなことをメガネは言おうとしたのだと思うが、天使の拒絶があまりにもあざやか。最後まで言わせてももらえない。
この期に及んでノープランの我々が、うだうだとそんな会話をする間にも当然時間はすぎて行く。
では時間が経つとどうなるかと言うと、砂漠の高低差でできた割とすぐそこの谷底で魔族の男がめきめきと復活を見せるのだ。
いや、復活と言うか。
寝転がった砂の上で起き上がり、ゴツゴツとした巻きツノが両側に付いた頭を振ったり、背中に生えた黒っぽい羽をばさばさと確認するように動かしているだけだが。
それに、魔族の双子の少女たち。
彼女らは、メガネと私とレイニーがその順番で並んだ横で一緒に体育座りして、私が貸した日除けの傘を差していた。そしてその影の中、金と茶色の入りまじる大きな瞳をぽっかり開き、あぜんとこちらに向けていた。
なんの話をしているのかと、問うかのような表情だった。
そして実際、そんな心情だったのだろう。
少女らはまだ若すぎて、子供とも言える年齢だ。なのにもっと小さい頃から奴隷の身分に落とされて、何年も二人だけで生きてきた。目の前に身内がいると聞かされて、平静でいられるはずもない。
せやろ。
おばちゃんな、そうやないかと思うてたんや。すぐに会わせちゃるけんね。すぐって言うか、目の前にいるけど。
そのために、一体どうすれば自分たちの悪行をごまかしながらに叔父と姪らを対面させて、なおかつこの三人の魔族が間違いなく血縁であるのだと納得させられるのか。
私はなけなしのコミュ力をしぼり出し割と必死に悩んだが、なにも思い付かずに終わった。本当にムダな時間でしかなかった。
なぜならば、彼らは自力で事態を切り開いたからだ。
我々がムダに時間を浪費する間に、男は障壁を抜け出していた。そりゃそうだ。筒状の障壁には天井がなく、魔族の男は飛べるのだ。
そうだった。自分の力で抜け出せるなら、大人しく待っている理由なんかない。
彼は空と雲を背景に上空で数秒留まると、ゆっくりと、迷い迷いにおりてきた。そしてぐらりと金と茶色の不思議にまざった瞳を揺らし、よく似た二人の少女らを見た。




