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262 番号

 じりじりときつく照り付ける太陽は、しかしまだ出発予定の正午の位置にはいくらか低い。

 まだ午前中でありながらすでに日差しの厳しいそんな中、我々は関所の門の外にいた。

 円盤状の形を持ったシュピレンの、中心で重なるように十字に走る大通りの突き当たり。

 円形の都市を円形に囲む長大な壁に、四ヶ所だけ開かれた関所の門はいわば街の玄関口だ。

 砂漠と街とをきっぱり分けた防壁の外にはやはりゆるりと円形を描く護岸があって、今はそのフチにそうようにデカ足と呼ばれる巨大な魔獣が長い体を横たえていた。横たえると言うか、デカ足は無数の足で這う虫なので直立することはないのだが。

 関所の門にほど近い場所はデカ足が発着するために、岸壁が広く作られて人や荷物が移動しやすくなっている。

 我々はそこで横一列に整列し、引率めいた事務長に都合十回目くらいの点呼を執拗に取られているところでもあった。

「右から! 番号!」

「一! タモツいます! 得意な事は料理! 全時空で最も好きなものはエルフです!」

「二番! リコいます! 職業は草むしり! 好きな動物は各種ネコチャンです! サイズ、種類は問いません! ただ、ネコ系の獣族はメンタルが人なので気ぃ使うなって」

「……今度は、何の話を始めた?」

 もはや全然点呼になってない我々を、ガマンできずに事務長が止める。そのタイミングで承服しかねると言うように、不満をこぼすのはレイニーだ。

「これ、わたくしも流れに従うべきですか?」

 ううん。

 別に好きなものを叫ぶ流れなどはない。

 メガネと私はなんかこう、いるかいないか何度も確認されすぎて段々と遊びたくなってきているだけだ。

 ホテルを出てからここまでくるのにふらふらと、あっちこっちで迷子になり掛けては騎士たちなどに捕獲され、そしてそのたびに点呼を受けているのでさすがにあきた。

 いや、シュピレンも今日で最後かと思うとさ。気になるじゃない。

 通りに面した商店の、店先に垂らした日除けの布のその奥にまだ見ぬなにかがあるような。興味が沸き起こって尽きないじゃない。

 まあ、それも我々が徒歩だったせいだが。

 騎士の馬やノラのドラゴンはデカ足の気配に慣らすため、昨日からこの岸壁に連れてこられて一晩をすごした。

 要人の警備や我々の監視にホテルに残った騎士でさえ、馬が足りずに歩いて関所に向かう者もいるほどだ。小市民である我々が歩きなのは当然である。

 ただし、ローバストの領主夫妻やご老体のヴァルター卿は普通にノラのドラゴン馬車で運ばれた。なんかわざわざお迎えにきてた。

 まあ、解る。彼らをこの炎天下に歩かせるのは、さすがに私もどうかと思う。

 しかし、わざわざ関所まで運んだ全ての馬を、迎えのためにホテルまで引き連れてくるのは効率が悪い。

 そこでドラゴン馬車の警備から外れたローバストや公爵家の少数の騎士と、テオのお兄さんとその部下たちは、ふらふらしたメガネや私、それにぴったりと付いて行かねばと思い込む天使や子供やトロールや魔族の双子のお守りをしながら共に歩くことになったのだ。どこまでも貧乏くじである。

 あと、急激に今思い出したが、街を出る前に冒険者ギルドに立ちよって草でも売ろうと思ってて、完全に忘れた。

「こりゃまいったぴょん。これ、あれじゃない? たもっちゃん。またノルマ的なやつがギリギリになるパターンじゃない?」

「リコ、真顔でぴょんはどうかと思う。あれだね。ちょっと今から売りに行く? 出発までに戻ってくればいいんでしょ?」

 そこはほら、俺のドアがある訳だしさ。よゆーよ、よゆー。ただちょっと、我々が関所の門をもう出ててデカ足が発つまでに街のギルドと往復するには普通なら全然時間が足りなくてバレると不自然すぎるってだけで。

 そんなよからぬ話をひそひそと交わし、顔面から圧を感じる事務長に強く止められるなどしていると、うちの子が謎革の帽子とマントの下から手を上げる。

「じゅげむいます。きんちゃんもいます。すきなものは……えっと、たもつおじさんのごはんです!」

 律儀に点呼の順番を待っていたらしい。

 かわいい。

 これに続いて若干の心の距離を思わせる戸惑いを見せつつも魔族の双子が自分たちの名前と好物を告げて、今回の点呼は完了となった。すっかり純粋さを失った天使とは違い、新加入の魔族の少女らは空気を読んだ。

 魔族の双子は二人そろって三角に折ったスカーフを頭にかぶせてあごの下でぎゅっとして、ざっくりとした長袖ワンピに簡素なエプロンを着けていた。

 旅の荷物に体育着でも入ってそうな小さいきんちゃく袋を片手で抱いて、そっくりな魔族の姉妹は空いた片手で手をつなぐ。まるでおとぎ話のキャラクターのようだ。

 ちなみに普段の行いなのか、テオはそもそもこの点呼の列に並ばされていなかった。私知ってる。差別って言うんだ、こーゆーの。

 シュピレンの街から借り受けていたキャッシュレスの魔道具を忘れずまとめて返却し、忙しそうな事務長に「せんせー、おやつはいくらまでですかー」とか言ってうっとうしがられながらに我々はぼーっと時間がすぎるのを待つ。

 港めいた岸壁にデカ足はもうスタンバイしているが、まだ乗客を乗せてはくれない。

 今は焼き付くような日差しの中を筋肉質の男らが忙しそうに駆け回り、ムカデの背中に荷物をどんどん積み込んでいる段階だ。

 人間の搭乗は荷物のあとだが、客たちは乗り遅れないようにすでに周辺に集まっている。そしてぼーっと待つのにあきて、防壁の外に立ち並ぶ小さな賭場にふらふらと吸い込まれる姿があちこちで見られた。

 直射日光から逃れたいだけの客もいるのだろうが、店に入れば賭けない訳にもいかないだろう。完全に思う壺である。

 こんな所に店を作って客がくるのかと思っていたが、抜かりなくすき間の客層を狙い撃ちしていたのだ。

 我々はレイニーの周りにぎゅうぎゅう集まりエアコン魔法で涼むなどしながら、ヒマを持て余した客たちが順調に財布の中身を溶かし行く様を憐れんだ。

 こうして人や荷物が待機している岸壁は、人の背丈ほどの段差を持って砂漠に面する。

 デカ足の長い体が列車なら、岸壁がホームで砂漠は線路があるべき位置だ。デカ足は無数の足で自走するので二本の線路は必要ないし、その先に広がっているのはどこまでも見渡す限りに灼熱すぎる砂漠だが。

 そんな、ホームで停車した列車のようなムカデをぼんやり見ていると、荷物を固定するために何本ものベルトを巻かれた長い背中に日除けのための簡易テントやそこそこちゃんとしてそうな小屋がいくつも建てられていることに気付く。

 前に乗ってきた時はそんなものはなかったが、そう言えば真夏にはテントを配ると聞いたような気もする。しかし、小屋は初耳だ。

 あんなのもあるんだねえとぼけーっと感心していたら、領主夫妻や老紳士のために小屋をレンタルした事務長が簡易テントは無料だが小屋を借りるとまあまあの料金が掛かると教えてくれた。世知辛い。

 しばらくすると荷物や馬車、馬などがデカ足に積み込まれ、人の搭乗も始まった。

 待ち時間で溶かした金額に遠い目をした客たちにまざり、我々もムカデの背中に乗り込もうとしていた頃だ。

 関所の門をぞろぞろくぐり、男ばかりのいかつい集団が現れた。

 彼らはみなよく日に焼けて、重たげな筋肉の付いた体を頑丈そうだが古びたシャツと少し短い吊りズボンに包む。足には革のサンダルを、付属のヒモで脱げないようにしっかりくくり付けていた。

 似たような格好で似たような色合いの似たような体付きの男らは、少し立ち止まってきょろきょろするとふと金ちゃんを指差した。そして一気にこちらへ近付いてくると、いきなりに言った。

「おぅ、六ノ月にブーゼ一家へフェアベルゲンを持ち込んだのはアンタらぁで間違いねぇかい?」

 彼らは、ブーゼ一家に所属するフェアベルゲンの猟師だと名乗った。

 だとしたら、身に覚えはすごくある。

 この街へきたしょっぱなに、我々は燃料油の原料になる巨大な魔獣をブーゼ一家に売っているのだ。なりゆきともったいない精神がそうさせただけだが、本職にしてみたらおもしろくはないかも知れない。

 最後の最後の今になり、そのツケがきてしまったのだろうか。

 なにこれ恐いと我々がいたいけな草食動物のように震えていると、彼らの中から一人の男が前に出た。

 それは若者と中年がほとんどの集団の中に一人だけ、赤みの強い茶色の頭をほとんど白くした老爺だ。

「身構えなさんな。まぁ、最初に素人がフェアベルゲンに手ぇ出しやがったって聞いた時にゃ、殴ってやろうかと思ったけどよ」

 老人は日に焼けた顔でカラリと笑うが、なだめる口調でありながらセリフが全然安心できないのはなぜなの。

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