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261 インテリ

※軽率に奴隷を売買します。ご注意ください。

 解ってる。

 すぎたことを言っても仕方ない。

 今のは単にレイニーも私も、責任の所在をどうにか人に押し付けたかっただけだ。

 しかし、改めて考えてみればメガネの発案にも一理ある。

 仮にも知的生命体を一人、アイテムボックスの奥底で忘れたままに一年も死蔵した罪がうやむやになるならありがたい。

 我々は、私利私欲により覚悟を決めた。

 よっしゃ魔族買うたろ、と。

 魔族の男の二人の姪を味方に付けて、いや、最悪味方にならないとしても、奴隷の身分から救い出した的な恩を着せ一年ぶりに目覚める叔父の機嫌を取れたら上等ではないのか。

 そのためならば、軽率に奴隷を買うくらいがなんや。

 シュピレンの高級ホテルのその地下で、地下と言う響きに反して健全に洗濯係として働かされる少女らを、金に物を言わせて買うたらええんや。

「わたくし、そう言うのいけないと思います」

 全身からとめどなくにじみ出る我々のゲスさを、レイニーは優等生みたいなセリフで責めた。まあ、解る。動機も手段も、とてもほめられたもんじゃないだろう。

 けどなんか。なる早で奴隷をなんとかしようとしたら、やっぱ結局は金やでと。

 なけなしの良心を天使の真顔にちくちくつつき回されながら、メガネと私はシェフを呼んでくれたまえとばかりに支配人を探した。


 その商談は、客室のように飾られた、小じゃれた支配人室に場所を移した上でなされた。

 この大陸に存在しているどの国も、魔族との交流は皆無だそうだ。

 そのため魔族の奴隷は恐らく貴重で、欲しいと言ってもすんなり売るとは限らない。

 内心でそんな心配をしていたが、大丈夫だった。支配人、普通に売った。

 そもそも魔族の双子は高級ホテルのオーナーの、バカ息子がどこからか買い求めてきたらしい。

 めずらしいからきっと客が押しよせてくるぜと張り切って、バカ息子も最初はカジノの舞台に二人を上げた。

 しかし、そこは人族とも獣族とも相容れぬ魔族だ。

 魔族て。しかも子供て。子供カジノで踊らすて。

 高級ホテルの上品で保守的な客層と、双子が買われてやってきたのが五、六年も前で、幼すぎたのもあったのだろう。

 押しよせるはずのお客はむしろドン引きで、一時はホテルの経営が傾くほどに人の足が遠のいたとのことだった。

「ですからねぇ」

 と、ぽっちゃり体型の中年とおぼしき男性が、デスクの向こうのイスに腰掛けうんざりしたような顔をする。

「他に売ろうにも悪評が先に立って売れなくて。その上、大金はたいたもんだから安く売るのも放り出すのも嫌だと、バ……オーナーのご子息が」

 バカ息子って言おうとしたな。

 バカ息子って言おうとしたね。

 たもっちゃんと私はそこだけ鋭敏に感じ取り、わかるわかると言葉には出さず完全に同意してうなずいた。

 つまり魔族の双子は見世物にもできないし、お客が逃げる悪評のせいで高くは売れない。安値を飲んで転売しても、損が出る。

 だからとりあえず仕方なく、客の目のないバックヤードで魔力を使って洗濯物を洗浄するお仕事をさせていたとのことだ。

「では、お値段は二人合わせてこの辺で」

「うわー、魔族たっか」

 ぽっちゃり支配人から提示された金額にうちのメガネがおどろいて、まるで雑談のついでのように商談が始まる。

 まあ、それはいい。

 我々はそんな交渉の様子を客室のように飾られた、それでいてオフィス感のある支配人室のソファに座って見守っていた。本当に、ただ見てるだけである。だが。

 支配人のデスクに対して横向きに置かれた長いソファは二つあり、その片方にメガネと私とレイニーがその順番で腰掛ける。そしてそれと向かい合わせに置かれたソファに、ローバストの領主夫妻の姿があった。

 なぜなのか。

 いや、我々が魔族を買うと聞き付けて、わざわざ見物にきたのは解る。しかし退屈なのかなんなのか、支配人とメガネが話す横からやいやいと「魔族とはいえ人の値段を高いとは。彼らも変わってしまったものだ」「魔族だけ? ネコチャンたちは買わないのかしら?」などと、好き勝手に言っていた。

 あとこれは本題とは全然関係のない話になるが、ネコチャンを売っているなら私のお小遣いをはたいてもいい。

 不思議なもので、最初はのんびり地味すぎて逆にラスボス感があるとまで思った夫も、銀髪まじりの黒髪がゴージャスな悪役めいた美しき妻も、あんな騒ぎがあったあとだとなにを言っても冗談に聞こえる。

 領主夫妻の背後に控えた事務長と、護衛の騎士の表情がなんとも言えず複雑そうに見えるのは思い込みだろうか。

 そんな少々特殊な状況で支配人とメガネは話し合い、最終的にはレイニーがほとんど使わず持っていたシュピにメガネと私が街を出るまでに使い切らねばと懸命に減らしたシュピを合わせて、さらにブルーメの金貨を何枚か吐き出した金額で魔族の双子を譲り受けることで合意した。

「いや、待てやレイニー」

 私はソファで支払いの話を聞きながら、大変なことに気が付いた。

 シュピレンの独自通貨は街の外に持ち出せず、換金手数料がアホほど高いからどうにか使い切って行こうぜと。あれほど話し合っていたじゃない。それを出発前夜のこの段階で、ほとんど使ってないとかお前。

 なに考えてんだと責める私にレイニーは言った。

「だって、使う機会がなかったんです。ですが、あってよかったでしょう? 結局、今使いましたし」

 使ったぶんは、同額の金貨で補填してくれれば結構。利子は取らぬ。なぜなら私はゲスではないから。

 こともあろうにレイニーは、そんな感じでキリッと恩に着せてきた。なぜだろう。この取り澄ました天使のぶんのごはんだけ、激辛タバスコを仕込んでやりたい。


 こうして取り引きは双方合意にはいたったものの、実際の売買は明日になった。

 ほとんど従業員のようではあるが、奴隷である魔族の双子を所有するのは書類上、バカ息子ではなくその親であるオーナーの名義になっているらしい。

 奴隷と代価をやり取りするのは、一応そちらに話を伝えてからになるようだ。

「実はさー」

 と、ホテルの部屋に引き上げてあとはもう寝るだけと言う頃に、支配人との交渉を実際に担当していたメガネから聞かされた。

「最初は、最後に決まった額よりも全然高かったんだよね。提示額」

 双子の魔族に関してはバカ息子の意向もあったのだろうが、それにしても高額すぎた。絶対に損はせぬ。むしろ利益を出してみせるみたいな、力強い気迫を感じるほどに。

 けれどもそれが交渉途中にローバストの領主夫妻が見物にきて、やいのやいの言ってる間にどんどんと嘘のように金額が下がった。

「なんで?」

「いや、値下げしろとかは全然言ってないんだけどさ。あの二人、ここの従業員にカモにされ掛けてたじゃない? そのせいで一時は行方不明になってたし。直接関わってないっつってもさ、もし責任を問われたら支配人もただじゃ済まないんじゃない? あの場に伯爵とかがいるだけで、生きた心地しなかったと思うよ」

 その結果、ぽっちゃりした体を縮こまらせて支配人は空気を読んだ。具体的には値下げの形で。

「圧力って、あぁやって掛けるんだねぇ」

「そんな勉強になるみたいなテンションで……うちのメガネがカタギのメガネからインテリメガネになってしまう……」

「ねぇ、多分だけどそれ合法じゃない業界のインテリだよね。ニュアンスが。ねぇ。やめて。あの業界コミュ力が命じゃん。やめて」

 なんだかあわてたメガネの声を聞きながら、私は高級ホテルのやたらとふかふかの高級寝具に包まれて半分眠った頭で思う。

 変なこと言わなくてよかったと。

 確かに魔族の奴隷を取り引きするのはめずらしいだろうが、ぽっちゃりとしたおっさんと黒ぶちメガネのおっさんが金額を細かく刻むのを見てても別になにもおもしろくはない。

 それをにこにこと眺める夫妻の姿にヒマなのかなと思っていたが、口にしなくて本当によかった。よく解らんが、危機一髪だった。

 そんなことを思いながらに眠れぬ夜をスヤアとすごし、翌日はホテルのルームサービスと勝手に持ち込んだふかふかのパンを合わせると言う悪行で朝食を済ませた。

 約束通りに支配人を大金でひっぱたき、旅支度を整えた魔族の双子の身柄を受け取る。

 残念ながら夜勤シフトのネコチャンとライオンの男には挨拶せずに発つことになったが、我々は最後の最後に所有する奴隷を軽率に増やし、けれども大まかには無事にブルーメからのお迎えやお兄さんに保護されたテオなどと一緒にシュピレンの街を出ることになる。

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