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260 カモ

※サブカルに毒された現代日本人による一部の奴隷へのかたよった先入観。また、双子に対する人権的残酷描写があります。あくまでファンタジー設定上の描写です。ご注意ください。

 その後、領主夫妻をカモにした従業員は捕まり、ネコチャンへの純情をもてあそばれたと訴える夫妻の私怨と強い要望でこれからいい感じにきつい強制労働が課せられるそうだ。

 身分ある人を二人も連れ去ったにしては処分がぬるい気もするが、結果を見れば夫妻は無事だし、カモった相手が思ったよりもえらいと気付いた犯人も二人を持て余し結構丁重に扱っていたとのことだ。シーツと一緒の部屋に置いてはいたが。

 そのため危機感が薄いのか、この騒ぎの中心であるローバスト伯爵夫妻は救出された直後でさえも「大袈裟だな」「大袈裟ね、あなた」みたいな感じでおっとりと落ち着いたものだった。

 ローバスト組は全員がそうだが、特に全然落ち着けないのは領主夫妻を見失ってしまった騎士や侍女たちだろう。嫌疑を解かれてホテルの部屋から出されると、彼らは蒼白になりながら夫妻本人に不手際を詫びた。

 そもそも夫妻がのこのこ付いて行きさえしなければこんな騒ぎにはならなかったと思わなくもないが、それはそれなのだ。だって夫妻は貴族のえらい人なのだから。

 それに、悪いのはネコチャンの密売を持ち掛けた詐欺師だ。

 詐欺師なので詐欺であり、密売されるネコチャンはいない。だが、それは結果論である。どこかに苦しむネコチャンがいるなら、我々は飛び込まずにいられない。だってネコチャンはかわいいのだから。

 そんなネコチャンの罪深さに思いをはせるかたわらで、今回は金が目当ての詐欺師だったからよかったものの、領主夫妻の身柄か命が目的だったらどうするんだと。

 私でさえもそれなと思う正論を事務長が口を酸っぱくして言い続け、領主夫妻失踪事件の騒動は終わった。かに思われた。まだだ。

 この非常事態が急激に収束する前のことだが、デカ足の所へ先発していた騎士たちも呼び戻されていたらしい。

 彼らは、全部終わって捜索に手を貸してくれていたヴァルター卿や、アレクサンドルとその部下たち、そして公爵家の騎士などに事務長が頭を下げて回っていた頃に駆け付けた。

 まだ主人の無事を知らないローバストの騎士を中心に、必死の形相のむきむきした男らがどこだどこだなにがあったとエキゾチックな雰囲気を品よくまとめた高級ホテルにどかどかと詰め掛け、時間差でまたちょっと別の緊迫感を出した。

 ごめんな。それ、もう終わってる。

 そう伝えた時の複雑な、どこか悲しげな彼らの顔が忘れられない。それを含めて誰も得せず、ただただムダな事件でしかなかった。

 ――だが、一つだけ。

 この騒動で進展したことがある。


 話は少し前後してしまうが、領主夫妻を探すためホテルの地下に足を踏み入れた時のことである。

 客にしては遠慮なくバックヤードに入り込んだ我々を、なんだなんだとざわめき眺めるスタッフの中に彼女たちはいた。

 最初に気付き、思わずと言うように声を上げたのはうちのメガネだ。

「魔族じゃん」

 褐色に波打つ髪は襟足の辺りでそろえられ、一見すると人族の少女めいていた。

 だがその頭の左右には、小さいがごつごつとした質感でアンモナイトのような巻きツノ。加えてエプロンの下からのぞく質素な服の襟元に、なんかあるなと思ったらふぁっさーと髪と同じ色合いの豊かな毛が生えている。

 人間の感覚を押し付けるようだが、少女の顔に豊かな胸毛はなかなかインパクトある取り合わせだった。ワンピースのような服の下には尻尾も持っているかも知れないが、今は見えないし、それはさして重要ではない。

 人と獣の特徴を併せ持つのが魔族の特徴であるのだと、いつだったか聞いた覚えがあった。だとしたら彼女らは、頭のツノでもう充分に間違いなくその条件に当てはまる。

 少女らは双子のようだった。

 彼女らの細い首には首輪があった。それもただの鉄の輪っかではなく、込めた魔力が光を放つ魔道具の首輪だ。その存在は明らかに、よく似た姿の二人の少女が奴隷の身分であるのだと教える。

 そしてやたらと高い魔力を駆使し、なぜか洗濯係として働かされていた。

 たもっちゃんと私はそのことに、神妙な顔でぼそぼそと言い合う。

「十代の女の子で双子で半獣で奴隷って。設定が渋滞してると思うんだ、俺」

「解る。オーバーキル感がある」

 しかもこの世界では人族と魔族に交流はないので、魔族の奴隷はめずらしいはずだ。

 それを洗濯係って。

 このレアさを活かせる場所がほかにあるのではないかと、汚れた心で思ってしまう。

「いや、そのほうが洗濯係よりいいって訳じゃないんだけど、何か。何かね。ついね。つい。思っちゃう。待って。レイニー。待って」

「そう、思っちゃう。これはしょうがない。こっちはね、実在する青少年よりも非実在の青少年の健全を守らんとする世界線からきてんだよ。しょうがないんだよ。やめて、レイニー。そんな目で見ないで」

 違うの。付加価値の付いた奴隷っつったら、もっとこう。あらゆる、そしてよからぬ手段で利益を追求するものではないかと思い込んでしまっていただけなの。

 ゴミでも見るかのような表情で視線をよこすレイニーに我々は必死で言い訳をしたが、発想がロクでもなさすぎる自覚はしている。

 ともかく、こんな所で見知らぬ魔族に出会うとは本当に思ってもいなかった。

 しかも、――これはメガネの軽率なガン見で解ったことだが。

 彼女らは、我々に取って見知らなくないほうの、私のアイテムボックスに大切にしまい込みすぎて若干また忘れてしまってた魔族の男の姪と言う名のお身内らしい。

「いやいや、たもっちゃん」

 さすがの私も、これには半笑いで首を振る。

「その偶然はさすがにねえわ」

 領主夫妻が発見されて緊迫感がいくらか薄れたホテルの地下の片隅で、一緒に屈み込むレイニーと私に額をくっ付けるようにして。

 あっちの魔族とこっちの魔族の関係性を緊張にひそめた声で打ち明けたメガネは、それを笑った私にきゃんきゃんと反発してわめく。

「だってホントだもん! だってホントなんだもん! ガン見したらそう出たもん!」

 なぜ信じないのかと、でっかいト●ロを見た幼児のようなだだをこね、しかしすぐにはっと周囲を気にして声を落とした。

「何かね、何かね、魔族って基本この大陸じゃなくて別の大陸で暮らしてるんだけど、あ、その前にね、魔族って双子は育てないらしいんだ。何でかは知らないけど。それであの子らだけ捨てられようとしてたのを、母親――アイテムボックスの人のお姉さんなんだけど。その人があの子らと魔族の大陸を出て逃げたみたい。それでね、それを知った弟の、アイテムボックスの人がお姉さん達を追っ掛けてこの大陸まできたっぽい」

 だから今、この人族と獣族ばかりの大陸に複数の魔族、それも親族が集まっているのはある意味で必然であるとメガネは語った。

「なるほど、解らん。全然解らん」

 私の理解力に問題がないとは言い切れないが、絶対にメガネの話も雑すぎる気がする。

 本人もその自覚はあるようで、「しょうがないんだよ」と悲しげに言った。

「全部読むのめんどいんだよ。ガン見。あ、でね、でね、相談なんだけど。とりあえずさ、あの子たち買い取って保護しとかない? それで身内枠として、アイテムボックスの人の怒り治めてもらいたくない?」

 早くリリースしなきゃと思うだけは一応思っていたのだが、色々あって忙しく、あんまり忙しくない時にも思い出さず今になり、先送りにしてきたアイテムボックスの魔族の男。

 その、喉に刺さった魚の骨より忘れがちだった懸案がここへきて変化を見せようとしている。そんな空気を肌で感じて、私はしっかりとメガネの目を見てうなずいた。

「さすが。たもっちゃんのやり口が卑劣」

「待って」

「タモツさん、そう言うのは思っていても口にしてはいけません。口を噤んで、露見しない様に立ち回るのです」

「……ねぇ、天使って何なの? ねぇ」

「てことはさー」

「リコ。俺ちょっと傷付いてるけど。あと、普通にレイニー恐いんだけど」

「私らがその叔父さんをもっと早く解放してたら、あの子らももっと早く自由になってたかも知んないってこと?」

 そもそも魔族の男を死蔵することになったのは、人族にも獣族にも受け入れられない魔族を一人、この大陸で自由にしたらロクなことにならない懸念のためだった気がする。

 しかし、それは正気を取り戻した魔族が故郷の大陸に帰るはずだと思い込んでの判断だった。この大陸に留まって姉や姪を探す目的があったなら、そのほうがより厄介ではあるが、前提からして間違っていたのは確かだ。

「でも、そんなの知りようがなかっ……あっ」

 たもっちゃんの傷付いた心に構わずに私がていした疑問に対し、反論し掛けたメガネの言葉が不自然に途切れる。途中で気が付いてしまったのだろう。看破スキルで見ておけば、そんなの簡単に解ったはずだと。

「やっぱり、たもっちゃんがちゃんとガン見しないのがよくないと思う」

「またですか、タモツさん」

「二人共こんな時だけ息ぴったりじゃん……」

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