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259 写しても写しても

 写しても写しても写本が終わらず、ネコチャンとも遊べない。

 もうすぐ街を離れる今になり、なぜこんな苦行を強いられているのか。引き受けたのは私だが。

 追い詰められてなにも解らなくなった私は、写本の期限を延長したい一心で問う。

「ねえ、よく考えたらデカ足で戻らなくてよくない? たもっちゃんがなんとかすれば、その移動時間のぶんだけまだシュピレンにいられるんじゃない?」

 ドアのスキルとか、ドアのスキルとか、それか空飛ぶ船とかで。

 ホテルに備え付けられたテーブルに借りた本や皮の紙を広げ、インクのにおいがただよう部屋でメガネがお茶を入れながら答える。

「でもこの街ってさ、基本デカ足で出入りするじゃない? 砂漠の民は別だけど。それがこの大人数でさ、デカ足使わずにどっか行ったってなったら多分、凄い騒ぎになっちゃうと思うよ。ローバストの領主さんとかもいる訳だから。あと、船には普通に全員乗れない」

「ボロ船め」

「やめて。俺の咸臨丸を流れるようにディスったりしないで」

「おい、手を動かせ。このままだと本当に終わらなくなるぞ」

 いい香りのお茶を配るメガネと無意味な争いをしてると、テーブルに向かう私の横で同じようにペンをにぎってテオが言う。

 写本ができるようになったと言っても、私のは思いっ切りスキルだけが頼りだ。

 本来はテキスト翻訳のはずが、元の文章をそのままうっすらお手本的みたいに紙の上に投影できてそれをなぞっているだけの。そして機械的になぞるだけなので、スピードに関してはいたって普通の。

 ていねいさを捨てれば多少は速く写せたが、それでも間に合わないと察したのだろう。

 割と最初の段階でテオが手伝いを申し出て、開いた本の右のページを引き受けてくれた。私の担当は左だそうだ。お陰で、二人掛かりの倍速である。しかも若干テオの仕事が早い。

 ページごとに筆跡が変わってしまうので本来こう言うことはしないものだそうだが、しかし、間に合わないよりはいい。事務長的には内容が正しければ構わないそうで、とにかく正確性とスピード重視でなんとかしたい。

 手伝わないのになぜか付き合い部屋にこもったメガネや天使やトロールや子供と、こうして自由時間の最後のほうはなんの自由もなくすごした。納得はしてない。

 写本班は大体みんな終わらねえ終わらねえとやばさでひとり言が多くなり、それ以外の人たちも忙しそうだった。

 事務長も読書しながらしっかり指示はしていたが、実際に荷物をまとめて準備する人たちはもはや戦場。

 ローバスト領主の奥方様に付いてきた侍女らしきご婦人が、手際が悪いとむきむきの騎士たちを叱り飛ばすのを見た時はさすがに本を放り出して手伝う事務長の姿が見られた。

 しかも、総出で準備してても忙しいと言うのに、街を出る前日の昼には貴重な筋肉たちがごっそりと減った。

 馬やノラのドラゴンを巨大な魔獣であるデカ足のそばで慣らすため、全体の半数ほどの騎士たちが出払ってしまったからだ。

 思えば、そのことも一因であったのだろう。

 テオたちとへろへろになりながら、どうにか写本を終えたのは出発前日の夜だった。

 勝因は、本の厚みから覚悟したほどページがなかったことである。

 なんで人の上半身ほどもある巨大な本を作るのかなと思っていたが、魔獣の紙には厚みがあって一冊にとじられる数がきっと多くないのだ。だから一枚一枚の面積を広げ、内容を増やす。のかも知れない。知らんけど。

 とにかく、ギリギリながらもなんとかなって、事務長も見事四冊の本を読破。だがさすがに外出まではできないと、本の返却はレイニーと私が引き受けた。おやつで。

 そして根を詰めてへろへろの私と特に手伝ってくれなかったためにムダに元気なレイニーがお使いから戻ってくると、その時にはもうすでにホテルの中が大騒ぎになっていた。

 偽装ながらに慰安旅行を主にカジノで満喫していたはずの、ローバスト領主夫妻が二人そろって姿を消してしまったからだ。


「なんで?」

 大変だ大変だこの世の終わりだと言う勢いで、右往左往するローバスト組を前にしてぼけっと言ってしまったのは私だ。

 別に質問のつもりはなくて、訳が解らず思わず口から出ただけだ。しかしそれを聞き付けて、めずらしく表情がぐるぐると動揺している事務長がキレた。

「知るか! こっちが聞きたい!」

 そりゃそうだ。原因が判明していたらこんなにムダに右往左往してないし、対処の取りようもあるだろう。

「いやでも、消えます? 騎士とか侍女さんとかいたんでしょ?」

 騎士や侍女がどうにかされたか、一緒に消えたのならまだ解る。

 でも領主夫妻を護衛していた騎士も、主に奥方様のお世話をするため常にそばを離れない侍女も、無事だった。今は、このホテルの一室で閉じ込められているとのことだが。

 彼らが閉じ込められている理由は、状況的に最も疑わしいためだ。

「護衛が無事で、領主様ご夫妻だけが消えるはずはない。だが、彼らが手引きして何者かに引き渡したなら別だ」

 ローバストで最も重要な、領主夫妻の近くにいたのだ。信頼できる人材のはずが、それを疑わねばならないとは。と、事務長の顔はどこまでも苦い。

 ヴァルター卿や騎士を率いるアレクサンドル、公爵家の騎士たちもおしまず手を貸し夫妻の行方を探しているが、どこへ消えたか皆目見当も付かない状態らしい。

 なるほど、困る。それに、普通に心配だ。

 これはもう、ガン見するのが早いなと。

 私はテオや金ちゃんと子供を連れてどっかへ行って、いまだ戻らないらしいメガネをアイテムボックスの新着通知で呼び出した。

「いやー、何かー」

 と、程なくホテルに戻ったメガネは語る。

「ブーゼ一家にさー、石窯置いてきたじゃない? それがさ、ピザの生地が上手く焼けねぇっつってさぁ。どうなってんだって若い奴らに連れて行かれてたのね。それで、何が違うのかなーって思ったら、生地発酵させてないの。そもそも酵母渡すの忘れてんの俺。いやー、すげー文句言われる言われる」

「たもっちゃん、そうじゃない」

 私もね、どこに行ってたのかなと思ってはいた。でも今はそれじゃねえ。

 要人が夫婦そろって姿を消して、同行者とホテル側がピリピリしてるこの場所で逆によくそんな報告できたな。

 事務長やヴァルター卿やテオのお兄さんなどのブルーメの客たちだけでなく、レイニーや私でさえもなんなんだお前はと言う目で見ていたが、たもっちゃんは平然としていた。

「解ってる解ってる。あれでしょ? 何かこう、いなくなっちゃったんでしょ? そこで出番なんでしょ? この俺が」

 はいはい承知しておりますよとばかりにメガネはやたらと余裕にうなずくと、きらびやかに飾られたホテル一階カジノのフロアをいきなり遠慮なく突き進み始めた。

 フロアの端で完全に壁と同化した扉を開くと、細長い小部屋に入り込む。壁際にワゴンが並ぶその場所の、端の階段を地下へおりると厨房や洗濯室の設備が固められたバックヤードになっていた。スタッフのロッカールームや倉庫なんかもこの地下にあるらしい。

 なんだなんだとざわめくスタッフ。困りますお客様と追いすがる支配人。この忙しいのに面倒を増やすなみたいな感じで一応付いてくるブルーメの客たち。あらごとになってはいけないからと、子供と金ちゃんはテオと地上に残された。

 なにも信用されてないそんな中、たもっちゃんがドヤアと開いて見せたのは階段を地下へおりてすぐの扉だ。

 まあ、扉に鍵さえ掛かっていないシーツなどが納められたその中に普通に領主夫妻の姿があって、やべっ、見付かった。みたいな顔を本人たちがしていた訳だが。

 大騒ぎして探していた要人をあっさり見付けた功績でメガネは大層感謝されると言うことも別にこの場では特になく、なにをお考えなのですか! とめちゃくちゃキレた事務長の声が領主夫妻に浴びせられることになる。

 事務長て、領主さんとか奥方様が相手でもあの感じで行くんだなあ。

 夫妻による大体の話では、カジノでネコチャンにおやつを与えるなどしているとホテルの従業員らしき男に声を掛けられたらしい。

 飲み物を運ぶように見せ掛けて近付いた男は、夫妻にこう持ち掛けた。その魔獣、お譲りできますよ。――と。

 ただし表立ってできる取り引きではないので、少し裏にきて欲しい。誰にも見付からないように。そんなことを言われて、二人はふらふら自ら付いて行ったのだ。

 密売を持ち掛けられて付いて行くとはなにごとか。事務長はそんな至極真っ当な諫言をしたが、領主夫妻は妙にキリッとした顔で密売業者からネコチャンを救い出さねばならないと思った。そう、正義のために仕方なかったと堂々と答えた。さすが沼の住人である。

 ネコチャンはしょうがないと思いそうになったが、あとで聞いたらネコチャン魔獣の取り引きは別に禁じられてないらしい。

 なんかそれ、詐欺じゃん。

※なお、動物の皮を加工した紙の厚さは本の種類、用途、サイズ、職人の腕によって変動します。(作中の知識や主人公の持論が正しいとは言ってない)

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