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258 自由とは

 生ものが嫌いなペンギンに異世界タコ焼き改め白旗焼きを渡すなどして、我々の発注に関しては一旦保留とすることを伝えた。

 頼んでいた中にはTシャツのほかにも試作段階のジャージもあったが、ゼルマのTシャツを作り、さらに休息してからで構わない。

「あ。あと、俺ら二、三日中に街出る事になりました」

「えっ」

 そう言えば、これも伝えとかなきゃと。

 たもっちゃんがしれっと告げたしばしの別れに、いいお肉を内側に秘めた異世界タコ焼きをついばんでいたクチバシが止まる。

 そんな……と小さく呟いたきり絶句しているペンギンは、きっと不遇の時代が長すぎたのだ。

 思考がネガティブに染まり切り、我々がもう二度と戻ってこないと確信するかのようだった。痩せた体からはたるたると、どんよりとした空気がしみ出している。

 対してこのやり取りに、ふくよかすぎる顔面をニタアと笑顔にゆがませたのはゼルマだ。

「おやおやあ、心配はいりませんよお? あんたがたの留守中も、獣族の職人はハプズフト一家がしっかり保護させてもらいますからねえ」

 そう言ってふくふくとした手の平で、ゼルマは痩せたペンギンの肩らしい肩のない肩の辺りをばしばしと叩く。

 ペンギンも、そう言えばこいつも太い客だったと思い出しでもしたのだろうか。

 特に抵抗する様子も見せず、むしろちょっと自分から体をよせてさえもいる。収入源がまだあったと言うことで、思わずほっとしているのかも知れない。

 解るよ。お金って、大事だものね。

 ただ、キミが今すごく痩せてるの、多分ゼルマの仕事のせいだけれども。

 私たちのせいではないと強く信じたいところだが、我々の目の前でまた一人、力なきシュピレンの住人が強欲な一家の歯車へと取り込まれてしまったような気がする。

 そんな話がわちゃわちゃと。

 なにも大丈夫な感じはしないがなんとなく一旦落ち着いたところで、ふと気付く。

 そう言えば、仕立て屋の主人であるイタチの姿を見ていない。留守なのかなと思ったが、探せばそこそこ近い場所にいた。

 我々の腰ほどまでの小柄な体でいつの間にかにメガネや私の背後に回り、見下ろす騎士に囲まれながら仕立てた服をじゅげむに試着させている最中だ。

 腕を上げたり下ろしたり、その場で子供に足踏みさせて服の様子を確認すると仕立て屋のイタチは満足そうにうなずく。

「ん、よさそうだな」

「仕事がお早い……」

 割と騒いでいたほうだと思うがそんなこちらに一切構わず、自分の仕事だけを優先していたイタチの姿にこれぞプロだと我々は震えた。

 イタチは自分が小柄な種族と言うこともあり、小さいサイズの服を仕立てるのが得意とのことだ。なんかもー、ついでだし。と、子供服を何着か頼んであったのだ。

 獣族の街の獣族の仕立て屋で人族の服を仕立ててしまうと職人の住み分け的によくないのかしらと思わなくもなかったが、我々はすでにTシャツをさんざん仕立てているので手遅れである。

 仕立てた服の代価を払い今できているTシャツも引き取って帰ろうかとしたら、しかしそっちのほうはできてなかった。

「ゼルマの旦那で手一杯でよ」

 と、語るイタチの話によるとゼルマから特大Tシャツの注文がごりごりと入り、なるはやでそちらの仕事をこなしたもののペンギンが道なかばで力尽きたことによりTシャツ生地が入らなくなり、今にいたるとのことだ。

 じゅげむの服は、生地が違うので問題なく作れたらしい。あと、別にペンギンは死んでない。見るからにすごく疲れてるだけで。

 イタチの仕立て屋はゼルマ本人が目の前にいるのに、ムチャな仕事振りやがってと普通に文句を言っていた。つよい。


 そんな仕立て屋からの帰り道、裸のネズミが大家を勤める集合住宅にも立ちよった。

 雨季の始まりに作業した、側溝とそのフタの様子を見るためだ。製作者の責任としてメガネが状態を気にしていたが、特に問題はないようだ。

 わきゃわきゃと外に出てきたネズミの子供におやつをねだられ、子供を追い掛け外に出てきた大家の夫婦とも少し会う。

 自由時間一日目。この日の外出はここまで。

 あとはホテルへ戻りカジノへ行くが賭けもせず、ネコチャンに謎肉キューブを振りまいてたらジャマすぎるとつまみ出されて一日が終わった。

 翌日は、どうにか本を写し終え返却のために貸し本屋へ行こうと思っていたら、朝一番に待ち構えていた事務長に捕まるところから始まった。なぜなの。

「こんな店を知っているならなぜ早く言わない!」

 大量の本に圧迫されたせまく薄暗い貸し本屋の店内で、事務長は腹立たしいと言うようにぷんぷんと怒った。

 ぷんぷんは私の主観でしかないので、本来はもっと違うニュアンスなのだと思う。知ったこっちゃないけど。

 文官は、知識こそが宝だそうだ。

 だからこそ、見知らぬ街の、それも品ぞろえのいい本屋と言ったら売り本も貸し本も絶対に見たい。どうしようもなく事務長を突き動かしているのは、そんなワーカーホリックな衝動だった。

 古びた本がぎっしり詰まった本棚や床に積まれた本の山を片っ端からなで回すような勢いで、ずるずる這いずりチェックする姿はナメクジのようだ。しかも、うちのメガネのようにはあはあと。

 頼まれて連れてきたのは私だが、正直ちょっと引いている。

 シュピレンを出るまで、もう今日と明日しか自由時間ないんだぞ。そんなお前。もうすでに両手でも持ち上げられない量の本を確保とかお前。

「それ読むだけでも絶対時間足らないですよ」

「何とかなる。読むのは早いんだ。何とかなる」

 控えめに言っても全然冷静ではなさそうな事務長は、めずらしいらしい本の山に目が眩み表紙のサイズが人の上半身ほどもあるぶ厚い本を結局七冊ほど借りた。

「街から持ち出したり返却の期限を過ぎたら、お客さんらをカエルに変えちまうからね」

 貸し本屋の老婆の魔女にそんなセリフで脅されて、我々は店をあとにする。地味に困ったのはそれからだ。

 魔女の貸し本には色々な保護の魔法や呪いが容赦なく掛けられて、そのせいか魔道具扱いになるらしい。アイテム袋にも入らずに、七冊の重たい本を人力で運ばなければならないことを我々は考慮していなかった。

 ちなみにメガネと子供とトロールは別行動で、テオもそちらに行っている。この場には非力な事務長と非力な私と非協力的なレイニーがいるだけだ。

 いやあ、困る。これはムリだわと。

 我々はとりあえず手近なお茶屋に入り、午前中でも厳しい日差しを逃れながらにのんびりと面倒な労働を先送りにした。

 筋肉要員に騎士を何人か連れてくるべきだったと反省しながらお茶と素朴なお菓子を注文し、その場で本を開き始めた事務長が正気を取り戻すのを待つ。

 少しして、お茶屋の戸口でなんかチラチラしてるなと思ったら、子供だ。もちろんうちのじゅげむではなく、貸し本屋へ最初に行こうとした時にカエルにされるっすとやたらと心配してくれた子だった。

 体育会系の口調を使いこなすやんちゃそうな少年で、それなのに魔女には気を付けろとめちゃくちゃ心配してくれるのだ。かわいい。

 その後も何度か通う間に顔見知りになったが、ついつい毎回おやつなどを渡していたせいか、最近では私を見付けるとほかの子供と遊んでいてもダッシュで駆け付けるようになっていた。それはそれでどうかと思う。

 しかし、今日は会えてよかった。おばちゃんよそへ行くからしばらく会えなくなっちゃうかんねと伝えると、少年は絶望しながらもしっかりおやつは受け取った。

 先送りにしていた本運びの労働は、最終的にレイニーが事務長と私ごと魔法で運んでホテルへ戻り解決とした。ぶちぶち文句は言ってたが、事務長のポケットマネーでおいしいものをおごってもらうと即座に免罪を与えていたのでもう気にもしてないに違いない。

 主であるローバスト領主夫妻をほったらかしに事務長は読書に励んだが、ある時、やはり二日後の出発までに読み切れないと悟ったようだ。せやろ。知ってた。

 すると即座に方針を切り替え、七冊ある内の四冊を読んで三冊を写本すると言う。

 そのために駆り出されたのは、ローバストから同行してきた騎士の中でも事務作業に長けた者。どうやってスカウトしたものか、お兄さんのところの隠れ甘党ヴェルナー。あとは完全に報酬目当てでしかない私だ。

 せっかくもらったテキスト翻訳のスキル、写本にも便利だから……。なのにあんま使う機会ないから……。正直、お小遣いが欲しいから……。

 シュピレンをブルーメに向けて出るデカ足は、二日後昼の出発だ。それまでに我々は、睡眠を削って写本に明け暮れることになる。

 自由とは。

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