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257 アリババ

※異世界異形肉の描写を含みます。

 たもっちゃんの頼んだ量が多かったのもあり、肉屋はすでにある切り身ではなくて新しいお肉を目の前で解体してくれた。

 にゅるっとしたでっかいイモムシみたいなかたまりが見る見る内にいいお肉になって行く光景に、スーパーで売ってる薄切りかブロック肉の状態の食肉とだけ付き合って行きたいと。そんな思いを強くして、我々のわくわく市場体験は終わった。

 この時点ですでにお昼をいくらかすぎていて、たもっちゃんが全員にさくさく配布した焼きそばパンとヤジスフライをはさんだパンで歩きながら簡単に食事を済ます。

 そうして次にぞろぞろ立ちよったのは、市場近くで適当に見付けた燃料油を売っている店だ。

 たもっちゃんは本格的な三口のコンロを。私は携帯型めいた一口だけの小型のコンロと頑丈なランプを購入したが、うっかり燃料を買うのを忘れた。ブーゼ一家から横流ししてもらった油も、屋台などで使用し残り少ない。そろそろ自分たちで備蓄するべきだろう。

 そんな必要に迫られ訪ねた油屋は入り口も窓も小さく作られ薄暗く、店主さえどこか陰気な小男だった。

 店の中が暗いのは熱と光で油が悪くなるのを防ぐためであり、さらに商品の大半は暗く冷えた地下の倉庫に保存されていた。

 商品を見せてもらうため店主の案内で店舗の隅の階段を下り、そして外の光の届かない暗い地下室で私はハキハキと叫ぶことになる。

「アリババだ! これ、アリババでアリババか誰かが盗賊を蒸し焼きかなんかにする油の壺だ!」

「情報が全部ふわっとし過ぎてるけど解る」

 さり気なくディスられた気がするが、この異世界で伝わるとしたらこいつしかいないメガネにはちゃんと伝わったようなのでよしとする。

 そこにあるのは大量の壺だ。燃料油をたっぷり収め、私の胸の高さまでくる口の部分に革をかぶせて紐でぐるぐる封じてあった。形としてはタテ長で、胴の部分に黒っぽい塗料で簡素ながらに幾何学模様が描かれている。

 暗い地下室を照らしているのは背中の丸い陰気な店主が手に持った、ちろちろ揺らめく小さな灯火が一つだけ。

 その頼りない明かりの中にぼんやりと、いくつも浮かび上がった油の壺はどれもこれもが同じに見える。

 部屋の広さも解らないほど影の濃い、地下の倉庫にクローンみたいに似た壺がびっしりとたたずんでいるのは人知れず増殖して行くエイリアンの卵みたいなおもむきがあった。

 この中に盗賊の死体が詰まっているかと思うとちょっと恐ろしいほどだ。死体が詰まっているのはアリババの話の中だけで、油屋の壺には多分油しか入ってないとは思うが。

 変な話をしないでくれと陰気な店主に怒られながら、我々は変な熱意を持ってその壺を買った。

 もちろんメインは中身の油だが、運搬に壺を貸すことはあっても売ってはいないとしぶるところをこれがいいのとぐいぐい頼んだ。

 アイテム袋あるっすからと雑にごまかし油の壺をアイテムボックスへとしまい、テオと騎士と金ちゃんと、金ちゃんの肩に担がれた子供の待っている地上へ戻る。と、じゅげむと言う名に最近なったうちの子からは化け物でも見るかのような絶望顔で迎えられるなどの、不測のできことが起こりながらもこうして油の補充は無事に終わった。

 どうしたのかと思ったら、地下での会話が中途半端に聞こえて怯えてしまっていたらしい。油の壺に死体とか、なんて話を聞かせるんだと。じゅげむに弱い騎士たちに、よってたかってぷりぷり怒られることになる。

 この壺をアリババと名付けようとか言いながら、遊び心を出している場合ではなかったようだ。


 午後からは区画を移動して、獣族の集まるハプズフト一家の街へと向かった。

 おいこれボロいぞと不安を訴える騎士たちを確かにボロい船に乗せ、魔法で空に浮かべて飛んだら響き渡る怒号のような野太い悲鳴。高い所がダメな奴が何人かいた。

 このボロ船のビジュアルで、安全が確保されているとはとても信じられない気持ちも解る。でもやかましい。

 適当な所で船をおり、もー絶対乗らねからな! と、キレる一部の騎士たちを引きずるように少し歩いて、とある仕立て屋の扉をくぐる。

 とあると言うか我々の扱いが雑すぎるイタチの仕立て屋の所だが、そこで意外な人と会うことになった。

 戸口に立った我々のほうを振り返り、「おやおやあ!」と声を上げるのは特大Tシャツにお肉を押し込みぴっちぴちに着こなした巨漢のゼルマだ。

「これはこれは、お揃いで! 聞きましたよお、ブーゼ一家に外の騎士団が攻め込んだそうじゃないですか」

 彼は我々の顔を見た途端、喜々として声を弾ませた。その内容と誤解がひどい。

 確かに外から騎士などはきたが、と言うかその一部が今も一緒にいるが。攻め込んではないし、わくわく期待しているところ申し訳ないがブーゼ一家も全然無事だ。

 そのことを伝えるとあからさまにがっかりとしたふくよかすぎる巨漢の影で、「あの……」と小さな声がする。

 見ると、そこにはテイムした小さなクモをあやつってこの異世界でTシャツ生地を生み出した生地職人のペンギンがいた。

 ただし、もっちりとした流線ボディで我々の視線を釘付けにしていたそのペンギンは、今やしぼんだ風船のようにたるたると皮をあまらせてげっそりと痩せ細っていた。

「めっちゃ痩せてる。めっちゃ痩せてる。さながら絶食状態で何か月も抱卵したあとのコウテイペンギンの親」

 びっくりしすぎて変な豆知識を口走り始めたメガネによると、コウテイペンギンは冬の南極で産卵し氷点下の雪原で世界一過酷な子育てをするらしい。抱卵中はエサも取りに行けないために、ヒナが羽化する頃にもなると親はよぼよぼに痩せてしまうとのことだ。

「たもっちゃん、なんでそんなペンギンの生態に詳しいの?」

 お前はペンギンのなんなのとついムダ知識の深追いをしそうになるが、今大切なのはそこではなかった。

 本当に気にするべきなのは、夏だし、別に抱卵してる訳ではなさそうなのに、この異世界で恐らく唯一のTシャツ生地職人であるペンギンがたるったるに痩せ細っていると言うことだ。

「どうしたどうした。なにがあったの? 魚いる? 生魚のいいやつ、たもっちゃんに獲ってきてもらおうか?」

 下心と心配で私が軽率に提案すると、よっしゃ任せろとメガネが仕立て屋を飛び出そうとした。が、その前に当のペンギンが蚊の鳴くようなか細い声で、しかし意外にきっぱりと止めた。

「生魚は食べないです……」

 むしろ嫌いとのことである。

 ペンギンへの先入観を謝ると同時に、そこは強く主張するんだねえと店の中が変な空気で満たされる。それから。

「あの……次のぶんなんですけど……ちょっと納品遅れてて……」

 と、お腹の皮をたるたるさせたペンギンが頭をうつむけ実に申し訳なさそうに言う。

「そんなこの世の終わりの様に……」

「そんなまるで血も涙もない借金取りにでも対するように……」

 たもっちゃんと私はそんなにムリさせてたのかとざわつくが、基本的に発注はペンギンが「やれる」と言った量だけだ。

 それなのに、休みなく生地を編んでも編んでも製造が追い付かない状態らしい。

 なんでそんなことにと思ったが、よく考えたら明らかな原因がここにいた。ゼルマだ。

 横にも広いが背も高く、お肉でいっぱいの大きな体を包んでいるのはTシャツである。

 豊満すぎるメタボな巨漢に誰からともなく視線が集まり、それに気付くとゼルマはクリームパンみたいな手の平でボリューミーな自分のお腹をべちんと叩いた。

「これ、とってもいいですよお」

 のびのびとした伸縮性と、汗を吸う感じが最高らしい。

 あまりにうれしそうなのでお前のせいだと言いたくなくてがんばってほかの可能性も考えてみたが、どう見てもペンギンの過労状態はゼルマの特大Tシャツの面積に由来しているような気がしてならない。

 あと、これはどうでもいいような気もするが、ゼルマのTシャツの前面に「エルフ無双」とプリントされているのが気になる。確証はないがこの語感にはメガネの波動を感じるし、第一に日本語で書かれてた。メガネだ。

 前に染物屋でメガネが作った版木を流用したようで、意味も解らず着ているのだろう。

 なぜそれを選んでしまったのだろうか。

 英語も全然解らないのに、変な英語のTシャツをドヤドヤと着てしまう日本人に通ずる悲しみを覚える。

 聞けば、やつれるほどに疲れ切ったペンギンと、その原因らしきゼルマが一緒にいるのは偶然だった。

 うきうきとTシャツを追加注文にきたゼルマと、生地の納品が遅れると言いにきたペンギンが持ち前の間の悪さでかちあってしまっただけらしい。

 ペンギン……よくは知らんがなんとなく、お前ちょっとそう言うとこあるよな。

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