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253 暗黒微笑

 さすが老紳士。

 さすが事務長。

 あと、テオのお兄さん。

 いや、交渉は老紳士と事務長がゴリゴリやったんだろうなとなんとなく想像しているが、お兄さんも、ほら。いてくれるだけで、なんかこう。爵位持ちの騎士だし。ほら。なんとなく。

 こうして、彼らがシュピレンに乗り込んでわずが二日でカタが付いてしまった。

 完全に、ブルーメからやってきた我が保護者たちのお陰だ。

 我々が、ねーテオ返して返してとムダにだらだらしていた最近の日々はなんだったのか。

 ムダだよ。だらだらしてたんだよ、私は特に。だって、砂漠には基本、草がないから……。ただし、雨季などの例外は除く。

 しかしそんな生活も今や、我々的にはあっさりと終わった。我々は外から見てただけなので、実際なんとかしてくれたのはブルーメの客たちではあるが。

 ニッコリ暗黒微笑を浮かべて我々を雑にいなすばかりのラスも、さすがに老紳士や事務長が相手だと譲歩せざるを得なかったようだ。

 久々に聞く槽の単位で年に七杯、三年間で二十一槽の塩を引き渡すことでテオの返還が見事にかなった。代金は別。

 しかし、塩て。

 いや、シュピレンの街では塩は貴重品らしい。

 まず、砂漠に囲まれたシュピレンには海がない。海に面した別の国から塩を買い付け輸入するにはお金が掛かる。当然、掛かったコストは価格に反映されることになる。

 この世界には塩気を持った草などもあり海の塩の代用とされるが、それも砂漠の中ともなると草でさえコストを掛けて育てなければ手に入らない。

 海由来でも草由来でも、砂漠において塩が貴重であることに変わりはないのだ。

 ちなみに、最初にブーゼ一家から吹っ掛けられた条件を年に七槽まで抑え、引き換えにテオを取り戻す話だけなら昨日の内にまとまっていたそうだ。

 それなのに今日も引き続き話し合うことになったのは、白旗焼きの専売条件が折り合わず双方の腹黒同士が互いに全然引かなかったためらしい。

 事務長とラスがなんか仲よくて、やだーと私はさっき言ったな。

 あれはひどい間違いだった。

 今やそこそこいい金づるの白旗焼きをブーゼ一家の専売としたい暗黒微笑と、ローバストに持ち帰りたい守銭奴文官はすでにさんざんやりあったあとだったのだ。

 これだから……。

 なんかこう、これだから解り難い腹黒は。


「食材と分量のリストと、作りかた。書いといたから」

「はぁ」

「あとこれ、Tシャツ。白旗焼き用の柄。余分に置いて行くからね」

「はぁ……」

「頭に巻く布もいるかな? あるよ。いる? 一応置いとくね」

「はぁ……あの、旦那様」

 えっと、それからー。と、なにか忘れていないかと悩みながらに指を折るメガネに、おっさんがぼう然としたように言う。

「本当に行ってしまわれるんで?」

 その声はどこか、すがるような響きがあったかも知れない。

 たもっちゃんは奥歯を噛みしめるようにして、唇をきつく引き結ぶ。

「……俺もね、もうちょっと屋台手伝いたかった。ヨアヒム、元気でね……」

「ずるい……」

 つらそうに別れを告げるメガネに対し、ヨアヒムは気弱な表情でぼそりと責めた。

 これ、あれだな。

 別れがつらいとかではなくて、メガネだけが離脱するのが釈然としてないやつだな多分。

 ヨアヒムは、これからもシュピレンの街で暮らすのだ。

 屋台の仕事にも慣れてきて、タコ焼き的な球体を焼くのはそもそも最初から私などよりうまかった。たもっちゃんがいなくても、業務的にはきっとなんとかなるだろう。

 それに屋台の業績としても、白旗焼きはまあまあの商売になっているらしい。

 だからヨアヒムを引き込んで屋台の仕事を始めた当初の、昔のケガが今でも響いて朝起きれないおっさんをなんとか社会人に戻したいと言う目的は果たしたと言っていいはずだ。

 ただ一点、この流されやすいヨアヒムをいかついチンピラの中に残して行くことだけが普通に心配と言うだけで。

 なんかもう、いっそローバストにでも連れて行っちゃおうかな。

 そんなことまで思っていたら、意外にもそこは別にいいらしい。

 ヨアヒムは元々、フェアベルゲンの猟師をやっていた。

 フェアベルゲンはかなり巨大な魔獣であるので、猟師は大人数のチームを組んで仕事をすることになる。

 そしてこのシュピレンで、フェアベルゲンの狩猟チームを所有するのは街を治める三つの一家の役割とのことだった。

 ヨアヒムがいたのは別の一家のチームだそうだが、その経歴があるためだろう。いかついチンピラが身近にいても、そんなに気にはならないらしい。

 では、ヨアヒムがどんよりしているのはなぜなのか。

 てっきりチンピラに囲まれた環境に一人で残されるのが嫌なんだろうと思ってたのに、違うとしたらもうなにも解らない。

「いかついのが大丈夫だったらあとは大体大丈夫じゃない? なにが心配でそんな死にそうになってんの?」

 私が問うと、ヨアヒムはどんよりと表情を沈ませて答える。

「客商売なんて、向いてやしねえですよ……」

「あっ、そこか」

 最初の頃に言ってたな、そう言えば。

 それを聞いたら私は一転、サービス業がしんどいのは解るとめちゃくちゃ同情的になってしまった。

「ごめんな。なにも解らないとか思ってて。しんどいよな。解る。お釣り間違えると申し訳なさで心臓ぎゅってなるしな。たまにタコ焼き爆発するしな」

「いやいや。ヨアヒムはそろそろ一か月くらい普通にやってきてるでしょ」

 たもっちゃんは「慣れだよ、慣れ」とヨアヒムに言い、私には「お釣りは絶対間違えちゃ駄目だし、タコ焼きが爆発するのはリコだけだから……」と少し悲しく憐れみを見せた。

「なんか解らんけど覚えてろよメガネ」

「ブーゼ一家も白旗焼きの屋台増やして参入するらしいしさ、困った事があったら全部ラスとかに任せちゃえばいいんだよ」

 そのために白旗焼きのレシピ譲渡の条件として、ヨアヒムの生活と就業の保証をあとから取り付けたのだ。と、たもっちゃんはやたらとばっさり言い切った。私の遠吠えはガン無視だった。

 商売が絡むと急にドライになるのはなんなん。

 ブーゼ一家の客室は、我々が一ヶ月近く占領したことでもはやちょっとした巣のようだった。散らかる私物を片付けて、忘れ物はないよなと指さし確認してから撤収。

 建物と門扉に囲まれた四角い前庭に出て行くと、屋台の仕事で仲よくなったチンピラたちが待っていた。そして別れの挨拶を交わすついでに、ピザの石窯を置いてってくれと懇願された。

 たもっちゃんがいいよと答えると、いかつくやんちゃげな若者たちが冷えた石窯にべたべた抱き付き頬ずりしてよろこぶ。もしかしたら石窯のほうが本題で、別れの挨拶がついでだった可能性まである。

 ぞろぞろと付いてくるブーゼ一家の若者に異世界食材のピザソースについて口で簡単に説明しているメガネと共に、レイニーや肩にじゅげむをのっけた金ちゃんと庭を抜け傷だらけの門を出る。

 ブーゼ一家の前の通りはドラゴン馬車や騎士の連れた大きな馬で埋め尽くされて、その手前ではヴァルター卿、事務長、テオのお兄さんなどが騎士に守られ待っていた。

 そして不承不承の表情で、奴隷の首輪が外されて一応の自由を得たテオもいる。イマイチうれしそうな感じがしないのは、ブーゼ一家から自由になってもお兄さんとその部下たちがギッチギチに監視しているせいだろう。

 テオはこのままブルーメまで帰り、ローバスト伯爵夫妻やアーダルベルト公爵に尽力のお礼を済ませたら最終的に実家に連行される流れとのことだ。

 なんでかなあ。すっごい前にしぶしぶ実家に帰ったテオが、見たこともない婚約者とかから逃げてきた時のことを思い出してしまうよ私は。不思議だなあ。

 そんな処刑を待つかのようなテオのそばでは見送りなのか、ブーゼ一家の幹部のラスが相変わらずうさんくさいほほ笑みを浮かべる。

 たもっちゃんと私がそれぞれに、長々お世話になりました。主にラスのせいだけど。みたいな心のこもった挨拶をすると、彼は一つに結び背中に垂らした腰ほどまでもある髪を、さらりと揺らして頭を傾け笑みを深めた。

「最初はね。フェアベルゲンを単独で狩るパーティを野放しにはできないし、監視するつもりで一家に招いて泳がせていたんだけどね。でも、貴方たちは思うより質が悪かった」

「最後にそんなディスるとかあります?」

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