251 国民的
いや、よくない。
タモツとリコをまぜてはならぬ。
前世のすぎ去りし国民的理由でそうなっているのだ。
異世界ではなにも通じないそんな理由で「うっ、頭が」と、もだえ苦しむ我々をよそに子供の名付け会議はムダに進んだ。
伝説の英雄の名前を付けよう。聖人はどうだ。それならやたらと長生きしたうちのひいひいじいさんの名前もいいぞ。
真剣ではあるのだがどこか無責任な騎士たちにより色々な案が飛び交って、最終的にはいい名前のいいところを全部まとめていい感じに付けようと、一部でそんなじゅげむ現象が発生しそうになっていた。
子供の名付けに頭を悩ませ訳が解らなくなった大人は、どこの世界でも似たような取り乱しかたをするんだなと思った。
騎士たちはああだこうだとテーブルのほうに移動して、チーズのとろけたピザを片手に話し合う。そこにしれっと事務長がまざり、皿の間に紙を広げて会話の中に飛び交う名前を几帳面に書き留めていた。なにこの混沌。
なぜ我々ではなく彼らのほうが、子供の名付けに張り切っているのか。
しかし名前がないのを頑なに、うちの子とかの呼びかたでごまかしてきた我々に口出しする資格はないのかも知れない。人として。なんかこう、人として。
また、同じ空間の奥のほうでは老紳士やテオのお兄さんなどがブーゼ一家の幹部らとテーブルを囲み、親交を深めているようでいて腹の探り合いでもしているようだ。なんか、その辺りだけ空気がなんとなくばちばちしてた。
そしてそれらとは関わりないほどほどの場所で、食事には手を抜かぬレイニー先生の監視下で子供がごはんを食べている。
近くには頼りないイスを嫌って床に座った金ちゃんが、トロールの体の大きさを活かしてテーブルから食べ物をひょいひょい取って飲むような勢いで消していた。
我々はまた追加のピザを作りに行ったり運んできたり、むやみに自信ありげな騎士たちに子供に付ける名前の候補を売り込まれたりしながらに遅い昼食はだらだらと、夕方頃まで長引いた。
途中、外でドラゴン馬車と待機しているノラの所にピザを持って行くとか言って、公爵家の騎士たちがラブコメの波動を出してきたのでなんとなく阻止。
よく考えたらジャマする理由も根拠も特にはないが、なんとなくストーリーに波乱をもたらす。そう言うモブで私はありたい。
しかし彼らの代わりにピザを持ってノラの所へ行くと、本人はバカ正直に直射日光の下にいた。その代わり、騎士の覇者馬より一回り大きな全身ピンクのドラゴンだけはしっかり日陰に入れている。
いつもの帽子は頭に装備していたが、顔は処理し切れない熱気で赤い。具合悪くなり掛けとるやないかい。
あわててレイニー先生にエアコンの魔法を頼み、私はアイスミルクにハチミツを混入させて押し付けた。危ないところだった。
静かに耐えるのホントやめてと屋敷の中に引っ張って行こうとしたが、ドラゴンを見ていなければならないと、やはりノラは動かない。いつもおどおどしているようでいて、そこは急に断固としていた。
苦肉の策として一式買ったが使ったのは最初の頃だけで、今はアイテムボックスで寝ているばかりの日除けのマントや帽子と言った私のぶんのクソダサ謎革製品を渡す。
あと、レイニーには快適さのためだと言い張って、出してもらった大量の氷をノラが装備したマントの中に放り込んでおいた。
最終的には逆に寒いとノラの唇が紫になったが、これはこれで体には悪いかも知れん。
そんなことがありながら日暮れ頃はやってきて、ブルーメの客たちはまた明日くると言い残して帰って行った。
それからヨアヒムとメガネは勤勉に、あわただしく屋台の仕事に出掛けた。子供や金ちゃんは付いて行き、レイニーと私は残ってブーゼ一家の下っ端たちが食堂を片付けるのを手伝う。
だから、それを思い出したのは夜だ。
たもっちゃんが子供と金ちゃんを連れて早めに戻り、寝る前に覚悟を決めてレイニーの洗浄魔法で全身を綺麗にしてもらう。そしてなんか忙しかったなと、ブーゼ一家の客室でベッドにもぐり込んだタイミングでのことだ。
「あっ、結局テオのことどうなったのか誰も教えてくれてない」
忘れてたわ。
これ、一番肝心なやつだったわ多分。
いや子供の名前も大事だけども。それはほら。今に始まったことじゃないって言うか。
でもそれを言ったらテオの奴隷状態もすでに結構長いけど。
だとしたら我々はどちらを優先すればいいのか。
優先って言うか、どっちもなんとかしたほうがいいのか。大変だ。我々はできる事務長と違い、マルチタスクに未対応なのだ。困る。
と、そんな感じにぼんやりと、なんとなく考えていたのは覚えてる。
それなのに、次に気付くと朝だった。
「……ねえ。これ、あれじゃない? 宇宙人に遭遇したら一瞬にして時間が消えるやつじゃない? やだー。こわーい」
「寝てんだよ。それ普通に寝てんだよリコ」
ベッドで寝っ転がったまま私は宇宙人のなんかすごい技術での時間消失説を訴えてみたが、朝食を作った上で我々を起こしにきたらしいメガネは全然相手にしなかった。
そうだね。私もね、思ってた。
宇宙人にアブダクションされたにしては、めちゃくちゃ熟睡したあとっぽいなって。
ぼーっとしつつのそのそと起き出し、同じくのそのそとしたレイニーと早く早くと急かすメガネに追い立てられて食堂に向かう。
するとそこには騎士たちがいて、うちの子に接待されていた。
そして、事態はすでに完成していたのだ。
「おーい、ジュゲム。こっちに茶を頼む」
「はいっ」
「よしよし。礼にこの菓子をやろうな」
「ジュゲム、手が空いたらこっちもだ」
「はあい」
「偉いなぁ、ジュゲム。この菓子も美味いぞ」
「ありがとうございます!」
「ジュゲム、ちょっとこい。これはな、たまたま。そう、たまたま昨日買った子供用の鞄でな。菓子を入れるのにいいだろうから、持っておくといいぞ」
「なぜなの?」
私は思わず真顔になった。
なぜ、騎士たちはそこはかとなくきゃっきゃしながらに、うちの子をじゅげむと呼んでるの?
そしてなぜ、うちの子はぴかぴか顔を輝かせ、それに喜々として返事をしているの?
あと、人のことは言えないがナチュラルに餌付けするのやめろや。でもカバンはなんかいい。似合う。幼稚園児みたいな小型で厚みのある肩掛けカバン。なんらかの動物の形をしてて、ぶさいくでかわいい。と言うかうちの子はなにを持たせてもかわいい。
しかし、今はほっこりしている場合ではなかった。
「たもっちゃん、あれさあ……」
「だから早く起きてっつったでしょ。俺もびっくりしてんだからね。朝ごはん作って戻ってきたら、もううちの子が寿限無になってんの。何でなの? ねぇ、何でなの?」
「それを聞いてんのはこっちなんだよメガネ」
先手を取って全部説明されてしまったが、全くなにも解らなかった。
この状況を引き起こしている騎士たちも、別にうちの子を構いたいためだけに押し掛けてきた訳ではないらしい。
昨日の続きの話をするため足を運んだヴァルター卿や事務長に、テオのお兄さんの護衛として同行したのにすぎないそうだ。
しかし護衛対象が数人の騎士だけ連れてボスの部屋に入ってしまえば、残りはヒマだ。
一応警戒はしているそうだが、うちの子の周りをそわそわと不自然に通りすがるのに忙しそうでなにも説得力がない。
メガネと一緒にその辺で二、三人の騎士を捕まえてなんなのこれと問い詰めてみたら、昨日、ここから引き上げたあとも彼らの心はうちの子と共にあったとのことだ。
「騎士の言い回しって重たすぎない?」
「それでな、有志で集まって名前の候補を検討してな。有力候補を絞ったんだが」
深刻そうに眉をよせ、騎士たちはこちらの戸惑いと悪口には構わず語る。語ると言うか、向こうは向こうでこんなはずではなかったと逆に苦情みたいなことを言われた。
「本人は、お前達の決めた名前がいいそうだ」
「名付け親になってみたかったなあ」
「ひいひい爺さんの名前もいいのになぁ」
できレースだと騎士たちはぶちぶち文句を言うが、我々はなにも決めてない。では完全にルーツが日本のじゅげむがどこからきたかと思ったら、結局のところ我々だった。
昨日迷走するあまり騎士たちが候補の名前を全部ぶち込もうとした時に、故郷にそう言う話があると説明したのが変な感じに残ったようだ。
「神官が考えた有難い名前なんだろう?」
「……したわ。その話、したわぁ……俺」
なんならじゅげむの名前が長いくだりで全部噛まずに言えるかなくらいに軽率に、ぽんぽこぴーの長介ちゃんしてたわと。
たもっちゃんは「あああ」とうめいて両手の中に顔面を伏せた。犯人はお前だ。




