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250 英雄たち

 うちの子は田舎の子らしいので、騎士と言う存在にこれまで縁がなかったようだ。そのために、余計に輝いて見えるのだろう。

 大きく強そうな馬を駆り、獰猛な魔獣を剣でしりぞけ市民を守る。彼らは英雄たちなのだ。我々にピンとこないってだけで。

 特に王都の騎士たちはかっちりとそれぞれの騎士服を着込み、剣や靴まで身綺麗にしていた。まだ幼く純粋な子供が、憧れてしまうのも解らなくはない。

 そんな憧れの存在が、料理を運んだだけでお礼を言って、たまに頭をなでてねぎらってくれる。子供にはそれがたまらなくうれしく、自分の食事を取るのも忘れてピザを運んで走り回っていたらしい。

 うちの子のかわいいがすぎると思う。

 ただ、その理論で行くと個人的に引っ掛かるのが勇者のことだ。

 騎士は割といっぱいいるが、レアっぽいのにあんまり食い付かれなかった勇者の立場。

 このシュピレンではお祭り騒ぎの闘技会を制し、シュタルク一家のお嬢さんとどうたらこうたらでその父ともめ、うちの屋台に並んではタコ焼きの熱さにはふはふと上あごを翻弄されていた勇者のことがちょっとだけ可哀想に思えた。が、よく考えたら仕方なかった。

 勇者、実物がアレだから……。うちの子がスルースキルを発揮してしまうのも仕方ない。それに、ハーレム主人公だし。

 私は変に納得しつつ、とつとつと騎士を絶賛して止まらない不器用な子供の話を聞いた。

 我々がいるのは一家の屋敷の建物と門扉に囲まれた庭の端。直射日光の当たらない、ひさしの下にテーブルを並べた一角だ。

 動線的なことなのか、そこは屋敷の中へとつながった出入り口に近かった。

 子供を両手で持ち上げて事務長が飛び出してきたのもここからで、今は両開きの木のドアが左右に全開になっている。

 その向こうは広めの部屋になっていて、イスと食事用のテーブルが置けるだけ置かれた食堂のような空間だ。

 そこには会談を終えたばかりの老紳士や、テオのお兄さん。そしてその部下である騎士たちに、少し違う制服の公爵家の騎士などがブーゼ一家のボスや幹部やいかついチンピラなどと同席し、食事のテーブルに着いていた。

 事務長も、子供を運んでくる前はあの中にまざっていたはずだ。

 つまりなにが言いたいかと言うと、今の食堂はそこそこ混み合っているってことだ。

 だから出入り口近くの席にも人がいて、そしてその出入り口のすぐ外で我々は子供の話を聞いていた。

 その結果、かっちりと身綺麗な騎士たちが、まるでだらしなくにやけてしまわないように自分のほっぺの内側をぎゅっと噛んで耐えるみたいな表情で、開け放たれたドアの向こうに鈴生りみたいに集まってそわそわとこちらの様子をうかがっている。

 完全に、純粋な憧れをつたなく語るうちの子のかわいさに気付いてしまったやつだろう。

 そして憧れられているはずの騎士たちのほうが、逆にうちの子を意識する逆転現象が起きている。

 うれしいんだな。解ります。解るって言うか、いい年をした騎士たちの顔面が挙動不審すぎるのでなにもガマンできてない。

 これは完全に予感だが、あいつらはこれからすきあらば偶然を装ってはうちの子の目の前を何度もムダに通りすがる気がする。

 食堂の中からそわそわと、子供構いたい構いたい子供。みたいな空気をかもし出し顔の主張がやかましい、鈴生りの騎士はとりあえず放置だ。

 それより今は実際に、ガミガミとやかましい事務長のほうをなんとかしたい。

 なんの話をしてたのかもう解らなくなってきていたが、そもそもは騎士のお世話にテンションを上げたうちの子がごはんを食べてないって話だった気がする。

 そして心配しすぎると怒るタイプの事務長が、そのことに理不尽にデレたのだ。

「子供が食べてないと可哀想だろう!」

 ぷりぷり怒る事務長の叫びは、確かにそうねと言う内容だ。

 しかし、解り難いの。優しさが。

 もっと普通に言えばいいのに。

「なんで怒んのめんどくさいなー」

 自分の口から出てきた言葉に私は思った。

 こんなこと本当にあるのかと。

 自分でもびっくりしたのだが、本音と建て前がうっかり逆になってしまった。デレるとキレる事務長がめんどくさいのは本当だから……胸いっぱいに思っちゃってたから……。

 しょうがないなと思う反面、そのせいで静かに逆上した事務長に子供の健康管理について懇々とお説教を受けることになり、なかったことにできない失敗がくやまれる。

 しかしまあ、お説教の内容は確かに本当その通りではあった。ごはんはダメだ。食べないと。

 とりあえず話が長くなりそうな事務長の手から子供を引き取り、お目付け役にレイニーを付けて食堂へ戻す。

 そして子供がどいて空いた手にレイニーが担当だったピザソースの器を持たせると、事務長はぷりぷり不機嫌にびっくりするほど途切れない小言を言いつつもなぜか手はしっかり動かしてピザ作りを手伝ってくれた。助かる。助……かる……。

 我々の折れた心だけを代償に、できる男のマルチタスクでお説教と作業を延々とこなす事務長のお陰でしばらくするとピザは食堂のテーブルを一通り埋めた。

 ピザ作りは一旦休憩として、まだ言い足りない事務長に「大体、君達に子育てなどできるのか? どうしてあんな小さな子供を」などと、やっぱりぶちぶち言われながらに暑い庭から建物に入る。

 と、そこで、うちの子をちやほやしていた騎士たちが我々が入ってきたのに気付いた瞬間ザッと音を立てて席を立つ。

 そして、まさに殺到と言った勢いで、騎士服に包んだ鍛え上げた肉体といかめしい顔面で訳の解らない我々を逃げ場なく包囲した。

「ええー……」

 やだなに恐い。

 たもっちゃんと私はこの中で多分一番関係なさそうな、小麦粉まみれのヨアヒムを前面に押し出しその後ろに隠れた。

 悪気はなかった。すでに事務長の長すぎる正論で心が折れたあとなので、間にワンクッション欲しかっただけだ。

 ただそこにいたと言うだけの理由で最前線に押し出され、ヨアヒムは若干小刻みに「あわわわ」と小さな声を上げて震えた。かわいそう。しかし、逃げることもできない。

 背後に隠れたメガネと私が、彼の背中をぐいぐい押しているからだ。流されやすいおっさんは、本当に損をしやすくできている。今は完全に我々のせいだが。

 脆弱なのに不憫すぎて逆に突破できないヨアヒム壁の向こうから、騎士たちはそう言うことをしてやるなと複雑そうに同情したが、もちろんそれは本題ではなかった。

「お前達のところの子供、名前がないってどう言う事だ?」

 いかめしい容姿の騎士たちが少し困惑したように、同時にどこか責めるように口々に。言い募る内容をまとめると、大体そう言うことだった。

 あ、はい。と我々は、その点についてはすいませんと謝ることくらいしかできない。

 ぴかぴかとした憧れの瞳で自分たちを見てくる子供がかわいくて、騎士たちはずぶずぶにうちの子を構い倒していたらしい。緩んだ顔を引きしめようと、ほっぺたの内側がズタズタになっていないか心配だ。

 その内に、誰かが子供に名前を問うた。

 当然と言えば当然のことだ。かわいい子供の名前は知りたい。しかし、子供はそれに答えない。答えないだけでなく、じわりと瞳に涙を浮かべて顔を真下にうつむけてしまった。

「解るか。その時の俺達の焦る気持ちが」

「野営で用を足している最中に魔獣に出くわした時より慌てたぞ」

「ねえ、騎士。ほかに例えなかったの?」

 解るけど。なんとなく進退きわまったパニック感は解るけど。

 いや違うんだ聞いてくれ。

 我々は広い食堂の片隅で、ひどい奴らめと取り囲み責めてくるうちの子の後援会みたいな騎士たちに言い訳と言う名の弁明をした。

「まずな、あの子元々名前ないらしいんや」

 人買いが伝え忘れたのかと思いもしたが、たもっちゃんがガン見で見ても名前は出てこなかった。それで、どうやら名前がないのは元かららしいとやっと解った。

 ガン見の話をはぶいた形で話を聞いて、一部の騎士たちが得心してうなずく。

「あぁ、寒村ではあるな。稀にだが」

 あまりに貧しい集落になると、ある程度に育つまで慣例的に名前を付けない。こともある。騎士が心得ている程度には。

「しかし、ならば付けてやればいいだろう?」

「もしや親元に返してやるつもりか?」

「いやー、それがさぁ。人買いに子供売ったの、養い親らしくてさぁ。何かちゃんと育ててなかったっぽいから、絶対に返さん」

 そこは譲らぬとメガネと私が首を振り、だったらやっぱり名前を付けろと話が戻る。

「いやでもほら。名前って、大事じゃない?」

「そのような重大事、矮小なる我々の身には荷が重く……つい時ばかりがすぎるなど」

「だからと付けない訳には行かないだろうが」

「もっと単純に考てはどうだ? お前達が育てるのなら、お前達の名にちなむとか」

「それ何て圧倒的タ●リ……」

 タモツとリコを合わせていいとも……。

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