249 エンドレスピザ
たもっちゃんは少し前、砂漠の砂をこねくり回して石窯を二つも作っていたが使うのはなんだかんだで初めてだった。
そのため時間配分を見誤り、ブーゼ一家とブルーメの保護者会による会談と言うか多分テオを取り戻すための交渉が、一旦休憩となった時にもまだピザは全然焼けていなかった。
「あれっ。もう終わっちゃいました? まだごはんできてないですよ」
もっと掛かるかと思ってたので、屋敷の中からぞろぞろと見覚えのある人たちが出てきたことにおどろいてしまった。でもこれは、私の感覚が狂っていただけだ。
別に話し合いがあっさり終わった訳ではなくて、とっくにお昼をすぎているらしい。
ビザを用意している間に窯をあっためておけばよかったのだろうが、そのことに気が付いたのはピザ生地にソースと具を思うさま載せてあとは焼くだけになってからのことだ。
今は屋敷と門に囲まれたブーゼ一家の前庭で、お腹を空かせたレイニーに手際が悪いとキレられながら勝手に据えた石窯があったまるのを待つだけの無為な時間なのである。
そんな我々に事務長が、なんとなく探るような顔付きで問う。
「食事を催促にきた訳ではないが……今度は一体何を始めた?」
「そんないつも我々が目を離したら余計なことをするかのように」
「そんないつも我々がトラブルしか起こさない困った子みたいに」
その通りじゃないかとひどいそしりを受けながら、石窯の様子を見ていたメガネが「あっ! そろそろ大丈夫そう!」とド下手くそな声を上げ、逃げるようにいそいそと調理の準備に取り掛かる。
石窯は五十センチ角の箱型の台に、少し潰れたドーム型の窯が載っている形だ。
半円の口が開いたドームの中では山盛りの薪がよく燃えて、赤く焼けた炭のようになっていた。少し離れて内部を覗いているだけで、炎の熱が顔面をあぶってくるのを感じる。
ちろちろと炎を上げるその薪をドームの中で脇によせ、真ん中に作ったスペースにアイテムボックスに保存したあとは焼くだけのピザを取り出しぽいっと入れる。はずだった。
だがここで、思わぬ問題が持ち上がる。そのことに気が付いたのはやはり調理担当のメガネで、彼はなぜ忘れていたのかと言うようにがくぜんとこちらを振り返る。
「あれがない。あの、あれ。ピザ窯でピザ焼く時にナポリの陽気なおっさんが必ず持ってる先が平たい板みたいになった長い棒のあれ」
「伝わるけども」
ピザをのっけて窯に突っ込むためだけの、あの謎の道具だろ。解るけどもさ。もっとこう、料理人らしい言いかたとかあるのでは。
ホントそう言う雑なとこどうかと思うと私は呼吸するように話のついでにメガネの人格批判をしたが、たもっちゃんはどうやら一切聞いていなかった。
道具がないと手が熱いからピザをあっつあつの窯に入れたりあっつあつのビザ生地をうまいこと回してまんべんなく焼いたりいい感じに焼き上がったピザをドヤドヤと取り出したりできないよう。などと、めそめそと嘆くので忙しいからだ。
しかしこの問題は空腹で人相と人当りが悪くなったレイニーにより、スピーディーに解決された。
たまに私が大きく深い魔女鍋をかきまぜるために使用する、ボートのオールみたいな巨大なヘラをさっさと出せと強要するとそれをそのままナポリのおっさんがピザを焼く時に使う謎の棒の代用とした。
木製のヘラが高温の窯であぶられて若干香ばしくなってしまったが、なんか普通に使えてた。
「人間、応用力って大事なんだな……」
「人間じゃないけど、そうかも知れない……」
「わたくし、ここからはどうにもできませんからね!」
なにも思い付かなかった我々は空腹を原動力としたうちの天使のたくましさに圧倒される心地でいたが、その本人は熱い石窯の中をさし、こっから先は知らんぞとなんか妙に堂々と言った。
そうだね。レイニーも、私と同じくらいにポンコツだからね。料理的な意味で。
たもっちゃんが魔女鍋用のヘラを受け取り交代し、あっつあつの石窯とピザに立ち向かう。
窯の中ではあっと言う間にチーズが溶けて、生地もこんがり焼けつつあった。それをヘラで何度かつついてくるくる回し、肉や野菜や生地にうまいことまんべんなく火を通す。ピザがカリカリでじゅわじゅわに焼き上がるまで、ほんの二、三分。
焼けたピザを大皿に取り出し、たもっちゃんがナイフで放射状の切れ目を入れる。そのかたわらではレイニーが、すかさず次に焼くピザを大きな木ベラで石窯に滑らせるように放り込んでいた。
彼女はそれからピザを切り分けナイフを置いたメガネにヘラを押し付けて渡し、さあうまく焼けとばかりに窯の前のポジションを譲る。
その強引で流れるような連携に、私は悟った。きっとここから、エンドレスピザが始まるのだと。
どんどん焼けてどんどん切れてどんどん運ばれるピザを見送り、製作班である我々はミントブルーの異世界小麦粉にまみれた。庭に面したひさしの下にいくつか並べたテーブルで、追加のピザをこれでもかと大量生産しているからだ。
ピザ生地は発酵工程が必要になるが、発酵済みの生地はやたらとストックがあった。ムダに石窯を装備して、いつかピザを作ろうともくろんでいたメガネの尽力で量産体制が整っていたのだ。
最初に作っておいただけでも結構あるような気がしたが、それでは全然足りないらしい。
なぜならば話し合いが終わったらしいブルーメの、保護者の会とその付き添い護衛の騎士たちにピザが振る舞われているからだ。
それを決めたメガネは言った。
「ご飯くらいは出すでしょ。普通に。ここまで迎えにきてくれた訳だし」
「そんなさも常識のありそうなことを……」
しかし、そう言われたらそうかも知れない。
大部分はテオのためって気がするが、大まかに言ってしまえば我々を助けるためにきてくれたのだ。
だとしたら、ちゃんと接待したほうがきっといい。ちょっとくらいは怒られるのが違うかも知れない。
そんな不純な動機も手伝って、我々はピザ生地を薄く伸ばしてソースを塗って具とチーズを振りまく作業におとなしく従事した。
ただしこの時、たもっちゃんはせっせとピザを焼くお仕事で手がふさがっていた。
では誰がピザ生地を薄く丸く伸ばす作業をしたかと言うと、お昼をすぎてようやく寝床から這い出してきたヨアヒムだ。
彼は異世界タコ焼き改め白旗焼きの中核をになう立場になし崩し的に立たされて、今やブーゼ一家の本部の屋敷で寝泊まりするようになっていた。
家がなく寝床を特定するのが面倒で、逃げられたら困るとラスが囲い込んだ格好である。
ヨアヒムが割とおっとりとしたおっさんなので悲壮感が出てないだけで、それ、本当に大丈夫なやつなのかなと不安に思わなくもない。て言うか心配。
だが我々も、この街にずっとはいられない。渡ノ月問題とかあるし。
近日中にこの地を離れる身としては、不運と体調でうっかりホームレスになった上、我々の押し付けがましい親切に抵抗し切れずタコ焼きのスキルだけでなくピザ生地を均一に伸ばす才能まで開花させられているこの流されやすいおっさんに、後ろ盾はあるに越したことはないのかも知れない。と、そんなことを思ったりもするのだ。
私は建物に四角く囲まれた庭の片隅にぽいぽい並べたテーブルで、細切れチーズを振りまきながらにヨアヒムに忍びよるVシネの気配にムダに頭を悩ませていた。
そこへ食卓の並んだ室内のほうから「おい!」と声を上げてやってきたのは、うちの子を背後から両手で持ち上げて、なんとかしろとキレ気味に運ぶ事務長だ。
「何なんだこの子は! 先に食べろと言っているのに聞こうとしない!」
事務長にぶらんぶらんと運ばれてきた子供は、ピザを一切れ載せたお皿を小さな両手でしっかり水平に持っていた。
「食べてないの? どうしたの?」
「おてつだい」
体を高く持ち上げられて小さな足をぶらぶらさせたうちの子に、問うと使命感いっぱいにどこかキリッと返事があった。
完全に言葉が足りないが、その後ろでは子供をかかえた事務長が不機嫌にがるがるうなる金ちゃんにものすごく顔を近付けられて若干体を斜めにしつつ、負けないくらいに不機嫌そうな顔をしている。こっちはこっちで情報が多くて逆になにも解らない。
子供が持ったお皿にあるのは先に食べなと渡したぶんのピザだと思う。しかしそう言えばさっきから、食べたにしては間を置かず何度もお代わりにきていた気もする。
しかめっ面の事務長によると、子供はそれを騎士たちの席にせっせと運んでいたらしい。
その献身はなんなのかと思ったら、料理を運ぶと騎士たちがお礼を言ってくれるのがうれしかったとのことだ。
興奮気味にもじもじと、恥ずかしそうに白状する子供。かわいい。




